蜂と人との共演が生み出すトマト
加藤さんは6年前に就農し、4年前に独立してテルファームを立ち上げ、現在は10アールのハウス1棟の中でデータ管理を用いたトマトの養液栽培をしているとのこと。
──まずはテルファームのトマトの基本的な栽培について教えてください。
栽培方法としては越冬長段取りを採用しています。越冬長段取りとは一年中同じ木を成長させて収穫し続け、トマトを通年で栽培する栽培方法です。定植は年に1回、9月頃に行い、翌年7月まで収穫します。
受粉はハウス内で飼っているマルハナバチに任せています。このハウス内の約2200本のトマトの苗であれば、通常は1~2匹の蜂で受粉させられます。巣箱の中には50匹ほど蜂がいますが、全部が巣箱から外へ出るわけではないんです。ただ、春になると花の量が増えて、全ての花を受粉させるには蜂が足りないことがあるので、その場合は巣箱を増やします。
──どのようにして、受粉ができていることを確認していますか。

テルファームのハウス内で活躍するマルハナバチ
蜂の脚にトマトの白い花粉団子がついているか確認しています。これがあればちゃんと花から花粉が出ていて、受粉もできていると判断します。
夏の暑い時期は花粉が出ないので、蜂も巣箱から出てきません。そのため、人の手でホルモン処理(ホルモン剤を花にかけて、受粉を補うこと)を行っています。この方法でも着果はしますが、自然に受粉させた方が種ができます。種は糖を導いてくれるのでトマトの品質が良くなります。おいしいトマトを収穫するためにも、花粉が出る樹勢と環境を維持し、できるだけ蜂に受粉を任せるようにしています。
コンピューターによる制御と、生産者の経験とをかけ合わせるトマト栽培
──加藤さんは大玉・中玉・小玉と3種類の大きさのトマトを栽培する中で、さまざまなデータを数値化して管理しているそうですが、それらをどう活用しているのでしょうか。
ハウス内の環境、トマトの生育、収量や作業時間などのデータを記録し、表計算ソフトで管理しています。
ハウス内には環境を計測するセンサーを設置し、環境制御機材を使用しています。センサーで計測した温度、湿度、CO2濃度、日射量、培地水分量などのデータがPCに送られ、リアルタイムでグラフ表示されます。これらの環境データとトマトの生育データを照らし合わせて栽培管理をしています。

テルファームの核となるコンピューター
例えば時間帯ごとに気温などの目標値を設定しておくと、自動で換気や暖房などの装置が作動し、その目標値になるようにコンピューターがハウス内の環境を制御してくれます。
それが正しい制御かどうかは、トマトを見て日々確認します。自動制御だけでは理想の環境に足りないと判断したら機器の設定や管理を見直します。積極的に冷暖房や遮光遮熱を行ったり、CO2施用(※1)をしたりして調節します。それでも満足な結果が得られなければ新たな設備を導入します。季節によって作業量は増減しますので人員の調整も行います。環境や生育状態を数値化することで、栽培状況を客観的に把握することができています。
※1 ハウス内の二酸化炭素濃度を人為的に高めることで光合成を促進させること。これにより作物の収量や品質を向上させる。
──これだけのデータを扱うために、専門的な勉強をしたのですか。
特にしていません。自分は農業の技術や経験が浅く、数値でとらえる必要があると思いました。数値は再現性があるので、過去の失敗を踏まえて対策が立てられるところがメリットですね。
データ管理のポイントは、ハウスの光透過率だった
──トマトのハウス栽培と密接に関係するのがハウスの日射量ということですが、簡単に説明してもらえますか。
ハウスを建てた時点で、作物が受けられる太陽光の量、つまり日射量が決まります。鉄骨ハウスの場合、被覆材の種類や鉄骨などの部材の影によって、実際に作物が受ける光の量は直射日光の50~60%と言われています。この日射量を基準にして、ハウス内環境の各パラメーターを設定します。
季節が変われば日射量も変わるので、温度、湿度、かん水量などが目標値となるように機器設定も変えます。
例えば天窓を閉める冬季の晴天時はCO2を1時間あたり10アールに6キロ施用する、目標の日平均気温になるように日没数時間前に暖房を入れるなど、天候や時間帯に応じて細かく対策を立てています。初年度では光熱費がもったいなくて、こういったことに考えが及びませんでしたが、経験を積む中で必要なものには積極的に投資するようになりました。
──季節が変わると、どのような課題があるのでしょうか?
