食料安全保障とは何か?その背景と重要性
食料安全保障とは、全ての人々が常に充分な食料を安定的に確保できる状態を意味し、フードセキュリティとも言われています。ウクライナ情勢の影響による小麦粉等輸入食材の値上がりや、令和の米騒動と呼ばれる米価格の高騰などもあり、食料安全保障への関心が高まっています。
食料安全保障の定義と概要
国連食糧農業機関(FAO)は「食料安全保障は、全ての人が、いかなる時にも、活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養ある食料を、物理的にも社会的にも経済的にも入手可能であるときに達成される。」と定義付けています。
この概念は災害や紛争などの非常時・緊急時だけでなく平常時の食料供給も含みます。また、生きるために必要最低限の食料ではなく、宗教上の理由や嗜好に合う充分な量や内容の食料を想定しています。
日本における食料安全保障の位置付け
食料安全保障の実現には、自給率向上や輸入の安定確保、備蓄制度といった国の政策も深く関わります。日本では、食料安全保障は国家の安定や国民生活の基本を支える重要な政策分野と位置付けられ、よりどころとなる法令として1999年に施行された「食料・農業・農村基本法」があります。
また2025年現在、米の価格高騰や流通不足の対策として注目されている備蓄米については、1995年施行の「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」にて定められています。
政府は食料安全保障を重要視する一方で日本の食料自給率は低く、2024年度現在はカロリーベースで38%にとどまっています。食料の多くを輸入に依存しているため、国際情勢の変化や災害の発生による食料供給へのリスクが高い状態が続いています。自給率の向上や国内農業生産の維持・強化が急務です。
国際社会における食料安全保障の役割
国際社会においても、食料安全保障は大きな課題です。とりわけ発展途上国の貧困問題や健康状態の改善には、安定した食料供給が欠かせません。気候変動による農作物への影響や世界各地で発生する災害も深刻化しており、持続可能な農業の推進が世界全体の課題となっています。世界的な食料需給の不均衡が続く中で、食料安全保障のための多国間協力が不可欠です。
食料安全保障の歴史と概念の進化
食料安全保障の概念は、第二次世界大戦後の20世紀後半から注目を集めはじめました。1970年代ごろから世界的な経済成長や人口の増加により食料の需要が増え、供給不足や値上がりの懸念が生まれました。1970年代に起こった2度の石油危機以降は、世界的に資源の安定確保が重視され、食料安全保障にも「輸入」と「リスク管理」の視点が加わりました。2000年ごろからは気候変動が農業生産に及ぼす影響も問題視され、持続可能な農業や食品ロス削減といった取り組みが求められるようになっています。食料安全保障は、時代背景や社会課題と共に進化を続けているのです。
日本の食料安全保障の現状
低い食料自給率。その原因は
日本の食料自給率はおよそ38%と低い水準の横ばいが続いており、重大な食料安全保障の課題の一つと言えます。農林水産省は、日本の食料自給率が低い原因について長期的には「食生活の多様化が進み、国産で需要量を満たすことのできる米の消費が減少した一方で、飼料や原料の多くを海外に頼らざるを得ない畜産物や油脂類等の消費が増加したこと」と分析しています。
米を中心とする農業政策が執られる中で、小麦や大豆などの穀物は輸入に大きく依存してきました。また過去数十年にわたって農家の高齢化が進み、後継者不足による廃業が増えていることも生産力の低下を招いています。農業の生産基盤の脆弱化や、国内農業の収益性の低さは大きな課題です。
気候変動と災害がもたらす影響
台風や豪雨、干ばつなどの極端な気象現象や災害は、農地や農作物の生産に大きな影響を及ぼします。2023年には猛暑や少雨の影響により、日本海側などの一部地域で米が不作となりました。地球温暖化による平均気温の上昇により、これまでの稲作では長期的に対応できなくなるとの見方も強まっており、高温耐性のある新しい品種の開発や栽培方法の見直しが進んでいます。
気候リスクへの対策が不十分な場合は農業生産の不安定化が進み、更なる輸入依存を招くかもしれません。また気候変動や自然災害のリスクは、日本のみならず世界各地にあります。
輸入依存と国際情勢のリスク
食料の多くを海外からの輸入に頼っている日本では国際的な物流の混乱や紛争、価格高騰の影響が大きく、食料安全保障上の重大なリスクとなっています。
近年ではロシアによるウクライナ侵攻や新型コロナウイルスのパンデミックが、輸入穀物の価格を高騰させ、供給の不安定化を引き起こしました。国際情勢の変化は、日本国内での安定的な食料供給に大きく関わっています。
国内農業力の衰退と後継者問題
農業を主な仕事としている基幹的農業従事者は減少傾向にあり、日本の農業生産力の低下につながっています。また国内の農業従事者の平均年齢は高く、世代交代や若者世代の農業への参入があまり進んでいません。2020年のデータでは、基幹的農業従事者数は15年前に比べて39%減少しており、65歳以上が全体の70%を占めています。
農家の廃業や耕作放棄地の増加は、生産基盤の弱体化を招きます。一方で農作業の効率化も大きな課題であり、技術革新や労働環境の改善が急務とされています。国内農業の再編・再生が進まなければ、輸入依存のリスクは更に高まると考えられます。
物流やインフラ問題の影響
食料の安定供給には、物流やインフラの整備も重要です。しかし日本の一部地域では、食品の輸送や貯蔵のインフラが脆弱(ぜいじゃく)化していると指摘されています。大きな自然災害が発生した際に道路や線路などが大きな影響を受け、都市部などへの食料供給が断たれるリスクがあります。一方で、農村部では人口減少による物流の担い手不足の問題があります。また、2024年にはトラック業界の働き方改革による輸送力不足も話題になりました。物流コストの増加や、農産物の流通が停滞するといった課題を解決するためには、効率的な物流網の構築やインフラ投資が求められます。
