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「農業はサイエンス」。膨大なデータを駆使したイチゴ栽培。目指すは世界一

湯川真理子

ライター:

「農業はサイエンス」。膨大なデータを駆使したイチゴ栽培。目指すは世界一

京都府の中西部に位置する亀岡(かめおか)市は、盆地特有の昼夜の気温差が大きい気候で、秋から春に掛けて多くの霧が発生することから”霧のまち”と呼ばれている。自然の恵みを受けて多くの京野菜が栽培されている地域だ。この地域で新規就農し、イチゴの可能性を求めて「雫の里農園」を開いた代表の戸田康裕(とだやすひろ)さんは東京都出身。膨大なデータから独自に導き出された栽培方法で、今ではほとんど生産されていない品種・女峰(にょほう)を育てる。現在、5名の栽培スタッフで3万株のイチゴを育てている同農園。農業はサイエンスだという戸田さんの栽培理論に胸に、栽培リーダーを務めている元保育士の林えりかさんに話を伺った。

農業はサイエンス!育てにくいからこそ、育てがいがあるイチゴ”女峰”の可能性

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「若い人が農業で生活できるモデルケースを作り、農業を支援していきたい」そんな強い思いを抱き、戸田さんが立ち上げた「雫の里農園」である。

「雫の里農園」で育てるイチゴの品種は女峰だ。市場では最近、すっかり姿を見せなくなった品種である。1990年代にショートケーキの上に乗っていたイチゴだ。1990年代後半頃まで東日本の代表品種だったイチゴで、当時「西のとのよか、東の女峰」と言われるほど、この2品種が全国的に大きなシェアを占めていたが、現在は、次々誕生している品種にとって変わられている。なぜ、女峰だったのだろうか。その理由を聞けば、「雫の里農園」が目指す農業のカタチが見えてきた。

〇5名の栽培スタッフは全員女性0410y

雫の里農園の栽培スタッフ

「女峰は酸味の強いイチゴと言われていますし、病気に弱いというマイナス面があります。でも育て方によっては奇麗な酸味の上に甘味を乗せることでバランスの良いイチゴとなります。最初は他の品種のイチゴも栽培してみたんです。でも他のイチゴは栽培方法の違いで女峰ほどの味の差が出ませんでした。その点女峰は手入れの方法で味がすごく変わるんです。手入れをさぼればおいしくなくなりますし、正しく手間暇掛けて育てることで、味の差がはっきりでました。とても育てがいがあるんです」

栽培リーダーの林さんが、こう話してくれた。

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栽培リーダーの林えりかさん

林さんの言葉には、誰が育ててもある程度おいしくなる品種ではなく、あえて伸びしろのある女峰を選んだのには、どこにもない栽培方法を見つけ出し、ここで育てているからこそできるおいしさを引き出して見せるという「雫の里農園」のメンバーの目標の高さと気合が伝わってきた。

「甘いだけのイチゴじゃなくて、女峰の酸味と甘味、コク、そして上品な香りが表現できる高い可能性のあるイチゴなんです。戸田がいつも言っているのは農業はサイエンスという言葉です。新しい、論文が出たら読んでおいてと渡されます」

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ハウス内は基本的にスタッフ以外立ち入り禁止。残念ながら中に入ることができなかったのだが、徹底して感染源をハウス内に持ち込まない環境作りをしている。 栽培メンバーも必ず作業前には消毒をし、靴も履き替える。高設栽培で、養液による灌水と施肥、日照量、温湿度、CO2濃度等の環境制御を自動化。この自動化の数値を設定しているのは戸田さんだ。植物生理学に精通している戸田さんは膨大なデータを収集し、常に論文を読みあさり、亀岡の気候や土壌に合ったイチゴ栽培を独自に考え出している。それを実践しているのは栽培担当の5名の女性である。

「今までやってきた8年間の栽培のデータを全てつけています。イチゴは60列あるんですが、60通りのパターンがあります。コロナ禍で出荷がストップしたときは、実験的な栽培に大きく振り切ってデータを取りました。農業はサイエンスと戸田は常に言っています」(林さん)

とは言え、現場で感じる感覚的なことも大事だと、林さんは言葉を続ける。毎日変化するイチゴの表情を見逃さない。イチゴに限りない愛情を持って接している林さんであるが、農業を始める前はかなり精神的に落ち込み社会復帰すらできないのではと思い悩んでいたという。

