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小川健一さん 岡山県農林水産総合センター 生物科学研究所 細胞工学研究部門 植物レドックス制御研究グループ |
酸化型グルタチオンとは?

酸化型グルタチオン(GSSG)とは、「グルタチオン」という物質が酸化された状態の形です。グルタチオンは動物や植物の細胞内に通常、「還元型(GSH)」として存在し、酸化ストレスを受けることで「酸化型(GSSG)」に変化します。この変化が作物の成長やストレス耐性に重要な役割を果たしています。
例えば、強い日差しや乾燥、害虫などの酸化ストレスを受けた際、グルタチオンが酸化型に切り替わることで、有害な酸化ダメージから植物は守られます。
そして、「酸化型グルタチオンを植物に与えると、成長の促進や品質の向上に効果をもたらす」ということに目をつけた第一人者が、岡山県農林水産総合センターに勤める小川健一さんです。

出典:岡山県農林水産総合センター 生物科学研究所
活性酸素の研究で気付いた発見
小川さんは大学時代、活性酸素の研究をしていました。活性酸素は一般的には「毒」として認識されていますが、小川さんは博士論文の時点で、「活性酸素は毒であると同時に、成長を調節する物質でもある」という二面性を突き止めていました。
そして当時、活性酸素の解毒はビタミンCが担い、その働きをグルタチオンが助けるというサイクル(グルタチオン-アスコルビン酸回路)が知られていたのですが、この仕組みに対し小川さんの恩師である浅田浩二先生が疑問を投げかけました。
「活性酸素の解毒のためだけにしては、グルタチオンは体内にあまりにも多すぎる」と。そして、小川さんの発見に触れ、「君が活性酸素に見出したようなポジティブな機能が、グルタチオンにも隠されている可能性がある」と、浅田先生は続けました。
世界の第一人者からお墨付きを得たこと、そしてグルタチオンに秘められた未知の役割への確信。それが、小川さんがグルタチオンの研究へと舵を切る決定的な要因となったのです。
グルタチオンの働きを解き明かす
研究はまず、「グルタチオンが植物に何をもたらすのか」という根源的なメカニズムの解明から始まりました。特殊なカメラで二酸化炭素の吸収を可視化すると、グルタチオンを与えた葉の光合成が劇的に向上する様子を捉えることに成功。さらに、葉の一部に与えるだけで植物全体に効果が広がる作用も突き止めました。

出典:科学技術振興機構:JSTnews2013-8月号
そこから研究は実験室を飛び出し、その舞台は世界へと広がります。オーストラリアやブラジルでは生育促進効果が確認され、そのポテンシャルの高さが示されました。
そして、より決定的な証拠となったのが、北海道や四国、岐阜など、国内の厳しい環境下で行われた植林試験でした。そこでは、グルタチオンが植物の生存率(活着率)を高めることが明確に実証されたのです。
これらの研究から明らかになったのは、グルタチオンが単なる栄養素ではなく、植物が本来持つポテンシャルを最大限に引き出す「司令塔」のような役割を担っているという事実でした。
光合成を促し、肥料の吸収を高め、環境ストレスへの防御体制を整える。それは、植物の遺伝子レベルまで作用する働きだったのです。
これにより全ての植物の成長に作用する「酸化型グルタチオン」が、バイオスティミュラント資材として誕生しました。
農家が知りたい酸化型グルタチオンの具体的な効果
次はその酸化型グルタチオンが作物にもたらす具体的な効果についてお伝えします。

収量と品質の向上
酸化型グルタチオンが作物にもたらす効果としてまず期待できることは、収量と品質の向上です。
作物の生育過程で酸化型グルタチオンを与えるとバイオマス(再生可能な、生物由来の有機性資源)が増加。それにより病気にかかりにくくなり、結果として収量や品質が向上します。与えるタイミングや方法によっては、食味や糖度を高める働きも期待できます。
環境ストレスへの耐性強化
酸化型グルタチオンを与えられた作物は乾燥に強くなり活着(かっちゃく)率が向上するので、条件の悪い圃場(ほじょう)や天候の変化にも耐えうる生産体制を築くことができます。
減肥効果
酸化型グルタチオンは、減肥効果も期待できます。肥料成分の吸収を高める働きがあることから、「元肥を半分から1/4に減らすことも可能である」と小川さんは言います。
ハウス栽培でのコスト削減
燃料を用いるハウス栽培では、育苗期に酸化型グルタチオンを与えると、低温処理など時間を要する工程が短縮され、燃料費を節約できます。
酸化型グルタチオンの効果を引き出す使い方
酸化型グルタチオンは、作物に「いつ」「どのように」与えるかが重要だと小川さんは言います。
生産者によって栽培方法や生産する目的、環境などが異なるため、施用するタイミングや方法を一概に明示することは難しいそう。
そのため、作物にどのような効果を期待するかによって、施用するタイミングを見計らう必要があります。
例えば、追肥するタイミングで根元に酸化型グルタチオンを与えると、成長が早まり、窒素などの養分吸収を高めながら、病気や環境の変化に耐性を持つ植物へと育てられます。
一方、作物が生殖成長に働きかけるタイミングに葉面散布すれば、光合成の促進や糖度の向上、着果促進などが期待できます。
育苗期から生育初期、中期にかけて施用することが理想的ですが、育苗期に与えるだけでも恩恵は十分に受けられます。
以下のグラフは、苗木に酸化型グルタチオンを用いた実験の生残率を記したものです。

出典:令和4年度・成長に優れた苗木を活用した施業モデルの開発
上記のグラフからは、育苗時に酸化型グルタチオンを施用したグループの生残率が高いことが分かります。
育苗期だけなら低コストで始められる上、その後の生育にも良い影響が期待できます。
またホクレン農業協同組合連合会では2022年から酸化型グルタチオンの資材を導入し、ジャガイモや玉ねぎ、キャベツなどさまざまな品目で実証しながら、普及に取り組んでいます。
「もちろん与える品種によっても効果の差はあるが、酸化型グルタチオンが植物に効くことは間違いない」と、小川さんは断言しています。
酸化型グルタチオンの導入は経営目線が重要

酸化型グルタチオンを導入する際にもう1つ重要なことが、経営的な視点です。
ただやみくもに与えればいいという資材ではなく、対費用効果などをシミュレーションすることが欠かせません。
例えば、植物体を強くして天候に左右されない栽培環境を築くか、もしくは作物の品質や味を高めて付加価値を高めるか ──。
初めて使用する場合は効果を確かめられるように、小規模から試してみるのが賢明でしょう。
導入コストに対して、自身の経営にプラスになるかを試算することは重要になります。
酸化型グルタチオンは、これまでの肥料にとって変わるポテンシャルを持つバイオスティミュラントです。健気な植物体として育てられることから、収穫物の品質や食味にもプラスに働きます。そして酸化型グルタチオンの特性を理解し、適切に活用することで、より持続可能な農業の実現につながる可能性も高められるでしょう。
農業分野での事例は今後の研究や普及によって、さらに広がることが期待されます。




















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