多様性の無さが気候変動への脆弱(ぜいじゃく)性につながる
地球を一つの生命体とみなす「ガイア理論」を提唱したジェームズ・ラブロックというイギリスの科学者は、地球上の生命や自然環境が互いに影響し合いながら、全体として自己調整を行っているという考え方を示しました。つまり、自然界そのものには、常に変化し続ける環境の中でもまるで一つの生命体であるかのようにバランスを保ち、適応し続ける仕組みがあるということです。
その仕組みの根幹をなすのが多様性です。多様な存在が互いに関係し合い、影響を与え合うことで、自然界は常に変化し続けながらも安定する仕組みを作り出しています。
逆に人間社会では、効率や単純化を重んじるあまり、多様性が排除されがちです。農業や食の分野でもその傾向が大いにあり、大量生産・大量消費を前提とした現代の農業は、作物にとって必要に見えるものだけを集約し、それ以外は排除するという選択肢を取り続けてきました。具体的に言うと、農地の中の野菜以外の生き物、つまり雑草や虫、微生物などは排除される対象として長年扱われてきました。
それによって単位面積あたりの生産性が飛躍的に向上し、増加した人口を支えているのは確かですが、大きく気候環境が変わり始めたこれからの時代においては、脆弱なシステムになってしまっていると感じています。決して現代農業の仕組みが全て間違っていると言いたいわけではありませんが、多様性という視点を取り入れることが、今後の農業には大事だと思うのです。
実際にはさまざまなアプローチがあるとは思いますが、今回は僕が普段実践していることや、個人単位で取り組みやすいことを中心に、「種の多様性」「環境の多様性」「農家の多様性」という3つのポイントに分けてお話しします。
種の多様性

野菜をそのまま残しておくと種が採れる
あらゆる気候環境に適応していくためには、種の遺伝子レベルでの多様性が重要になってきます。ちなみに種とはタネのことでもあり、種(しゅ)のことでもあります。以前は日本の各地域で伝統的な在来品種が多く栽培されていましたが、近代的な育種やF1品種の普及、種子市場の発達によって急速に減っていき、品種多様性が失われてしまいました。僕の父も地域の人たちと連携して、鹿児島の伝統野菜を復活させる活動を続けていますが、すでに失われてしまった品種がたくさんあると聞いています。
品種多様性を保護するために、世界各地に種子を冷蔵保存しておくシードバンクが存在しますが、運営コストが多くかかる上に、冷蔵保存されている間は外部環境と隔離されているため、実際に圃場(ほじょう)にまいた時に環境に適応しにくいという問題があります。そのため、シードバンクに任せるだけではなく、各地域で少しでも自家採種を行っていくことがとても重要です。
実際に僕もいくつか伝統野菜を栽培していますが、無肥料でもよく育ち、気候の変化にも強いと感じています。昨年の夏から冬にかけて、異常な高温、雨不足、ヨトウムシの大発生とさまざまな困難がうちの畑を襲いましたが、その中でひときわ元気だったのが、こぼれ種栽培をしている野菜や伝統品種の野菜たちでした。こうした姿を見ると、今は買うものとして当たり前になっている種ですが、その土地により順応した種を受け継ぎ育てていくことの重要性を感じます。
環境の多様性

アオムシを捕食するクチブトカメムシ
僕の畑は高台でシラス台地の上にあり、火山灰土の土壌なので、かなり乾燥しやすい圃場です。しかし、昨年の雨が少ない猛暑の夏も水やりなしで乗り切ることができました。また、害虫や病気が発生することはもちろんありますが、それらによって畑全体の野菜に被害が広がっていくことは滅多にありません。昨年の秋は全国的にヨトウムシが大発生し、うちの畑でも例年に比べてかなり多く見られましたが、その分天敵となるカマキリなどの虫や鳥なども多く見られ、しだいに数は落ち着いてきました。これらは、野菜だけでなく雑草や虫、微生物などの多様な生物がいる環境を作っているおかげだと思っています。
特に重要なのは雑草です。雑草は栄養を奪うものとされていますが、野菜が負けない程度に刈っていれば全く問題ありません。むしろ草が生えていることで、そこに朝露が降りたり、地下の水分を吸い上げたりして土壌を潤してくれます。極力雑草を残すことが水やりなしで野菜を育てる秘訣(ひけつ)なのです。
また、雑草が生えていると虫が来るという人もいますが、雑草を食べる虫が必ずしも野菜を食べるとは限りません。例えばイネ科雑草に来るアブラムシの種類は、ナスやエンドウなどの野菜に来るアブラムシとは別の種類です。しかしアブラムシの天敵であるカマキリやテントウムシはどちらの種類のアブラムシでも食べますので、むしろ天敵を増やす役割として味方になってくれることもあるのです。
このように多様な植物が生える環境を作ると虫の多様性が生まれ、虫の多様性が生まれると、害虫もいればそれを食べる益虫もいるというふうにバランスのとれた環境になっていきます。
農家の多様性

畑の講習会。家庭菜園への関心は高まっている
気候変動だけではなく社会情勢の不安定さも相まって、食料の供給が不安定になり、価格も高騰しています。こういった時には専業農家だけでなく、小規模な農家や家庭菜園を営む人たちの存在がより重要になっていくと考えています。
その好例がロシアの「ダーチャ」と呼ばれる文化です。都市に住む人たちが郊外に小さな菜園付きの別荘を持ち、週末に通って食料を自給するという仕組みで、国が危機的な状況の中でも多くの人が生き延びる助けとなりました。
気候や社会情勢が不安定な時代には、大規模な一つの仕組みに依存するのではなく、それぞれの立場で判断し、実践していける多様な「農の担い手」が必要です。そのためにも、栽培技術や判断力、工夫する力を持った個人が増えていくことが大切であり、同時にそれぞれが助け合える関係性も築いていく必要があります。
実は僕が自然農をベースとした家庭菜園を広める活動をしているのも、こういった時代が必ず来ると感じたからこそであり、どんな状況でも自分たちの力で豊かに暮らしていくためにはこういった知恵や技術が欠かせないと思ったからです。
家庭菜園をする人が増えると農家が困ると言われることもありますが、僕はそうは思いません。家庭菜園で作れる作物の種類には限りがありますし、実際に自分で野菜づくりをすることで初めて、いかに農家が手間ひまをかけて野菜を作っているかを体験し、より作物に価値を感じるようになったと言う人が多いです。また、僕のように農業を教えることを仕事にする人も今後増えると思います。野菜を売る以外にも農的な働き方の多様性が生まれるでしょう。
しなやかで強い地域農業を目指して
僕は今年から畑づくりの講座だけではなく、父と一緒に米づくりの講座も始めることにしました。少数の大規模農家が地域農業を支えるのではなく、半農半X的な多様な農の担い手を育てることで、よりしなやかで強い地域農業のあり方を模索するためです。
多様な担い手が地域の多様な自然環境を築き、多様な種を受け継いでいくことによって、不安定な気候や社会情勢でも豊かに楽しく暮らせる地域コミュニティーを目指したいと思っています。
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