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温暖化によるブドウ着色不良の救世主になるか。住友化学の新農薬「アブサップ」とは

少年B

ライター:

温暖化によるブドウ着色不良の救世主になるか。住友化学の新農薬「アブサップ」とは

近年、異常気象が大きな問題となっています。とくに、ブドウにおいては温暖化による着色不良が非常に深刻です。黒くならず、赤いまま熟してしまった巨峰やピオーネは、その価値が一気に下がってしまいます。そんな中、住友化学株式会社が販売する新たな農薬「アブサップ」がブドウ農家を救うカギになるかもしれません。今回は、温暖化対策のひとつとしてブドウ農家から熱い視線を送られるアブサップについて、住友化学の成松さんと川口さんに話を聞きました。

 

成松淳さん 顔写真 成松淳(なりまつ・あつし)さん
住友化学株式会社 アグロ事業部
サステナブルソリューション部 園芸バイオラナショナルチーム 東日本総括
川口良さん 顔写真 川口良(かわぐち・りょう)さん
住友化学株式会社 アグロ事業部
サステナブルソリューション部 園芸バイオラナショナルチーム 東日本販売普及リーダー

アブサップってどんな農薬なの?

──近年は夜温が下がらず、昼夜の寒暖差がないので、ブドウに色が入りづらいという話をよく聞きます。とくに温暖な地域では着色系のブドウが作りづらいという嘆きを聞くことも多いですね。

成松:そういう方に、ぜひ試していただきたいのがこのアブサップです。

──アブサップとはどんな農薬なんですか?

川口:アブシシン酸という有効成分が含まれた農薬です。アブシシン酸は植物ホルモンの一種で、ブドウ果皮の着色を向上させる効果があります。

成松:2009年からチリやオーストラリアなどで販売が始まり、日本では2022年の10月に農薬登録を取得しました。一般生産者向けには2023年4月から発売したんですが、すでに多くの問い合わせをいただいています。

川口:こちらが、実際にアブサップを散布した写真になります。

アブサップ処理をした房としていない房の違い(画像提供:住友化学)

──めちゃめちゃ色付いてる……! これはすごいですね。

川口:アブサップは処理後1週間ごろから着色効果が出始めます。同じ場所で処理した房としていない房の色を比べてみると、初期から明確に差がありますね。

──明らかに違いますね。アブサップはどういう原理で色が付くんですか?

川口:アブシシン酸の効果により、アントシアニン生合成経路の中で鍵となる酵素「UFGT」の産生が促され、アントシアニンの生成が促進されることでブドウの着色が向上します。

アブサップによるブドウの着色向上の原理

──アントシアニンにもいくつか種類がありますよね。ブドウだと、主要な色素はマルビジンやシアニジン、ペオニジンとその複合型で、主に5つの型があると聞きましたが。

成松:マニアックな話ですね(笑)。すべてのブドウに試しているわけではありませんが、多くの着色系ブドウで色付いてくれるのではと期待しています。ただ、現状登録があるのは巨峰系4倍体の品種と、ポンタのみです。

──なるほど、ありがとうございます。アブサップを使うことによるデメリットはないんですか? たとえば糖度が下がるとか。

成松:農研機構や多くの試験場試験において「糖度への影響は見られない」という結果が出ています。ただし、着色が改善できるなら着果数を増やそうという農家さんが出てくるかもしれません。着果過多になると糖度の低下や更なる着色不良が起こりうるので、控えていただきたいと思います。

川口:あと、アブサップを使ったブドウは着色が先行するので、適期より早く収穫してしまうとまだ糖度が低いという可能性はありますね。味の乗り方は処理をしていないブドウと同じなので、「糖度が十分でないブドウの早出し出荷はやめてください」と注意喚起を行っています。

アブサップの試験結果

アブサップはどうやって使う?

