震災ボランティアへの参加を機に食用花の栽培を開始
生産者が手塩にかけて質の高い作物を生産しても、流通過程で劣化してしまっては、消費者に本来のおいしさを味わってもらうことは難しい。そのため圃場(ほじょう)の一角に飲食店を開業し、収穫したばかりの新鮮な作物を食べてもらいたいと考える生産者もいることだろう。
しかし従来、農地法が定める農地転用の制限などから、田や畑として登記されている土地に店舗を建て、農家自らが飲食店を経営する「農家レストラン」を開業することは非常に難しかった。新潟県阿賀野市で食べられる花、エディブルフラワーを生産、販売している株式会社脇坂園芸代表の脇坂裕一さんも、農園脇でカフェの開業を試みるも、長らく実現できなかった生産者の一人だ。

株式会社脇坂園芸代表の脇坂裕一さん
脇坂さんは高校卒業後、水稲兼業農家である実家に就農するにあたって、神奈川県の花き農家で研修を受け、1983年に観賞用花の生産を始めた。早くから「人の集まれる場所を作りたい」とカフェの開業を思い描くも、当時、脇坂さんが手がける食べられる作物といえば米だけだった。米粉を使ったデザートやパンの提供を検討するが、カフェの“売り”にするには弱いと感じていた。そんな脇坂さんに2011年、大きな転機が訪れた。当時を振り返って脇坂さんはこう話す。
「東日本大震災が起こり、東京農業大学が主催する災害ボランティアに参加したんです。岩手県大槌(おおつち)町に花を持って行ったのですが、あれだけの大規模な自然災害直後は食べ物の入手もままならないでしょう。食べられない観賞用の花を栽培していることに疑問を感じるようになり、だったら食べられる花、エディブルフラワーを生産しようと考えました」
エディブルフラワーを柱にカフェの開業を目指すが……
観賞用花とエディブルフラワーに厳密な区別はなく、花に有毒物質が含まれていなければ食用にすることができる。ただし、人が口にする以上、観賞用花の栽培よりも農薬の使用には慎重にならなければならない。現在でも並行して観賞用花を生産しているが、脇坂さんは観賞用花も含めて無農薬に切り替え、エディブルフラワーの生産を始めた。そして「エディブルフラワーならカフェの柱に据えられる」と考え、カフェ開業に向けて動き出したのだ。

ハウス内では鮮やかな花が咲いていて、これを収穫してパッケージにして発送する

無農薬で栽培しているため、ハウスに虫が入ってきてしまう。出荷作業では花びらの裏やガクに虫がついていないか確認し、細心の注意を払って取り除きながらパッケージを作っていく
食品衛生法にかなった店舗を建設するため、飲食店を手掛ける工務店に設計、施工を依頼。カフェから出る排水が近隣の農地に悪影響を及ぼすことを避けるため、排水は農業廃水路に流し、農業用に取水する農業用水路に混ざらないように配慮した。近隣の農家の承諾も得て、農地の用途変更を阿賀野市役所に申請したところで待ったがかかってしまった。
こうした事態になった背景には「農業振興地域の整備に関する法律」(農振法)が関わっている。農振法の法律施行規則では、農地に農作物の出荷施設、種苗貯蔵施設、農機具収納施設、加工直売所などの農業用施設を建設することを認めてきた。しかし、農家レストランは農業用施設として認められていなかったのだ。
カフェとして営業可能な施設を建てるも、飲食店としての開業はかなわなくなってしまった脇坂さん。しかし、農林水産省の6次産業化推進整備事業に採択されたこともあり、農業用施設として認められる加工直売所として2014年に開業した。以来、「Soel(ソエル)」という店名でエディブルフラワーを使ったクッキーやフラワーティーなどの加工品の製造、販売を手掛けてきた。
農振法のガイドライン改正でカフェ開業の道が開けた
開業できるものだと思って準備を進めていただけに、カフェ開業を断念せざるを得なかった落胆は大きかった。それでも日々の栽培管理、加工直売所Soelの運営に加え、エディブルフラワーを広めるため、各地で開催される商談会に積極的に参加し、脇坂さんは忙しい毎日を送っていた。
そんな脇坂さんのもとに、2020年3月、朗報が舞い込んだ。農振法の法律施行規則が改正され、自分が育てた農作物を原料・材料とする飲食物を提供する施設(農家レストラン)が農業用施設に位置付けられたことで、カフェ開業の道が開けたのだ。ただし、農業用施設である以上、好き勝手に飲食物を提供していいわけではない。
農家レストランが農業用施設として認められる条件は農振法のガイドラインで規定されていて、提供する飲食物の重量、金額のいずれかで、自己の生産物か、同一自治体で収穫された作物が占める割合を50%以上にしなければならない。脇坂さんはこう語る。
「紅茶やケーキの原材料と比較すると、エディブルフラワーは高額ですからね。金額で50%以上を自己生産物で占める要件はクリアできます。そのことを明記した計画書を提出してカフェの営業を認めてもらい、2024年7月に『hanacafe SOEL(ハナカフェ・ソエル)』をオープンすることができました」

hanacafe SOELの店内。東向きの大きな窓から五頭山(ごずさん)を眺めながら、エディブルフラワーを楽しむことができる

エディブルフラワーをふんだんに使ったフラワーティー(画像提供:脇坂園芸)
脇坂さんの場合は、2014年の時点で農振法が定める農地の用途変更を終えて加工販売所を開業していたため、計画書を市に提出してカフェを開業することができた。しかし、開業後も運営を続けるには年に1度原材料の割合を記した報告書を提出しなければならず、厳密にルールにのっとった運営が求められる。開業して終わりではないのだ。
農地で飲食店を経営するには、農地法、農振法だけでなく、食品衛生法などの飲食店開業に関わる法令に沿って各種手続きを踏む必要があり、以前よりも開業しやすくなったとはいえ、煩雑な手続きが求められるのは変わりない。農家レストランに興味があるなら、まずは自治体の農業担当者に相談してもらいたい。
最後に生産者が飲食店を運営する際のアドバイスを求めると、脇坂さんは「人が集まれる場所を作りたいと考え、やっとカフェを開業できましたが、本業は花の生産だと考えています。ですから、カフェの営業は金土日で、祝日は予約がある時だけ開いています。カフェに力を入れすぎて日々の栽培管理がおろそかになってはいけませんからね」と話してくれた。
人員をそろえることができるなら、大々的にレストランを営業することもできるだろう。しかし、それで作物の質が低下することがあっては本末転倒だ。収穫されたばかりの新鮮な作物を食べてもらう理想を追い求めるにしても、身の丈に合った飲食店の経営が求められるのだろう。
取材協力:阿賀野市農林課農林企画係 古田島和人さん
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