季節が変わると、例えば夏と冬とではトマトの成長のしかたも全く違ってきます。近年では夏の暑さが課題で、ハウス内の気温を下げるために遮光はもちろん、遮熱材を塗布したり外気を積極的に導入したりしています。
こういったハウスの整備は、過去のデータをもとに予測を立てて早めの対策を心がけています。例えば3年前はGW前に遮熱材を塗布しましたが、今作は3月中旬の作業を予定しています。必要であれば、夜冷(やれい:夜間の低温管理)も試そうと考えてます。いかに天候の影響を最小限に抑えるかが重要です。
養液栽培のメリット・デメリットと、人が取りうる対策
──そもそも、トマトを養液で栽培しようと思ったのはなぜですか。現在はどのような環境で養液栽培をしているのでしょうか。
トマトは上に誘引していくので、栽培面積が比較的少ない都市部でも成立する作物だと思いました。また栽培を始めるにあたっての研修先や先輩方がヤシガラ培地を使った養液栽培で結果を出されていたことや、土耕栽培より反収が高いことから養液でのトマト栽培に決めました。
初年度は独立バッグの培地にロックウール(人工の岩綿)を使っていました。ロックウールは個体差が少ないので管理はしやすいですが、単価が高く、産業廃棄物として処理しなくてはならないデメリットがあり、2年目以降はヤシガラに変更しました。ヤシガラはメーカーやロット、バッグごとに多少品質のばらつきがありますが、使い終わった後は畑にまけることがメリットです。
──独立バッグでの薬液栽培の利点はどんなことでしょうか。
地下部の環境を把握しやすく、コントロールしやすいのが大きな利点です。また、土壌由来の病気が発生した場合でもそのバッグだけ交換すればよいこともメリットです。ただし施設栽培では地上部で感染するウイルスや細菌による病気が出ると厄介です。
──感染源がわからない場合は、被害が出たバッグだけを廃棄すれば済む訳でもなさそうですね。
地下部から発生する病気、例えば青枯(あおがれ)病ならバッグごと交換すればいいのですが、地上部で感染が広がる病気が発生したときは大変です。3年前にかいよう病が発生した時は、全体の2割ほど株を抜きました。接触で伝染するためどんどん広がりましたが、栽培終了後に培地を入れ替えハウス内を徹底して消毒したので、現在は発生していません。ただ、これがもし土耕栽培で発生していたら今でも悩まされているだろうと思います。
──ヤシガラバッグを導入していたからこそ、被害を最小限に抑えられたんですね。
後編では、練馬区での都市農業について教えてください。
編集後記
加藤さんの4年間の反収を数字で表すと次のようになります。
2021年 | 100%(※2) |
2022年 | 128% |
2023年 | 176% |
2024年 | 187% |
※2 初年度である2021年の売り上げ÷出荷した月数を100%とする。
トマト養液栽培におけるデータ管理を徹底し、環境改善を繰り返すことで、4年間で約2倍もの反収アップを実現しています。
独立バッグ導入やデータを数値化して管理する方法は、工数をかけずに効率よくトマトを栽培するための一つの方法と思われます。しかしながら独立バッグの栽培だからといって病害は全く無縁ではない。データ管理と独立バッグという、一見スタイリッシュに見える栽培方法でも、最後は人の目、人の手によって確認することは従来の土耕栽培と変わりはないのでしょう。
それでもこの加藤さんの取り組みは、狭い面積で収益を上げるモデルケースとして、大いに参考になるのではないでしょうか。