都心の百貨店で売り場を運営
越後ファームは設立が2006年。都内の不動産会社に勤めていた近正宏光(こんしょう・ひろみつ)さんが新規事業として立ち上げ、7年前に法人ごと独立して近正さんが経営を続けている。
特筆すべきは、日本橋三越本店と伊勢丹新宿店、西武池袋本店(現在は改装中)の3カ所でコメ売り場を運営している点だ。日本を代表する百貨店で売り場を構える農業法人は稀有(けう)な例と言える。
販売しているのは、自社のコメや各地の腕のいい稲作農家のコメ。値段は2キロ当たりで3000円程度で、5000円のものもある。価格競争とは距離を置き、品質が評価されて以前から高い値段で販売している。

日本橋三越本店のコメ売り場
中山間地の田んぼを守る
三越のショップの売り上げが2013年のオープンから一貫して増えているなど、消費者の目が厳しい百貨店にあって健闘し続けている。それでも課題はある。仕入れ先の農家で後継者が不足しているのだ。
越後ファームの仕入れ価格は、一般の流通ルートと比べると高値で安定している。買い取りなので、農家が在庫リスクを抱える必要もない。
それでも後継ぎの確保が難しいのは、仕入れ先の多くが中山間地の農家だからだ。昼夜の寒暖差が大きいのでおいしいコメをつくるのには適しているが、生産効率の向上や農地の集約は平地と比べて難しい。

近正さんは中山間地の田んぼで農業を始めた(2017年撮影)
そこで越後ファームが始めたのが、仕入れ先の農家の後継者の募集だ。農家のもとで一定期間働いて技術を身につけたうえで、両者の考えが一致したら農場を引き継ぐことを想定している。
稲作は田植え機やコンバイン、乾燥調整施設などの投資負担が大きいことが新規参入のネックになっている。後継者になってもらうことでそのハードルを下げ、生産したコメは越後ファームが買い入れる。
新規希望者の受け入れは、越後ファームの農場でも実施する。高齢農家の引退で、周辺の農地が荒れるのを防ぐためだ。農作業のない冬場は、同社のコメの保管・出荷施設で働けるようにすることも考えている。
近正さんは「おいしいコメをつくるために頑張ってきた農家と彼らの田んぼを守りたい」と話す。新たに掲げた越後ファームのミッションだ。
スマート農業の技術を導入
担い手の募集と関連して、近正さんがこれから取り入れようと考えていることがある。新しい技術を駆使するスマート農業だ。
もともと近正さんはスマート農業と距離を置いていた。作業を効率化して価格競争力をつけるためのもので、おいしいコメづくりとは関係のない技術だと思っていたからだ。
ところが年々深刻になる猛暑を受け、考えが変わった。散布機を背負って田んぼに入り、農薬や肥料をまくのはもう限界だからだ。そこで2026年には越後ファームでドローンを導入することを計画している。
目的は猛暑対策だけではない。省力化の技術を取り入れることで、若い担い手が働きやすい環境を整えたいと考えているのだ。近正さんは「今後は新しい働き方を模索する必要がある」と話す。
農薬や肥料の散布にドローンを使うことで、育苗や水の管理などより重要な作業に集中し、技術を磨く効果も期待できる。作業負担の軽減と品質の維持が両立できるなら、新しい技術を積極的に導入すべきだろう。

ドローンの導入を計画している(写真はイメージ)
おいしさのわけを伝える努力
最後に、なぜ越後ファームが高値でコメを販売し続けることができるのかにも触れておこう。
近正さんが各地を回り、腕のいい農家を探しているのはその前提。加えて彼らに売り場に来てもらい、顧客と接するよう勧めている。
百貨店の顧客の多くは舌が肥えていて、「去年より味が落ちたね」とオブラートに包まず話す人がいる。耳の痛い言葉だが、生産者にとっては消費者の直言が技術を追求するモチベーションにもなる。
こうしたやりとりは、売り場のスタッフにとっても大きな刺激になる。消費者との会話の中で、農家がふと食味を高める独自の工夫を話すことがある。それはスタッフがコメを売る際の参考にもなる。
越後ファームが販売力を維持するために努めていることの一端だ。品質の高いコメをつくったり、仕入れたりするだけでなく、おいしさのわけを買い手に伝えるノウハウを高めることも大切なのだ。
「農業は厳しい世界なので、飛び込んだことを後悔することもある。でもやりがいと使命感は会社員のときより大きい」。近正さんはそう話す。担い手の確保を新たな課題に加え、稲作を守る役割を担い続けている。

「やりがいと使命感がある」と話す


















