離島の農業、頼みは島外の人材
沖永良部島は、鹿児島県と沖縄県の間に連なる奄美群島の島のひとつで、沖縄までは海を隔てて60kmの距離に位置しています。隆起サンゴ礁からなる平坦な地形を最大限に活用し、サトウキビやジャガイモ(馬鈴薯)、花き、畜産など多様な農業が営まれています。島の耕地率は約48%に達し、農業従事者の割合は全国平均の4%を大きく上回る33%を占め、農業が島の基幹産業となっています。
しかし、沖永良部島の農業は深刻な人材確保の課題に直面しています。人口減少と高齢化の進行により、70歳以上の農業従事者が42%を占めるなど、農業の担い手不足が顕著で労働力の確保が難しい状況です。また、農家一戸あたりの経営面積は拡大傾向にありながらも、農繁期の労働力確保が依然として困難を極め、いかにして島外からの労働者を受け入れるかが喫緊の課題となっています。
こうした課題に対応するため、2021(令和3)年、総務省の特定地域づくり事業協同組合制度の一環で、えらぶ島づくり事業協同組合が設立されました。鹿児島県・沖永良部島の農業や食品加工業を含むさまざまな事業者が共通の課題とする人手不足の解消を目指し、組合が正社員を直接雇用して、人材確保に苦心する地域の事業者へ人材を派遣する事業を中心に、農業をはじめとする島の産業構造の維持と発展に取り組んでいます。
人材確保をより困難にする、沖永良部島の農業事情
えらぶ島づくり事業協同組合の金城真幸さんは、島の農業における人材確保の課題に向き合い、農家へのヒアリングを重ねてきました。
島では15年前から外国人労働者を受け入れる動きが広がっていますが、日本語でのコミュニケーションが難しく、運転免許を持たない労働者の圃場への送迎に人手が必要になるなどの課題を抱える農家も少なくありません。また、ある農家では農業系求人サイトで人材を呼び込んでいましたが、離島でありがちな事前の情報不足により、労働条件に関するトラブルも多く、人材の定着が困難となっていました。
金城さんは、それまで農家が個別で行っていた募集や受け入れ手続きなど、コミュニケーションも含めた窓口としての活動にも取り組みましたが、沖永良部島の特殊な農業事情もあって人材確保は容易ではありません。
「島では10月から翌年4月までが農繁期で、主要作物のジャガイモとサトウキビの収穫が重なり、さらに通年栽培の花きの最需要期である12月と3月が重なります。以前は島内のシルバー人材センターで労働力を確保していましたが、高齢化で限界に達しています」と金城さんは説明します。
さらに深刻な課題として、「奄美群島は沖縄と同様に台風常襲地帯で夏の農業を積極的に行うことはありません。しかし技能実習生の給与を払うために、台風のリスクを冒して無理やり花き栽培の仕事を作っている生産者もいます」と農業経営者の苦悩を打ち明けます。
こうした状況を打開するためには、新たな人材確保の仕組みが必要でした。金城さんは、2022年度の関係人口創出事業(内閣府)でつながった、沖永良部島での援農経験もあるフリーランス農家の小松葉真理さんと意見交換をしてきました。全国各地の農場を回って農業をする小松葉さんの知見を活かし、2023年の労働力確保体制強化事業で、農閑期が異なる北海道道南地域、京都丹後地域と互いに人材を送り出す仕組みづくりに着手したのです。
道南と京都丹後と連携、仕事を求める援農者が往来する仕組みづくり
金城さんが産地間連携を進める上で最も重視したのは、えらぶ島づくり事業協同組合と同様に農家と働き手をマッチングする事務局機能を持つ組織との連携でした。具体的な連携先として、北海道道南地域では、生産者への人材紹介も行うNPO法人やくも元気村、京都丹後地域では、農業生産も行う株式会社百章が、それぞれ人材受け入れの窓口となっています。
北海道道南地域は、温暖な気候を活かし、北海道内で最も早く農業が始まる地域です。主要作物は水稲の「ふっくりんこ」、ネギ、アスパラガス、馬鈴薯などで、繁忙期は春から夏の植え付けと秋の収穫期が繁忙期です。野菜類は周年生産も行われ、多様な農業展開が特徴です。
もう一方の京都府丹後地域は、水稲を中心に野菜や果樹を栽培し、春の田植えや秋の収穫が主な繁忙期となっています。この地域では、農家の減少と高齢化が進み、規模拡大や多角化が課題で、特に労働集約型農業の発展に人手確保が不可欠となっています。
金城さんら事務局は、求める人材に農業経験者を設定し、連携先の農家をはじめ、他産業や農業バイトの労働者、就農希望者や農業大学・サークルのメンバーなど、農業への就労意欲を持つ日本人に焦点を当てました。連携先の各産地へ出向いて農家向けの説明会を行い、求人サイトへの掲載やSNS広告、小松葉さんの講演会などでも、産地間連携のPR活動をしてきました。
魅力を発信、誰もが安心して農業に従事できる島へ
2024年9月、実際に産地間労働力の連携を開始すると、一連のPR活動が功を奏して、沖永良部島には日本人200人以上、外国人50人以上から求人への応募がありました。そのうち過去に援農などで農業に従事したことのある人材約40人が10軒の農家で従事しました。
金城さんは、「20代から60代まで幅広い方々が島に来てくれましたが、農業経験者で仕事の大変さも知っていて長期的に従事してくれる人材に対する農家さんの評価が非常に高いです」と語ります。
産地間の連携には多様なパターンがあり、連携先以外の地域や他産業を経由する労働者もいました。当初、北海道と丹後の生産者にも冬場の援農を期待していましたが、自身の圃場を抱えているため、圃場の管理や片付の都合により、1週間以上の不在は困難であることがわかり、結果的に沖永良部島から2人の参加にとどまりました。
一方で、特定技能外国人の雇用に新たな可能性が見出されました。産地間連携事業の中間報告会で、沖永良部島と繁忙期が真逆で特定技能外国人の冬場の仕事が作れないため休業補償を払っているという地域団体があり、次年度の連携を進めていく計画です。
「沖永良部島に来てくれた方々は島の温かい人柄に触れて、多くの人がこの島のファンになってくれています。そうした方々に対して、長く・繰り返し・安心して農業に従事してもらえるように継続的な情報発信と環境整備に努めていきたい」と、金城さんは今後の方針を話します。
【取材協力】
えらぶ島づくり事業協同組合
【労働力確保体制強化事業に関するお問い合わせ】
株式会社マイファーム
農業労働力確保支援事務局
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