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少しの変化も見逃さないようにイチゴと向き合う林さん

病んでいた心が快復していった農業

「保育士の仕事は好きだったのですが、ウツになってしまって。もう人と関わる仕事は向いてないのかなと思っていました。そんなときに知り合いからイチゴ農園を始める人が居るんだけどやってみないかと進められたんです」。林さんは保育の世界から農業界に足を踏み入れたきっかけについて、こう話てくれた。

母親も祖母もガーデニングをしていたそうで、小さい時から土を触ること、自然に触れることが好きだったそうだ。林さんは、好きなことなら自分にもできるかもしれない、心機一転やってみようと一歩を踏み出した。

当時は、会話すらままならずやりとりは筆談だったという。まだ、ハウスは完成しておらず、転がっている石拾を拾うところからのスタートだった。毎日、陽を浴び規則正しい生活をしているうちに徐々に心も回復していった。

「イチゴは一株、一株、違うんです。葉っぱの厚みや手触りは現場での感覚的なものです。こうした感覚も大事なんです。保育士をやっていたときに子どもたちを見るようにイチゴを見ています」

林さんは毎日変わるイチゴの表情やイチゴが出す僅かなサインも見逃さない。イチゴはしゃべってはくれないが、イチゴの声を聞いてそれを受け止めるために日々、観察をし、少しの変化も見逃さない。ここでは果実の数を調整するために花が咲く前に摘蕾を行なっている。

「目に見えないくらいの蕾を取ります」

どの蕾を取るのか、どの葉を取るのか、その僅かな差がイチゴの味に影響する。だからこそ細かなところまで気を配る。こうした作業のひとつひとつは、全てデータを駆使し、導き出したやり方で行われている。
誰にでもできることを誰にでもできないくらいやるというのが、スタッフ全員に共有されている。

「休みの日でもイチゴのことが気になってしまって、ハウスを見に行ってしまいます」

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販売先は高級店に絞っているからこそ、味を高める努力は惜しまない

イチゴの販売先は、国外有名パティスリーのシェフやミュシュラン二つ星、三つ星獲得店の料理人である。最初から高級店に絞って営業をしていったそうだ。そうすることで、味を高めることにもつながると考えたからだ。食べてもらえば良さを分かってもらえると、女峰を持参して営業をかけていったそうだ。最初、女峰をシェフに食べてもらったときは、懐かしいという声と共に「これって本当に女峰?」と、その味に驚かれたそうだ。それだけ「雫の里農園」の女峰は、香りが高く、味のバランスに優れていた。

2022年からは農園併設のショップで「いちご農家のジェラートGoccia(ゴッチャ)」をスタートさせた。ここでは通年、イチゴ農家ならではのいちごをふんだんに使ったジェラートをやパフェを販売し、持ち帰りだけでなく店内で農村風景を見ながら食べることができる。ジェラート作りも自社で行っている。夏場の農閑期には林さんも店頭に立つそうだ。農業、加工、販売が同じ場所で一体化しており、農閑期の雇用の確保にもなっている。

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ジェラートはイチゴそのものの味わいをダイレクトに楽しめるイチゴの含有量60%以上のプレミアムいちごを始め、いちごとミルクやいちごヨーグルトなど常時6種類から8種類がそろっており、スムージーやパフェもある。使用しているイチゴは全て自社で栽培された女峰で、過剰にできたときでもジェラート加工にすることでロスが生まれない。

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農園併設のショップで「いちご農家のジェラートGoccia(ゴッチャ)」

戸田さんは、農業の助けになるために、安価で資材などを販売する事業も開始した。どの農家ももうかる仕組みを作りたい、そのための事業拡大である。戸田さんは、日本の農業を良くしたいという思いかスタートした農業である。単に資材を販売しているのではなく、養蜂のプロ集団が育てるミツバチ受粉交配用のハチ、栽培スタッフが使用して良かった紫外線防止対策の防止など、農家が役立つものを販売している。

「シェフの信頼を裏切るようなことにならないためにも栽培に気を抜けません。私たちが目指しているのは世界一のイチゴを栽培することなんです」と林さんは目を輝かせながら言う。この思いは、スタッフ全員の思いでもある。

写真提供:雫の里農園

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