日本の食料安全保障を強化する取り組み
農業政策と自給率向上の取り組み
日本の食料安全保障を確保し持続させるためには、農業政策を強化し、4割に満たない食料自給率を向上させていく必要があります。
農林水産省は日本の農業を持続可能なものとして食料自給率を上げるために、生産基盤の強化と消費拡大の推進を目指すとしています。具体的には穀物・野菜・畜産など品目ごとのきめ細かな対策を行う他、農業の担い手の確保、農地の集積・集約化やスマート農業の導入などの推進を掲げています。主要な農産物の国産化を促進するために必要な施策は多岐にわたり、水田の多機能活用や輸入飼料の代替となる飼料作物の推進なども更に注目されていくと考えられます。
消費側の観点では、加工・業務用の需要やインバウンド需要の増加、健康志向の高まり等、時代の変化に合わせた食料消費動向への対応も求められるでしょう。
気候変動緩和のための技術開発
近年では、異常気象や自然災害による収穫量の減少や品質への影響が無視できなくなっており、気候変動に強い新しい農業技術や気候適応型の作物開発が求められています。例えばコメや穀物類においては、高温耐性を持つ新品種の開発が各地で進んでいます。また、温室効果ガスの排出削減を目指した環境配慮型農業、スマート農業の推進も不可欠です。こうした取り組みにより気候変動の影響を最小限に抑えることで、安定的な食料供給の確保につながります。
貿易戦略の見直し
食料の大部分を海外からの輸入に頼る日本では、国際的な協力関係の強化が食料安全保障に直結します。近年はウクライナ情勢や新型コロナウイルスのパンデミックなどの影響があり、アメリカのトランプ政権による関税の見直しも話題になりました。
世界情勢の変化や物流の混乱による輸入リスクが高まっている現在、多国間協力を基盤とする新たな貿易戦略が必要です。特定の国への依存を減らすため、輸入先国の多様化や地域ごとの貿易協定の見直しも有効です。また、国際的な食料価格の変動にも柔軟に対応できるよう、備蓄能力の拡充や国際的な情報共有体制の強化も求められています。
食品ロス削減と持続可能な消費
食品ロスの削減は、食料安全保障における重要な課題の一つです。食品ロスの削減により、国内資源の有効活用や食料供給リスクの低減が期待されます。
日本の食品ロスは2022年度の推計値で472万トンに及びます。事業活動を伴って発生する「事業系食品ロス」と、各家庭から発生する「家庭系食品ロス」の割合がおよそ50%ずつであるため、企業と家庭の両方で食品廃棄を減らす必要があります。各家庭では、食品を選ぶ際に地産地消を意識して地元の農産物を購入し、使い切るといった持続可能な消費が大切です。
未来の食卓を守るためにできること
地産地消の推進と地域農業の支援
地産地消は、地域で生産された農作物・食材を積極的に消費する取り組みです。国内農業や地域経済が活性化するのに加え、輸送コストの削減により価格も抑えられ、環境負荷も軽減されます。
安価な輸入品を選ぶのではなく、地域で生産された農作物を購入して消費することで、地元の生産者の支援ができます。国内農業の基盤を守り、食料自給率の向上や輸入依存によるリスク削減にもつながる取り組みです。
消費者意識の向上と情報提供
国内農業のさまざまな課題や大部分を輸入に依存した現状を知ることで、国産農産物を選ぶ人が増えるかもしれません。消費者が食料安全保障についての正しい知識と問題意識を持つことは、日本の食料供給の安定に大きな影響を与えると考えられます。
農林水産省などの関係機関や自治体の地域イベントを通じて、食料安全保障や安全な農産物についての情報が提供されています。行政側が継続して充分な情報提供を行い、消費者側が適切に受け取り、活用するサイクルを実現したいものです。
次世代農業人材の確保、育成
農業従事者の高齢化や後継者不足が課題となっている日本の農業ですが、国内の生産基盤を維持するには、次世代を担う人材の育成が欠かせません。
若い世代や新規就農を検討する人へ向けて農業に関する教育や研修を行い、農業が魅力的で安定した職業と認識される必要があります。新規就農者への適切な支援制度も求められます。
また最新の農業技術やデジタル化の導入により、効率的な生産体制を構築し、新たなビジネスチャンスを生み出すこともできます。社会全体で農業の重要性を再認識し、労働環境の整備や人材の育成・確保を支援する仕組みが求められています。
個人から始める食品ロス削減の取り組み
食料安全保障の強化への身近な取り組みとして、地産地消に加え、家庭でできる食品ロスの削減があります。食べ残しを減らす、賞味期限を管理したり食品を買い過ぎないようにしたりして廃棄を減らすなどは、個人や家庭レベルで取り組みやすいでしょう。
食品ロスへの意識が社会全体で高まることで、規格外の作物への考え方も大きく変わってくる可能性があります。これまで規格外として廃棄されてきた農作物が一部でも消費されれば、食料自給率の向上に寄与します。個人の小さな意識改革が、国内外の食料安全保障リスクを減らすための重要な一歩となります。
農業と食料安全保障について考えてみよう
米の価格高騰などによって食料の安定的な供給への関心が高まっている現在は、食料安全保障への理解や取り組みが浸透しやすいタイミングかもしれません。食料安全保障は、日本のみならず全世界の重要な課題です。
あらゆる物価の高騰は悩ましいものですが、生産コストに見合った適切な価格で国内の農作物を買うことで日本の農家の支援ができます。食料安全保障の実現には、社会全体で日本の農業を持続可能なものにし、自給率を上げていく取り組みが不可欠だと言えるでしょう。