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技術と情熱で挑む、水耕栽培の未来──地域とともに育てる葉物野菜

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ライター:

技術と情熱で挑む、水耕栽培の未来──地域とともに育てる葉物野菜

高野山のお膝元である和歌山県橋本市に本社を構える株式会社Agrisus(アグリサス)は、水耕栽培・無農薬でミネラル豊富な葉物野菜「優菜(ゆうさい)」の生産・販売を行っています。同社は清掃業で培った水処理技術を生かし、乳酸菌とミネラルを独自配合した循環型栽培システムを構築。10年以上にわたる試行錯誤を経て、現在では安定的に月間1万8000株を出荷するまでに成長しました。同社代表取締役の尾上文啓(おのうえ・ふみひろ)さんに、水耕栽培を始めた経緯や今後の抱負について話を聞きました。

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自信のある水の知識を、農業へ

尾上文啓さん

株式会社Agrisus代表取締役の尾上文啓さん

株式会社Agrisusの代表取締役の尾上さんは、和歌山県で清掃・ハウスクリーニングを行う株式会社OBM(オービーエム)の代表取締役でもあります。2025年現在、株式会社OBMは介護福祉用品や清掃用具などのレンタル・販売、害虫駆除など多岐にわたる事業を展開しています。創業時のメイン事業は、清掃業。尾上さんの父親が清掃業の会社を経営していたため、ノウハウや技術を教えてもらってから独立しました。

「清掃業だけではこれからの時代に生き残っていけない」と感じた尾上さんは、清掃先の顧客に困りごと・要望などをヒアリングし、実践できることを次々に取り入れていきました。

「介護用品のレンタルをしてほしいと言われれば、すぐにやり方を調べて、実際に事業をしている人に話を聞きに行って。お客様からの要望に応える形で、事業内容を増やしていきました」と尾上さん。現在はアルバイト・パートを含め120人の従業員を抱えるほどに会社は成長しました。

メイン事業である清掃業では、一般家庭の水回りはもちろん、飲食店のグリストラップ(排水から油脂を分離する装置)の点検・清掃も行っています。よりグリストラップを効率的に、効果的に奇麗にする方法を探していたときに出会ったのが、ナノバブルと微生物でした。「どの微生物を使うと、どのような反応が起こるのか日々研究しましたね。いかに奇麗な循環を作れるかどうかの模索を続けました」(尾上さん)

ナノバブルと微生物の配合に可能性を感じ、その技術をさらに別の分野に応用したいと考えていた尾上さんは、2013年に、水耕栽培装置を販売している事業者と出会いました。養液に乳酸菌を入れることで、乳酸菌入りの葉物野菜が作れると聞き興味を持ったと言います。「清掃業で培ってきた水中の微生物の知識・技術を生かせば、良い農作物を作れるのではと思ったんです。清掃や害虫駆除、清掃用具の販売だけでは自社独自の色を出しにくいですが、水耕栽培をしているとなれば珍しがられますし、印象に残りやすいですよね。さらに、和歌山県内では年々耕作放棄地が増えていることに危機感を覚えていたので、地域貢献にもなると思い、農業分野に参入することにしました」

安定生産の秘訣(ひけつ)は、乳酸菌の掛け合わせ

葉物野菜を育てている

ハウス内では薄膜水耕で葉物野菜を育てている

尾上さんはすぐに農地を購入し、ビニールハウスを建設。乳酸菌入りの葉物野菜の栽培を開始し、2014年に株式会社三ツ星ファーム(現株式会社Agisus)を設立しました。ハウス内には養液を循環させるシステムを4基設置し、同時に複数の条件で研究できる体制を完備。栽培手法は水耕栽培の中でも必要な養液の少ない薄膜水耕を採用し、ほとんど廃液の出ないシステムを構築しました。

日本全国を飛び回り、いろいろな乳酸菌やミネラル成分を入手、研究・栽培を繰り返すも失敗の連続だったと尾上さんは言います。「乳酸菌の専門家がいると聞けば、日本のどこへでも足を運びましたね。たくさんの方にアドバイスをもらいながら、いろいろな種類の乳酸菌を購入してはブレンドして。ところが、なかなかうまくいかなかったんです。ハウス設立当初は月に1000株ほどの葉物野菜を生産していましたが、水質の影響や温度管理の失敗ですべての株が枯れたこともありました。連作障害も多かったですね」

液肥を配合する様子

乳酸菌やミネラルの配合を行う様子

それでも尾上さんは諦めずに試行錯誤を繰り返し、2020年頃にようやく乳酸菌とミネラルの独自配合による今の栽培方法を確立。さらに改良を重ね、研究開始から13年がたった現在は、化学肥料をほとんど使わずに安定して葉物野菜を生産することに成功しています。その秘訣は、数百種類いるといわれている乳酸菌の中から、相性のいい株を見つけたことでした。

