開発のきっかけは「暑い中での草取り、もうやりたくない」から
株式会社ハタケホットケは、東京から長野県塩尻市にコロナ移住した4人が2021年に立ち上げたスタートアップ。AIやロボット技術を駆使して、畑や田んぼの管理を自動化する各種装置の開発に取り組んでいます。
中でも、同社を象徴するソリューションが、小規模農家向け除草ロボット「ミズニゴール」。田んぼの中でチェーンを引いて行うチェーン除草の原理から着想を得て開発した製品で、田んぼを走行するロボットによって水を濁らせて、底に芽生えた雑草の光合成を阻止して除草する仕組みです。
除草剤を使わず、かつ重労働の草刈り作業を省力化できるとあって、主に自然栽培を手掛ける生産者からの支持を集める同機。2024年10月から株式投資型クラウドファンディングで開発資金を募った際には、僅か2時間で目標金額(300万円)に達し、数日後には1000万円以上が集まったというから驚きです。
同社代表の日吉さんは、20代まで続けてきたバンド活動を卒業後、CG制作や中古マンションリノベーション、シェアスペース運営など、東京・六本木で複数の事業を手掛けてきた経営者。2019年に第一子を授かったタイミングでコロナ禍となり、一足先に友人が移住した塩尻市に家族で疎開したのが2020年のことです。コロナが収まった暁には東京へ戻ろうと考えていた日吉さん。考えが変わったきっかけは、無農薬米を栽培していた知人の田んぼの作業を手伝ったことだったと振り返ります。
「2週間に一回ほどペースで雑草の摘み取りを手伝い、その年にできたお米を食べたときに人生観が変わりました。翌年も仲間と一緒に知人の田んぼで無農薬での米作りを手伝ったのですが、手作業での除草作業があまりに大変で…。隣で無農薬栽培をしていた米農家さんにチェーン除草の方法を教わりましたが、暑い中で鎖の付いた棒を引くのも嫌だなと思ったんです」。来年の田植えまでに何とかしたいという思いが、日吉さんらを除草ロボット開発へと駆り立てました。
遊びながらの発明が、農業課題の解決へ
「田んぼの水を濁らせるだけなら、機械で自動化すれば良いと誰もが思うはず。しかし、ネットで検索してみたものの、開発の痕跡はあっても製品化されたものは何もありませんでした」(日吉さん)
世の中に無いなら自ら作ろうと、日吉さんは移住者仲間であり、開発者として数々の発明を生んできたケンジ・ホフマンさんに話を持ち掛けました。手元にあったベビーカーのタイヤや3Dプリンタで作った部品を組み合わせて、自身の借りた田んぼで実験を重ねながら試作機の改良を進めた二人。この時点では自分たちが使うために半ば遊びで作り始めたものでした。
株式会社として法人化し、「ミズニゴール」として販売していくきっかけとなったのは、塩尻市が運営するコワーキングスペース「スナバ」での何気ない雑談。
試作機のことを同施設の利用者と雑談する中、スタッフから「県の補助金が出るかもしれない」と思わぬ助言を得たことが転機となりました。応募締め切りまで1週間を切っていた中でしたが、急ピッチで事業計画書を作成。晴れて、長野県のソーシャル・ビジネス創業支援金の採択を受け、2021年10月に移住者仲間4人でハタケホットケを設立しました。
実証を重ねた自動走行型、2025年製品開発に期待が集まる
2022年3月、初めてクラウドファンディングサイトで支援を募り、それをプレスリリースで告知。すると瞬く間に大反響となり、長野県内での実証実験参加を含めた募集金額の200%を達成。「各種メディアで取り上げられたり、全国各地の農家さんから問い合わせをいただき、これほど世の中でニーズがあったことに自分たちが驚きました」(日吉さん)
2022年は長野県で4軒、新潟県でアイガモ農法をする1軒の農家が試作機の実証実験に参加。同じように機械をかけても雑草が生える田んぼと生えない田んぼがあった、球根系の雑草への効果が思わしくなかったことなど想定外にも直面しながら改良と試行錯誤。「機械を提供するだけでは問題解決ができない」と松本市の公益財団法人自然農法国際研究開発センターから講師を招いてユーザー参加の土作り勉強会を開くなど、パッケージ化も進めました。
22年の実証圃場でのデータをもとに、23年にプロトタイプを開発。24年はGPS搭載型自動運転モデルを含む60台の「ミズニゴール2024」を製作し、全国100カ所以上の田んぼで実証実験を重ねてきました。
「ミズニゴール」はビジネスモデルもユニークです。本機をレンタルして複数農家間でシェアリングすることで、小規模農家にとってはアグリテック製品を安価で使用でき、ハタケホットケ社にとっては回収した機材を次期モデルに改造することで製作費のコストダウンができると言います。最近では、機械のユーザーが生産した米を「ミズニゴール米」として買い取り、販売する事業も開始。有機・無農薬米の流通にも貢献しようとしています。
こうした事業モデルのもと、「ミズニゴール」2025年モデルの開発資金調達のために2024年10月に実施したクラウドファンディングは開始2時間で目標金額の300万円を達成。最終的に目標額の5倍を超える1,700万円超えの資金を集める注目株となりました。
「それだけ必要とされているのもありますが、新参者のわれわれが危なっかしいので応援してくれているのかもしれません(笑)」と日吉さん。開発費は確保できたものの、設備投資のほか人件費や広報費などでまだまだ赤字。それでも事業を進める理由があります。
当事者であり続けることが開発の原動力
「初めて田んぼで収穫したとき、1粒の籾種から茶碗1杯分のお米ができると聞いて感銘を受けました。それは太陽と水と土の力で、人間は見守って管理しているだけ。東京で働いて稼ぎ続けないと生きていけないと思っていたのは違う気がしました」と日吉さんは振り返ります。
そこから、農業に興味を持ってリサーチを始め、いろいろなところへ出向いて話を聞き、和歌山県の橋本自然農苑の橋本進(はしもと・すすむ)さんの自然栽培の科学的かつ合理的な話に納得して仲間と畑も始めました。
「有機栽培や自然栽培が広まらないのは、手間が多過ぎることがひとつの大きな理由。慣行栽培よりも収量が落ちることも課題です。自動化で作業量が1/4になれば、耕作面積を倍にしても今までの半分の労力で済みます」(日吉さん)
田んぼをやっている当事者として、やりたくない作業を自動化したいと思う気持ちが原動力。やりたくないことは全国の農家も同じ。農作業の自動化で持続可能性のある日本の農業を目指して走り続けています。