初冬直まきなら春作業がほぼゼロ!それでいて収量は慣行移植・直播栽培と同等
初冬直播は、岩手大学農学部作物学研究室(下野裕之教授)を中心に、北海道、東北、北陸などの研究機関が共同で開発している栽培技術だ。その背景にあるのは、農業生産者の高齢化と減少による人手不足である。今回お話を伺った青森県産業技術センター農林総合研究所は、岩手大学と2022年度までの10年間にわたり、共同で技術開発を行ってきた。同センターの研究員である及川聡子(おいかわ・さとこ)さんが説明してくれた。
「主な目的は、初冬に播種して春作業を前倒しで行うことで作業分散することにあります。本来は春に行う作業を農閑期に当たる初冬に行い、種籾を雪の下で越冬させることで、春作業がほぼ無くなる、というメリットがあります。春以降に行う雑草・水管理といった作業については、慣行の乾田直播と同じですから、その技術は既に確立されています。一方で『越冬させる』『越冬した種子を出芽させる』という2点に関しては、ノウハウがあるのです」
そのノウハウとは、①種籾の状態、②播種の時期、③種子への薬剤のコーティング。また、越冬後の苗立ちを安定させるためには、播種の深さ=播種精度も大切であるという。これら「初冬直まき」の成否の鍵を握るノウハウは記事後半に紹介する。
青森県弘前市のメガファーマーが初冬直播きに挑戦!
「初冬直まき」栽培技術の確立に貢献してきた農業生産者が青森県弘前市にいる。ミウラファーム津軽だ。代表取締役の三浦裕行(みうら・ひろゆき)さんが取材に応じてくれた。
同社の栽培作目の中心は米。「青天の霹靂」「はれわたり」「まっしぐら」「津軽ロマン」「あきたこまち」の6品種を栽培している他、麦やオーガニック野菜、リンゴ、ニンニク、施設果樹なども生産している。
限られた人員で広大な水田を管理するため、積極的にスマート農業を導入している。営農支援システム「KSAS」、水管理システム「WATARAS」、ドローン2台、無人ヘリ2台を導入している他、過半数のトラクターに自動操舵を搭載するなど、効率化への徹底ぶりが特徴的だ。「初冬直まき」は、こうした効率化の一環として挑戦している。「初冬直まき」挑戦に至った経緯を、三浦さんが教えてくれた。
「省力化できるなら、新しい技術でも、ためらわず挑戦しています。近隣生産者の離農や高齢化に伴い、当社が管理する田んぼは急激に拡大しています。通常の移植栽培だけでは対処が難しいのです」
以前は、無人ヘリでの湛水直播にも挑戦していた。一定の効果は得られたものの、耕起と代掻きの作業に手を焼いたという。慣行の乾田直播も行っているが、こちらは春の天候次第で播種できるタイミングが限定されるため、播種可能な面積が安定しない、というデメリットがあると語る。
「無人ヘリでの湛水直播に取り組んでいた際、播種した種よりも出芽が早く生育に勢いのある稲を発見しました。それは、前年の収穫時に圃場に落ちた『こぼれ籾』であることが分かりました。そして、下野先生の「初冬直まき」に関する論文の存在を教わり、耕起と代掻きの2行程を省力化できるなどの点で興味を持ちました」
そこで三浦さんは「初冬直まき」の試験栽培をするため、青森県産業技術センターに、技術支援の相談をしたた。同センターには、大学生時代に下野研究室で「初冬直まき」の学位論文を書いた研究者として、及川さんとその上司の木村利行(きむら・としゆき)さんが所属していた。こうして2016年から岩手大学・青森県産業技術センター・ミウラファーム津軽は共同研究を開始、翌年からは「初冬まきコンソーシアム」に参画し、着々と実証を重ねてきた。
2024年度の実証では、慣行移植・乾田直播と同等の収量が上がった!
