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利益率は脅威の35%超え。顧客の心をつかみ、絆を深める直接販売の極意

鈴木 雄人

ライター:

利益率は脅威の35%超え。顧客の心をつかみ、絆を深める直接販売の極意

就農から約20年の葛藤を経て確立したのは、市場出荷に依存しない独自の直販戦略と、驚異的な利益率35%を超える高収益モデル。土壌の微生物を活性化させる農法で品質を極限まで高め、顧客との絆を深めるユニークな販売戦略で、多くのファンを惹きつけています。武ちゃん農場がどのようにして、この成功を掴んだのか、同社代表の杉浦武昭(すぎうら・たけあき)さんにお話を伺いました。

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農業界では異例の利益率35%超えを実現

愛知県碧南市でトウモロコシと人参、玉ねぎを栽培している武ちゃん農場。栽培面積は、トウモロコシが約6ヘクタール、人参が約3.5ヘクタール、玉ねぎが約2.5ヘクタールの計12ヘクタール。中でも、同社の看板商品であるトウモロコシ「にっこりコーン」は、その名の通り、食べた人が思わず笑顔になるような甘さが特徴で、品種は「味来」と「サニーショコラ」となり、平均糖度は16度超え。「メロンより甘いトウモロコシ」と多くの顧客に支持されています。

同社の特徴の一つが、独自の販売戦略。トウモロコシの販売は、実に約9割が庭先取引やインターネット販売といった直販。市場出荷に頼らず、顧客と直接つながることで、生産者の顔が見える安心感と新鮮な作物の提供を両立しています。

一方で、人参や玉ねぎはトウモロコシのように「糖度」で明確な差別化が難しいため、市場への出荷割合が高くなります。しかし、それでも武ちゃん農場全体の利益率は37.5%という驚異的な数値を誇ります。これは農業界では極めて高い水準であり、高品質な作物と効率的な直販モデルが組み合わさることで実現したモデルといえるでしょう。

武ちゃん農場のにっこりコーン

幼い頃から農業を志す

武ちゃん農場は、120年以上の歴史を持っており、杉浦さんは6代目になります。農業に入るきっかけは、幼き頃に父親と話した「一緒に農業やって築90年になる家を新しくしたいね」と語った会話。中学生の頃には、父親と二人で農業をやりながらお金を稼いでいくことを決めていたといいます。

その言葉通り、高校卒業後は農業大学校に通い、20歳の時に親元で就農。当時は、幼馴染と全国ツアーを回るほど本気でバンド活動をしていたこともあり、平日は父親の手伝いをしながら、週末はライブ活動に励んでいました。

幼いころから就農を目指してきた杉浦さんですが、実際に農業の世界に入って強く感じたことがあります。「作った青果物は、自分とは関係ない他の人が価格や相場を決める」という構造への疑問でした。当時の武ちゃん農場は市場出荷をメインにしており、市況によっては良いものができたとしても、作れば作るほど赤字という年もあり、どうすればいいか常々考えてきたと話します。

この疑問こそが、その後の武ちゃん農場の直販戦略を築き上げる原点でもあったのです。

杉浦さんとお父さん

武ちゃん農場が取り組む直販

武ちゃん農場は現在、消費者と直接つながる直販に最も力を入れています。6年ほど前から始めたふるさと納税とECサイト「食べチョク」での販売が、同社の大きな転換期となりました。

特にふるさと納税での人気は目覚ましく、開始からわずか1年目で1,000件、4年目には8,000件にまで注文が殺到。ネット販売全体では、合計で14,000件もの注文があったといいます。

「注文が増えた要因は、ちょうどコロナ禍による巣ごもり需要が高まった時期と重なり、消費者が自宅で高品質な食材を求める傾向にあったことが挙げられます。農業界でいち早く、ふるさと納税の波に乗れたことも大きかったと思います」

杉浦さんは、その後の状況も冷静に分析していました。「今後、ふるさと納税の青果物の出品数が増えてライバルが多くなること、コロナが明ければ巣ごもり需要は終わり、外での販売が重要になることは分かっていました」

ネット販売の成功に確かな手応えを感じつつも、その後を見据えて当時から少しずつ庭先での販売も進めてきたといいます。

現在では、トウモロコシの約半分を庭先で直接販売。その一方で、ふるさと納税や食べチョクでは、初期段階から参入していた「先行者利益」もあり、多くの認知を獲得しています。食べチョクでは計1,000件近い口コミがあり、2位の生産者と比べても口コミ数で約3倍の差があります。口コミ数から選ばれることも少なくなく、2025年は予約段階ですでに1,000件ほどの注文が入っているそうです。それでも、数年前に比べると半分以下だといいます。

畑に実るにっこりコーン

武ちゃん農場の直販戦略

ここからは、武ちゃん農場の販売戦略について見ていきたいと思います。

コミュニケーションを重視

杉浦さんは、自身のビジネスを「全てが営業活動」と捉え、出会う全ての人とのつながりを大切にしています。例えば、食事に行った際にも積極的に自身の農場の野菜について語り、名刺を渡すなど、ただご飯を食べただけにならないよう、常にアンテナを張り巡らせているといいます。

また、ECサイトでの顧客とのコミュニケーションも重視しています。注文に対するメッセージのやり取りや、食べ方のアドバイス、そして感謝の気持ちを伝えることで、顧客との絆を深めています。「トウモロコシを作って、お客様に届き、コメントをもらい、そのコメントに私が返信するまでが武ちゃん農場の商品である」という哲学を持ち、顧客との対話を大切にしています。この密なコミュニケーションが、多くのリピーターや熱心なファンを生み出し、継続的な成長を支えています。

