農協組合長で増産に取り組んだ経歴
小田嶋さんは1964年生まれ。2020年まで6年間、JA秋田ふるさとの組合長を務めた。当時のJAグループでは例外的に主食米の増産を推進するなど、改革派の組合長としてその存在が広く知られた。
組合長をやめた後は一農家の立場に戻り、現在は7ヘクタールでコメを、0.5ヘクタールで葉タバコを栽培している。秋田県立大学の客員研究員として、コメの価格形成や流通についても調べている。
今回の取材のテーマはコメの増産。かつて現場で需要開拓と増産に取り組み、いまも研究テーマとして向き合っているからだ。
長引く米価高騰による混乱を受け、農林水産省はコメ政策を抜本的に改めて、主食米の増産へとかじを切ろうとしている。そのための施策として掲げているのが、農地の集約・大区画化や耕作放棄地の活用などだ。
増産はそれで軌道に乗り、コメ不足を防げるのだろうか。

JA秋田ふるさとの組合長だったころの小田嶋さん
規模拡大で栽培が粗放化
小田嶋さんは規模拡大による増産について、2つの課題を指摘する。「単収が1俵(60キロ)でも減ったら死活問題になるという感覚が乏しくて、ただ面積を増やすことで満足していないだろうか」と語る。
農業法人の中には面積を増やすことを優先するあまり、収量の確保が後回しになっている例も少なくないと小田嶋さんは見ている。そのままではいずれ経営が行き詰まり、農地の荒廃を招くと懸念する。
反対に、模範例として挙げるのが大潟村。苗が流されたら補植するなど丁寧な栽培管理で収量の確保に努めているという。
筆者の取材から補足すれば、高齢農家の引退で農地が急に増えた結果、手が回りにくくなっている例もあるように思う。故意に手を抜いているわけではないが、以前と同レベルの管理が難しくなっている。
それでも何人かの経営者は、規模拡大で直面するさまざまな壁を自らの創意工夫で突破して、周囲を上回る収量を実現している。だが現時点でそれは例外的なケースであり、できて当然と楽観できる状況にはない。

緻密な栽培に取り組む大潟村
この点に関し、小田嶋さんは「農地の集約による規模拡大が、技術の進歩より先に進んでしまっている」と話す。これが2つ目の指摘だ。
「増産は1年でできる簡単な課題ではない。構造問題を把握し、どんな技術が必要かを考えるべきだ」と語る。スマート農業ならうまくいくといった話ではなく、水管理を含めて根本から検討する必要があるという。
こうした技術の開発や普及はこれまで、農村の共同体が人材の育成を通して担ってきた。農村人口の急減により、共同体に期待するのは難しくなった。そこにこそ、今後の行政の役割があると小田嶋さんは指摘する。
営農の喜びを農政の基礎に
一連の混乱を見ていて筆者が感じるのは、一見わかりやすい解決策にともすると飛びつきやすい傾向だ。大規模化が増産につながるといくつかのメディアが短絡的に報じるのを見たとき、そのことを強く感じた。
スマート農業をはじめとして、新しい技術を取り入れれば問題を解決できると考えるのも同様の発想。新技術を積極的に試してみるのは当然だが、収量を損なうことのないように丁寧に検証を重ねる必要がある。
少し視点を変えてみよう。小田嶋さんは昨今話題になっている食料問題について「国民が困るから、地方に住んでいる人が農業を頑張って下さいと言われても、こっちにしてみれば大きなお世話」と話す。

「農業は自分の生き方の問題」と語る
日本の食料問題がどうでもいいと言いたいわけではない。だがもっと重要なのは「農業をやるのは自分の生き方の問題」という自負。補助金を否定はしないが、何をどう作るべきかを誘導されるのは嫌ってきた。
では農業をやる意味はどこにあるのか。「ぼろもうけはできなくても、家族でちゃんと生活していける経営ができたとき、農業をやっきてよかったと思った」と振り返る。それを支えたのが「作物と向き合う喜び」だ。
ここに問題の根幹があるように思う。米価の下落を防ぐためとはいえ、コメの生産を減らし続ける政策が、生産者のモチベーションを高めることにつながってきたとは思えない。いまはそれを改めるべき転機にある。
国民をコメ不足から救うため、増産に向けた議論はこれから本格化する。課題を細かく点検するのはもちろん必要。だが生産を現場で支える農家の誇りに寄り添うこと抜きにして、増産は軌道に乗らないと思う。


