2024年度に初冬直まきを行った面積は6ha。場所はミウラファーム津軽が所有する弘前市三世寺地区。令和3年11月30日、12月9日、12月11日の3回に分けて播種した。収穫は2023年秋である。青森県産業技術センターから提供していただいた情報を元に、実証の概要を紹介しよう。
「津軽地域では、移植栽培や慣行の乾田直播の平均収量は630kg程度。今回の初冬直まきはそれらより1割少ない程度に収まりました。春作業をせずに済むことを考慮すれば、導入する価値があると感じています」(及川さん)
初冬直まきの成否の鍵を握る3つの要素
ここで冒頭に触れた「初冬直まきで必要な特別な技術」について説明しておこう。前出の①種籾の状態、②播種の時期、③種子への薬剤のコーティングについてである。
①の種籾の状態については、播種する種子は播種する年に採取した種子の発芽率が良い。また、保管方法が発芽率を左右することも分かった。前年産を播種する場合は、10℃以下の冷蔵庫で保管する必要がある。
②の播種時期については、2024年度実証の結果からも分かるように、早過ぎても遅過ぎても良くない。播種が早過ぎると越冬前に発芽して枯れてしまい、逆に遅過ぎると種籾は急激な低温に晒されてしまうためだ。雪が降る直前ではなく、その前にある程度温度にさらしておく必要がある。
③のコーティングについては、雪が解けた後、土壌温度が上がり湿潤条件になると病気になることが分かっている。種子コーティングしておくと、5%程度でしかなかった出芽率が、50%にまで向上する。
これらは、ここで紹介した実証試験だけでなく、過去10年間に三者が行った試験研究から得られた成果だ。木村さんは「積み重ねた試験研究の成果として栽培のノウハウがまとまってきましたので、今後は作成した技術資料を基に県内への普及を図って行きます。2025年2月に開催された当研究所の成果発表会でポスターを展示したのですが、『取り組んでみたい』とお話する人が沢山いました。『初冬直まき』を担い手に使って貰える技術に育てて行きたい」と、力を込めた。
反収10表を実現。初冬直まきは普及期に入る
「昨年度で、初冬直まきに挑戦して10年になりました。お話しした実証結果でも、11月末から12月中旬までの播種をならしても、約10俵/反の収量が実現できています。春作業をほぼゼロにできることと合わせて考えれば、『初冬直まき』の面積を一定程度まで増やすことで経営を最適化できるのです」。三浦さんはこう、導入の手応えを話す。
「農業生産者の人ならお分かりのことと思いますが、燃料費、資材費、人件費、全てが上がっています。お米の値段だって、ある程度は上がらないと、この先やって行けません。弊社は『初冬直播』のような新しい技術を取り入れながら、地域の農地を守り続けます。遊休農地をゼロにする。農地の大小にかかわらず、借りたり買ったりして、津軽の田んぼを守ります。その上で、消費者が欲しがるおいしいお米を作り続けます。ですから消費者の皆さんには、日本人の主食である米について、納得できるまで、どうあるべきか、しっかり考えて欲しいです」と語ってくれた。
初冬直まきを推進するリーダー的存在である下野先生はこう話す。
「水稲の初冬直播き技術は、生産者の皆さんに、安全でおいしいお米を安定的に生産いただくため、無くてはならない技術の1つになるものと考えています。稲作は生物を扱う産業であるため作業が季節に依存し、特に春に作業が集中することからその作業分散が必要です。現在、高齢化を背景とする担い手への農地集積が急速に進んでおり、その急速なスピードに対応できない生産者もでてきています。そんな中、初冬直まきを導入することでその作業集中を回避でき、同じ経営資源で、より多くの面積を耕作したり、その他の野菜や果樹などの作物の栽培に時間を割くことが可能になります。資材費が高騰する中、また農作物の価格も変動が大きい中、経営の選択肢の1つに初冬直まきを利用していただければと思っています」
初冬直まきを拡張する技術として、2024年から岩手大学が中心となり、5年間の新たなプロジェクトが始動している。このプロジェクトでは、寒冷地の初冬直播きの知見を、北海道から九州まで全国に拡張し、播種時期についても冬季に雪の無い地域においては1月や2月などの早春にも広げているという。「初冬から早春までいつでも直播:春の作業ピークを平準化できる革新的稲作技術」(通称,いつでも直播プロジェクト)というこのプロジェクトは、水稲の播種時期を前年の初冬から翌春までの半年以上に拡張しようとするものです。ご興味を持たれた人は是非、ご参照ください」
取材協力
ミウラファーム津軽
イネ初冬直播きの発展と普及を進める会
参考
初冬から早春までいつでも直播:春の作業ピークを平準化できる革新的稲作技術