「相性のいい乳酸菌どうしを混ぜ合わせて育てると、お互いに補完しあうようで、養液が葉物野菜の栽培に適した状態に保たれるんです。最近では連作障害が起きることもなくなり、月に1万8000株前後を安定して出荷できています。チップバーン(葉先が枯れる生理障害)が起きることもほとんどありません。とはいえ、まだまだ品質を向上できると思っているので、いまだに実験を繰り返し、アップデートし続けています」(尾上さん)

地元への愛が、評判を生む

柔らかい葉物野菜

しっかりとした歯応えがありながら柔らかい葉物野菜

現在栽培・販売している「優菜」は、ロメインレタス、グリーンレタス、ルビーレタス、グリーンオークレタスの4種類。「化学肥料をほとんど使用していないため、窒素分が少なくえぐみがほとんどないと評判です。一般的な葉物野菜と比べると抗酸化物質も多く、もちろん乳酸菌も含まれています」と尾上さん。

これらは地元スーパーや飲食店などで使われているほか、学校や老人ホームの給食用としても利用されています。「栄養価の高い野菜を提供することで、地元の方たちの健康づくりにも貢献できていると思う」と尾上さんはうれしそうに語ります。

どのように販路を開拓していったのかと尋ねると「はじめのうちは、清掃や害虫駆除のお客様に売り込んだり、地元で関わりのある方たちに買ってもらうようお願いしました。清掃のついでに、レタスもいかがですか?と聞くと、お客様は驚いて興味を持ってくれるんです。営業の際の会話のネタにもなりますし、事業が複数あるおかげで相乗効果を得られています」と教えてくれました。「尾上さんの頼みなら」と葉物野菜を購入して食べてくれた人たちは、そのおいしさに驚き、評判は口コミで広まっていったといいます。

日本や世界の農業のため、新しい挑戦を続ける

栽培管理をする尾上さん

栽培管理をする尾上さん

こうした尾上さんの挑戦は、少しずつ地域内外で話題になり、農業の可能性を模索していた一人の人物の目にも留まりました。それが、現在同社の取締役を務める江川且起(えかわ・かつき)さんです。「当時から、農業のあり方をITで変えたいと考えていました。けれど、技術だけで変革は起こせません。現場で挑戦している人と一緒に取り組みたかったのです」と江川さん。江川さんは、オリジナリティーのある取り組みをしている生産者を探していた中で、尾上さんの栽培手法と熱意に共鳴。2021年に初めて連絡を取り、自分の農業へのビジョンを語ったと言います。

「今までの農業では、農家さんは農産物が余った場合、近所に配ったり自宅で食べるくらいしか選択肢がありませんでした。しかし、その農作物を本当に必要としている人は日本のどこかには必ずいるはずです。今あるIT技術を使えば、両者のマッチングを行い、困っている人のところに適切に農作物が届く仕組みが作れると思っています。生産者と消費者、お互いが助け合えるような仕組みを作りたいのです。一緒にそんな世界を作ってもらえないかと尾上さんにお願いしました」

活力剤

同社が販売している活力剤

江川さんの話を聞くうちに、尾上さんもその考えに賛同。例えば、健康管理機能付きリング型ウェアラブルデバイスを導入し、作業者の体調管理を自動で行うなど、生産現場にIT技術を積極的に取り入れるようになりました。「尾上さんの技術は、世界に貢献できると思います」と江川さんは熱を込めて説明し、アメリカ進出も視野に入れていると教えてくれました。

さらに同社は、乳酸菌を独自に配合した液体肥料も販売。「当社の液体肥料を使うと、生ゴミなどから堆肥(たいひ)が作れます。最近は、化学肥料が高騰していますし、今ある資源を有効に使う方法を考えたほうが良いと思うんです。地域で出たゴミを活用すれば、資源の循環が生まれますし、微生物が増えて土も元気になります」と尾上さん。さらに、地域の耕作放棄地の減少に貢献するため、ホップ作りも手がけ、高野山ブランドのビール「天空高野」の生産・販売も行っています。

最後に尾上さんに今後の抱負を聞くと「清掃や害虫駆除の業務は、今を作る・助けるイメージです。一方、農業は日本や世界をより良くするという視点で取り組んでいます。農業のイメージはいまだ良くありませんが、それを改善し、農家さんが報われる世の中を作りたいと思っています」と笑顔で締めくくりました。

地域貢献したいという思いから農業に参画し、実証研究を重ね、高品質なレタス生産に成功した株式会社Agrisus。和歌山県内で実績を積むうち評判となり、事業に大きな変革が起きました。どこまでも探求する熱意と、地元への愛がより良い農作物を作るのだと勉強になりました。

【取材協力・画像提供】株式会社Agrisus

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