着物姿でニューヨークで販売
まずは印象的な1枚の写真からご覧いただこう。
写っているのは、ニューヨークで2025年6月末から7月初めに開かれた食品展示会の様子。「薫の塩麹(しおこうじ)にんにく」をはじめ、ニンニクを原料にしたさまざまな加工品がテーブルの上に並んでいる。
その横に立ち、カラフルな着物姿で商品を紹介している女性が横山さんだ。会場でひときわ人目を引いたこの衣装は、ダウンタウンの2人によるコミックバンド「GEISHA GIRLS」をイメージしたものだという。
「英語はあまりできないので、米国人のハートをゲットするにはどうしたらいいかを考えに考えた」。横山さんはそう話す。この衣装で初めて現地で店頭に立ったのは2024年秋。「めちゃめちゃ売れた」という。
ニンニクを育て始めてから約10年。その加工品は伊勢丹の浦和店(さいたま市)や新宿店(東京都新宿区)、羽田空港で売られている。海外に輸出もしている。なぜそれが可能になったのか。歩みを振り返ってみよう。

ニューヨークで展示会に参加した横山さん
農業女子プロジェクトで販路開拓
鹿児島市にある実家に10年ほど前に帰ったとき、農家をしている叔父が黒ニンニクを食べさせてくれた。叔父によると「道の駅でたくさん売れている」。この一言が、横山さんが農業を始めるきっかけになった。
父親も趣味で野菜を育てていて、その中にニンニクもあった。横山さんは試しに実家のキッチンで加熱して黒ニンニクに加工し、東京に戻って知人に配ってみた。反応は上々で、評判が口コミで広まっていった。
「売ってみよう」。そう決意して、直ちに行動に移した。父親と本格的にニンニク栽培を始める傍ら、加工と販売の準備に着手。保健所から食品加工の営業許可を取り、バーコードに必要なJANコードを取得した。

伊勢丹浦和店に並んだ横山さんの商品
販売を始めたのは2016年。農林水産省が旗を振る農業女子プロジェクトに参加し、東京都世田谷区の二子玉川で開かれたマルシェに出店した。ところが結果は期待外れ。黒ニンニクが思うように売れなかったのだ。
だがそれで諦める横山さんではない。近くのブースで梅酒や梅干しが盛んに売れているのを見て、「バリエーションを増やそう」と決める。
梅農家に助言を求めると、「ニンニクでバーニャカウダを作ってみたら」と勧められた。当時住んでいた都内の家に来てもらい、作り方を教えてもらった。保健所から許可を取り、都内の自宅でも加工できるようにした。
人の意見にしっかりと耳を傾けて、ニーズがどこにあるかを観察し、品ぞろえに取り入れる。それが横山さんの一貫したやり方になった。
農業女子プロジェクトの企画で2017年に香港に行き、現地の女性と知り合った。後日、彼女は日本を訪ね、塩こうじを「爆買い」していった。ちょうど塩こうじがブームになっていたときだった。これをきっかけに開発してみたのが、主力商品に育った「薫の塩麹にんにく」だった。

主力の「薫の塩麹にんにく」
顧客のニーズをつかむ
商品開発と販売の努力が実を結び、販路は徐々に広がっていった。日本の商社を通して、米国への輸出も始まった。ニューヨークを度々訪ねたことで、小売店などを販路に持つ現地の流通業者とつながることもできた。


