──アブサップの使い方についても教えてください。

成松:散布時期は房に数粒ほど色が入ってきた、いわゆる「飛び玉」が出てきたタイミングです。適用範囲は100〜200倍希釈ですが、濃度が高いほど着色効果が高い傾向にあるので、当社としては100倍希釈を推奨しています。

川口:散布液量は1房あたり2~10ミリリットルとなっていますが、散布量が少なすぎると着色効果が低くなりますし、多すぎるとブルームが溶脱して見た目が悪くなるので、5~7ミリリットル程度の散布量が望ましいですね。

アブサップの薬剤量の目安

成松:薬液の粒が大きくても表面が汚れてしまうことがあるので、できるだけ霧状・ミスト状にして散布するのがいいですね。房とノズルを少し離して散布すると、小さな粒の薬液が房に残るのでおすすめです。

──散布の際に注意すべき点はありますか?

川口:アブサップは移行性がないので、薬液がかかっていない部分には効果がありません。なので、房全体にしっかりムラなく散布することが大切です。

アブサップは移行性がないため、房の全体に散布することが大事

成松:広田産業株式会社とはじめクリエイト株式会社が共同開発したアブサップ専用の散布噴口「霧吹き名人」が販売されていて、これを使えばだいぶ散布しやすいと思います。アブサップ同様発売2年目の製品ですが、かなり注目されています。

噴霧器につける、アブサップ専用の噴口

成松:アルミ製のスタンダードモデルと樹脂製のエントリーモデルの2タイプがありますが、農家さんに話を聞くと、高額なアルミタイプの購入を検討している方も意外と多いようです。

──それだけ、アブサップを長く使おうと思っている農家さんが多いということなんですね。

川口:ありがたいことですね。もうひとつ注意していただきたいことがあります。アブシシン酸は紫外線によって分解されやすいので、薬液は毎回新しいものを作って当日中に散布するようにし、休憩のときは日陰に置くようにしてください。

アブサップの有効成分であるアブシシン酸は、紫外線に弱い

成松:あと、アブサップの薬液が葉に大量にかかってしまうと、葉の退色や黄化を起こし、場合によっては枯死する可能性があるので、なるべく葉にかけないように注意してくださいね。

巨峰とピオーネ以外にも適用範囲が拡大! 今後の予定は?

川口:これまでアブサップが使えるのは巨峰とピオーネに限られていましたが、2025年3月から対象が拡大され、巨峰系4倍体のすべての品種と、大阪府のオリジナル品種・ポンタにも使えるようになりました。赤系ブドウは効果が強く出すぎると少し赤黒くなるなど手探りな部分はありますが、着色効果は間違いなくありそうですね。

──今年から新たに使えるようになった巨峰系の赤ブドウも、100倍希釈の5~7ミリリットルの散布量でいいんでしょうか。

川口:兵庫県で行われたクイーンニーナでの着色比較試験では、着色が始まる時期に100倍希釈・5ミリリットルの散布をすることで十分な効果がありました。ただ、基本的には農家の皆さまが実際に栽培していく中でベストを見極めていっていただければと思っています。

──巨峰系の赤ブドウだと、「着色が改善されるなら、もう一度安芸(あき)クイーンを作りたい」と言っている農家さんもいます。

成松:味は良くても、着色不良が課題で作られにくくなった品種が再評価されることになれば、我々としても非常にうれしいですね。

──ポンタは3倍体品種ですよね。3倍体にはナガノパープルやBKシードレスといった黒系品種もありますが、なぜポンタのみ適用になったんですか?

成松:それは大阪府の環境農林水産総合研究所でアブサップの試験をする際に、「ぜひこの品種も」ということで、一緒に試験をして、データをご提供いただいたんです。

──つまり、大阪府が熱心だったから、という。

成松:一言で言えばそうなりますね。

──今後、2倍体の品種にも適用が拡大される予定はありますか? 超高級ブドウの富士の輝(かがやき)や、「味や香りは抜群だけど、着色に課題がある」と言われている山梨県のサンシャインレッドなど、アブサップを使いたい品種も多いと思います。

川口:現在、さまざまな2倍体品種でも試験を始めています。すべてのデータが集まってから農薬登録の申請を行うため時期はまだわかりませんが、将来的には2倍体についても適用拡大を目指していく方針です。

成松:それまでお待ちいただければと思います。

──今後が楽しみですね。

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