年金プラスアルファの収入求めて就農
永井さんはいま69歳。農林水産省の統計によると、ちょうど農家の平均年齢に当たる。7年ほど前に実家のある鴨川市で就農した。
大学を卒業した後、群馬県の建設会社に就職した。いまも嘱託の立場で月に1~2回のペースで出社しているが、生活の基盤は鴨川市に移し、妻の里恵子(りえこ)さんと一緒に果樹栽培に打ち込んでいる。
栽培品目はレモンがメインで、仲間の農家と共同で卸会社や小売店に販売している。他に温州ミカンや夏ミカン、ハッサク、シークワーサー、ユズなどのかんきつ類も育て、地場産品の販売店などに売っている。

永井さんが育てた夏ミカン
「年金生活に入った後も、別の収入があったらいいな」。そう思ったことが、シニアになってから農業を始めるきっかけになった。もともと趣味で野菜を育てていたので、農業を身近に感じていたことも背景にある。
はじめは野菜をもっと本格的に栽培しようと考えていた。ところが鴨川市の農業について調べてみると、土壌が野菜には向いていないことがわかった。野菜を作ろうと思うと、時間をかけて土質を変える必要があった。
そこで注目したのがレモン。農協に相談してみたところ、鴨川でレモンを栽培している農家がいることがわかり、興味を持った。レモンなら糖度を追求しなくてもいいこともことも、品目を選ぶ際の決め手になった。
ミカンを含め、他のかんきつ類はいかに甘くできるかが競争力を左右する。永井さんによると、そのためには「たくさん経験を積む必要がある」。自分の年齢を考えると、糖度が味の尺度にならないレモンが最適だと考えた。
レモンの苗木を300本以上定植
営農は、リタイアする果樹農家から農園を引き継ぐことでスタートした。植わっていたのは温州ミカンや夏ミカン、ハッサクなど。「年なのでそろそろやめる。全部切ってレモンに植え替えていいよ」と言ってくれた。
ところがその農園の温州ミカンを食べてみて、植え替えるのを思いとどまった。十分に甘くておいしいので、そのまま維持した方がいいと考えたのだ。経営のバトンを渡してくれた園主の長年の努力のたまものだろう。
一方で、レモン農家になろうという初志が変わったわけではない。そこで近くの場所で農地を借りて、一からレモンを育てることにした。もともと菊の栽培ハウスがあった農地で、農家が引退して更地になっていた。

永井さんが育てたレモン
事前にレモンの苗木を60本買い、庭で鉢で育てておいて、更地を借りた時点で植え替えた。それが2019年2月。さらに150本の苗木を購入し、3月に定植した。時間を少し置いて、シークワーサーなどの苗木も植えた。
栽培技術の指導を仰いだのは、永井さんが「師匠」と呼ぶ人で、10歳年上のレモン栽培の大ベテラン。例えば、永井さんが農薬を散布するのを見ながら、「ちゃんとかかってないぞ」とアドバイスしてくれた。
当時60代前半とはいえ、永井さんは新規就農者。農薬代を節約したいと思い、ついつい散布量を抑えてしまっていた。だがより優先すべきは病気の防止。師匠はそれを教えるため、中途半端な散布を戒めた。
最初の収穫は2022年。レモンに病気が出て収量は33キロにとどまったが、翌年から弾みがついた。23年は373キロで、24年は1580キロに増えた。さらなる拡大を目指し、この間に新たに100本のレモンの苗木を植えた。
80歳まで続けたい
ここで本稿のテーマに立ち戻ろう。就農した後、栽培が軌道に乗るのと併せて規模を大きくするのはよくあること。収入を確保するには当然の選択だ。だが永井さんがレモン栽培を始めたのは、60代前半のことだ。