「工場見学」のような直売空間

武ちゃん農場の直売所は、収穫されたばかりのトウモロコシが選別される作業場のすぐ近くに配置されています。冷房の効いた涼しい空間で、作業の様子を間近に見ながら新鮮なトウモロコシを選べることは、顧客にとって特別な体験となります。これにより、商品の鮮度だけでなく、生産現場のリアルな雰囲気も伝えることができるといいます。

「不便さ」を逆手に取った顧客サービス

直売所の重い鉄製の扉は、顧客が両手いっぱいにトウモロコシを持っている場合に開けにくいという「不便さ」があります。しかし、あえてその不便さを残し、スタッフが積極的に扉を開けに行くことで、「親切な対応」として顧客に良い印象を与え、自然なコミュニケーションのきっかけにもなっています。これは、顧客の優しさに触れる機会となり、スタッフのやりがいにも繋がっているといいます。

心理を突くパッケージ戦略

武ちゃん農場では、3本入り、9本入り、そして10本入りの大袋の3種類のパッケージを用意しています。当初はバラ売りもしていましたが、効率的な販売と顧客の購買意欲を高めるため、袋詰めへと移行しました。特に、唯一の偶数である10本入りの大袋は、最も良い袋に入れていることや偶数で分けやすいといった理由も相まって、1番の主力商品として大きな売上を上げています。顧客が直感的に選びやすい商品設計が、購買行動を後押ししているといえます。

「SDGs」を活用した規格外品の販売

見た目やサイズが規格外のトウモロコシは、これまでは「訳あり品」として販売していましたが、近年注目されている「SDGs」のシールを貼って販売したところ、飛ぶように売れるようになったといいます。これは、顧客が「良いことをしている」という意識を持って商品を選ぶことで、購買意欲が高まるという心理を巧みに利用しているといえるのではないでしょうか。

直売所から見えるところで選果

庭先販売で利益率35%超えの秘密

次に、武ちゃん農場の利益率が高い要因について見ていきましょう。

壌結合同会社が推奨する農法で品質向上とコスト削減

武ちゃん農場が実践する「八百結び農法®」は、壌結合同会社が推奨する「土壌に存在する微生物を活性化して数を増やすことで、単に品質を向上させるだけでなく、農薬の使用量を削減する農法」です。実際、直接的なコスト削減にも貢献しており、一般的な減農薬栽培が5割削減であるのに対し、武ちゃん農場では約7割の農薬削減を実現しています。

しかし、農薬費が削減された分、土壌改良のための堆肥作りや微生物活性化にかかる手間や費用は増加しています。杉浦さん自身も「経費は前と今ではトントン」と語っており、これは将来的な土壌のポテンシャルを最大限に引き出し、より高品質な作物を持続的に生産するための「投資」と捉えられています。それでも、この農法によって作物の味や糖度が飛躍的に向上し、顧客満足度の向上と販売価格の上昇に繋がっていると手ごたえを語ってくれました。

販売単価の大幅な向上

利益率向上の最大の要因は、販売単価の大幅な引き上げです。かつて市場に出荷していた頃は、トウモロコシ1本あたり40円〜80円程度だったものが、現在では1本250円で取引されています。これは、品種の選定(「未来」や「サニーショコラ」など)、栽培技術の向上、そして何よりも「武ちゃん農場のトウモロコシ」というブランド価値を高めた結果です。高品質な作物を適正な価格で提供することで、収益性を飛躍的に高めています。

輸送費の削減と手間暇の効率化

庭先販売は市場や流通業者を介さないため、輸送費や中間マージンを大幅に削減できます。これは、利益率に直結する大きな要素です。また、顧客が直接農場に足を運んで購入するため、梱包や出荷作業にかかる手間暇も軽減されます。これにより、人件費を含めた全体的な運営コストを抑制し、収益性を向上させています。

徹底したブランド戦略と「無料提供の廃止」

武ちゃん農場は、ブランド価値を徹底的に守る戦略を取っています。その一つが、「無料提供の廃止」です。かつては、近隣住民などに作物を無料で提供することもありましたが、これにより「タダでもらえるもの」という認識が広まり、作物の価値が下がってしまう側面がありました。「それでは買ってくれたお客様に申し訳ない」という考えから、無償での提供は一切行わないことにしたと話します。

さらに、近隣の直売所やスーパーなどには一切出荷せず、「ここでしか買えない」というプレミア感を演出。もし他で販売するとしても、武ちゃん農場のこだわりを理解し、その価値をきちんと伝えてくれる場所や高速道路のサービスエリアなど、物理的に距離があり、競合が少ない場所に限定しているといいます。これにより、同社の作物の希少性と特別感を高め、高単価での販売を可能にしています。

オンラインショップとホームページの戦略的活用

武ちゃん農場は、直販戦略の一環としてオンラインショップとホームページを積極的に活用しています。月額3万円程度の費用をかけて運用を外部委託しており、ホームページは単なる情報発信の場としてだけでなく、取材の依頼やネット販売の入口としても機能しているといいます。

杉浦さんは、ホームページを「家の玄関」に例え、最初にしっかりと作り込むことの重要性を強調。これにより、顧客との接点を増やし、ブランドイメージを向上させることに成功しているといいます。

お話を聞かせてくださる杉浦さん

これらの取り組みの積み重ねが、武ちゃん農場の高い利益率を支えています。杉浦さんは「50円、100円といった小さな積み重ねが利益率を上げるコツ」と語っており、一つひとつの改善が全体の収益に大きく貢献していることを示しています。就農から約20年間、市場との葛藤を経験し、ようやく近年になって黒字化を果たしたと語る杉浦さん。その地道な努力が、現在の成功へと繋がっているといえるでしょう。

取材協力

武ちゃん農場

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