「上農は草を見ずして草を取る」──勤労美徳の原点にある教訓

農村で古くから語り継がれる言葉に、「上農は草を見ずして草を取り、中農は草を見て草を取り、下農は草を見て草を取らず」があります。もともとは中国・明の馬一龍が著した『農説』の言葉であり、日本でも宮崎安貞の『農業全書』に登場しています。当初は雑草の発生前に中耕除草を行うべきという技術論だったと思われますが、やがて「労を惜しまず刈る」という精神論へと昇華され、日本農村に浸透していきました。
なぜそこまで草刈りにこだわるのか
昭和初期まで、農民の労働時間の大部分は草取りに費やされていました。農林水産省によると、水稲の除草時間は昭和30年代には10aあたり25時間以上、現在の約15倍です。

夏の熱い日差しの下、農民たちは膨大な時間を草取りに費やしてきました。哲学者・和辻哲郎も「日本の農業労働の核心をなすものは『草取り』である」と著書「風土」で表現しています。それほどに、雑草は農民が戦い続けてきた存在であり、草刈りは農業の原点といえるでしょう。農薬や機械と言った便利道具が登場したのは戦後というごく最近の話で、私たちにはDNAの深いレベルで草刈りの重要性が刻み込まれているのかもしれません。
草刈りは「自己管理力」の見える化ツール
栽培には技術が必要ですが、草刈りは誰でもできる。だからこそ、これを怠ってしまうと「手が回っていない」「畑を持て余している」と思われ、心象を損ねることにつながります。「草刈りをしない=自己管理ができない=信用できない」という三段論法が今なお機能している農村は意外と少なくないのです。
しかも農地には境界がなく、隣接地と畔を挟んで接しています。草刈りを怠ることは、隣人の畑にも病害虫や日照の阻害などの迷惑をかけてしまうことにもつながります。「ふるさとの景観」というかけがえのない財産を乱す行為に、心穏やかでいられない人もいます。
「誰も言わない」からこそ危険
仮に草刈りを怠ったとしても、誰かが直接文句を言うことはまずありません。でも、地域の人々は畑のすみまで見ています。そして長く雑草を放置していると「この人はもうつまらん」と評価が下がり、回ってくる情報やあいさつの言葉がじわじわと減っていくのです。

ある友人は、知らない誰かが草刈りしてくれると言って喜んでいましたが、翌年には畑を借りられなくなりました。口では言わないけれど、草刈りは地域との信頼のバロメーター。意外と怖いのです。もちろん地域や住民によって、このあたりの処遇は大きく異なるでしょう。それでも、こんな例もあると覚えておいてもいいのではないでしょうか。
実際、雑草があると何が問題なのか
雑草は生育旺盛なため、作物から光や養水分を奪って収穫量を減少させます。さらに日当たりや風通しの悪い雑草地帯は、病害虫にとっては心地よい住処や越冬場所にもなります。そして雑草を一斉に刈ると、害虫たちは慌てて近くの畑へ引っ越します。
そう、あなたの畑にも他人の畑にも。害虫は自力で飛ぶだけでなく、風によってかなり広範囲に拡散していくのでその影響は予想以上です。雑草による実害は、農水省がIPM(Integrated Pest Management、直訳:総合的病害虫管理)のことを「総合的病害虫・雑草管理」とわざわざ独自に雑草を含めて表現していることからもうかがえます。
「草刈りしない主義」を貫く前に考えてほしいこと
ここまで読んでも、「地域から孤立したとしても、草は刈らないぞ!」などと意志を固める人がいるかもしれません。でも、その農地を借りるまでに何人もの人にお世話になってはいませんか。草刈りをしないことは土地を貸してくれた人、就農に協力してくれた人たちの顔に泥を塗るような行為と捉えられることもあります。年代や地域によって差はありますが、厳しい見方が残っている場合もあるので気をつけましょう。一方、信頼関係ができたあとなら、草刈りしていないことで「体調が悪いのかな?」「なにか困ってるのかな?」と心配されることも。それもまた、農村の人情です。
実践!正しい草刈り。草は「刈る」が基本

都会育ちだと「草は抜くもの」と思っているかもしれませんが、農家は「草は刈るもの」と考えます。最も使われるのは刈払い機。安全ゴーグルは必須です!石に当たれば飛び散って失明する恐れもあるので大変危険です。刈払い機は一度に刈れる範囲が限られるので何度も棒を振りながら少しずつ進む極めて地道な作業です。肩も腰も疲労が溜まります。広い農地ならば乗用タイプやハンマーモアだと刈る速度も速くて重宝します。最近はルンバのような草刈りロボも登場しています。
除草剤という合理的選択肢
草を刈らずに枯らすのも一つの手です。ラウンドアップや、少しお手頃価格のジェネリック農薬であるコンパカレールといった除草剤は、雑草防除の省力化に役立ちます。畑に除草剤はまきたくないと思う人も、害獣よけの柵周りや畑の外周では作物にかかる心配も少なく、作業負担を大きく軽減できるでしょう。ただし薬剤の効きにくい雑草もあるのでその点は注意です。
「草と向き合う」ことは「畑と向き合う」こと
何年か農業を続けていると、よその畑の草の様子を見ただけで「いつごろ刈ったか」が何となくわかるようになります。草の状態や種類から、畑の管理状況や作業への姿勢まで見えてしまう。草刈りはそれほど農業において大切な要素なのです。そしてその姿勢はやがて、地域の信頼につながっていきます。草刈りを通じて、地域に溶け込み、農業を楽しむ第一歩を踏み出しましょう。






















