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俳優・山本一賢 映画をきっかけに畑を耕す二拠点生活へ 新潟で見つけた生きがいとは

俳優・山本一賢 映画をきっかけに畑を耕す二拠点生活へ 新潟で見つけた生きがいとは

映画『火の華』で主演を務めた俳優・山本一賢さん。
作品の舞台となった新潟で花火師の修業を重ねるうちに、土地の豊かさと人の温かさに魅了され、現在は東京と新潟の二拠点生活を送りながら畑を耕しています。
「自分が食べるものを自分で作りたい」と始めた農ある暮らしは、やがて心を整える時間となり、次の夢――“農を通して人をつなぐ場づくり”へと広がっていきました。
俳優として、そして一人の人間として「土に触れる意味」を聞きました。

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役作りのために1年半にわたって花火師と自衛隊について学んだ

――映画『火の華』は企画段階から関わられたそうですね。

山本:小島央大監督とは僕が俳優デビューした映画『JOINT』(21)からのご縁で、次も何かやろうかという話をしていた時に、「大好きな花火を映画にしたい」というアイデアが小島監督から出てきたんです。そこから二人で脚本を書き始めて、最初は浅草を舞台にヤクザが花火をやるみたいな話だったんです。僕が新潟の花火師の方につなげてもらって、そこから大きく今の形に変わっていきました。

――山本さん演じる島田は、かつて南スーダンに派遣された自衛官で、銃撃戦に巻き込まれて少年兵を射殺。そのせいでPTSDを発症する中、帰国後は新潟で花火師の修業をします。山本さん自身も役作りのために、花火について学んだそうですね。

山本:紹介していただいた小千谷煙火(長岡花火ほか世界規模で活躍する花火会社)の方に弟子入りさせてもらって、クランクインする前に、ロケハンも含めて新潟に2、3ヶ月くらい通いました。いろんな工程があって、紙を貼る人、火薬を作る人、詰める人など、部門に分かれていて、それぞれの工程を何周か回って覚えていきました。一通りの工程ができるようになったんですが、島田は新人の花火師なので、上手くなってはダメなんですよね。正直、今までの修業は何だったんだという疑問もありましたが(笑)。全く知らないふりをしながら演じていました。

――自衛隊の訓練もされたんですか?

山本: 元自衛隊員の方が先生になって、千葉にあるサバゲーフィールド「サバゲーパラダイス」でサバゲ―をしながら基本的な動きを教えてくれました。ただ撮影の順番が、坊主頭にする必要もあって、PTSDを発症して苦しんでいる新潟から始まって、その1ヶ月後にタイでの海外ロケで、自衛隊時代の元気な姿を撮影したんです。だから自衛隊の訓練をしている時は痩せていて、さらに役のために体調を悪くしていかないといけなかったので、あえて食べ物も添加物などを摂取していたんです。そうやって追い込んでいた時期だったので、体力的にきつかったです。

――撮影期間はどれぐらいだったんですか。

山本: 撮影自体は1ヶ月ぐらいでしたが、準備期間も含めると1年半くらい。かなり長く『火の華』に関わっていましたね。

――花火大会のシーンはどのように撮影したのでしょうか。

山本: 実際の花火大会を撮らせてもらったんです。場所もタイミングも、こちらで決められることじゃなかったので、ほぼ一発勝負でした。リハーサルもできなかったので、ほとんどアングルも決まっていなくて。全員フリースタイルで始まるという、ジャズセッションみたいな感覚でした。基本的にカメラは回しっぱなしで、俳優陣は役が抜けないようにして、いつカメラに抜かれてもいい状態にして、「走れ!」と言われたら走り回って。どういう花火が上がるかも分からないまま、2時間ぐらい撮影していたと思います。

――島田が花火を上げるシーンもありました。

山本: 親方が許可してくれたので、実際に僕が火を付けたんですが、あんなに早く花火が上がるとは思わなくて驚きました。

――その時の花火はご自身でデザインしたそうですね。

山本: 「夏椿」をモチーフに、真ん中が黄色、周りが白、夜空が黒と、肌の色に見立てて、全人種が一つにまとまるという意味を込めてデザインしました。それを花火師さんにお願いして作ってもらったんです。

自分が食べるものを自分で作りたいから畑を始めた

―今回の映画を機に、新潟に住み始めて、畑も始めたそうですね。

山本: あまりにも気に入って、今は東京と新潟の二拠点生活を送っています。東京出身なんですが、もともと地方に憧れがあったんですよね。過去に3×3プロバスケットボールリーグの選手をやっていて、所属チームのあった金沢に1年間住んでいたこともありますし、鹿児島の温泉旅館に3年間働いていた時期もあります。

――新潟の魅力は何でしょうか?

山本: なんでもおいしいところですね。新潟は神社が日本一多いんですが、米作りに適した気候で、米がいっぱい採れたから、人が住み着いて、神社を作ったと聞きました。農作物もそうですが、日本酒もおいしいし、日本海沿いで魚も充実しているし、温泉も最高です。それに東京まで車で3時間半ですから、日帰りも全然できるし、二拠点生活には最適です。僕は海と山の間に住んでいるんですが、家賃も安いですしね。

――いつ頃から新潟に住み始めたんですか。

山本: 一軒家を借りたのは今年の9月くらいですが、その前から旅館や友達の家を転々としていて、6月ぐらいから畑も借りていました。畑は今の家から車で15分くらいのところにあります。

――畑を始めたきっかけは何だったのでしょうか。

山本: 自分が食べるものを自分で作りたいとか、日本の未来を考えたら自給自足が重要ではないかとか、それっぽい理由はあるんですが、正直に言うと、暇だったんでしょうね(笑)。それに僕は働けない人なんですよ。

――働けないというと?

山本: 毎朝、同じ場所に行けないし、興味がなくなると行きたくなくなっちゃう。それにアルバイトなどで定期的に収入を得てしまうと、ハングリーさもなくなっちゃいますからね。僕はカツカツの生活を送る中で、「何とかしなきゃ!」と自分を奮い立たせることが芝居に直結するタイプだから、他の仕事で稼ぎたくないんです。お金を稼ぐのはメシを食うためだから、だったらメシを作っちゃえばいいじゃないかと。そうすれば切羽詰まって、やりたくない仕事をしなくてもいいですしね。

――畑は借りるのは大変でしたか。

山本: ハードルは高くなかったですね。

――どのくらいの広さですか。

山本: 25メートルプールより一回り小さい畑が3つ。一人でやっているので、それでいっぱいいっぱいで、まだ1つは手をつけてなくて、これから耕し始める段階です。

――畑について教えてくれる方はいるんですか?

山本: 地元の農家さんに聞いたり、見たりもしますけど、基本的には直感でやっています。土づくりも見よう見まねでやっているんですが、もともと土壌が良かったんですよね。

――収穫した作物はあるんですか?

山本: シシトウが採れました。ネギを抜いてみたら食べられたんですけど、もう少し育ててからの方がいいかもしれません。猛暑のせいか、トマトは全滅しちゃいました。9月は何も育たなくて「終わったな……」と思っていたら、最近涼しくなって、種を蒔いて一カ月ぐらい音沙汰のなかったニンジンの芽が出てきました。季節がずれているんでしょうね。あとブロッコリーも植えていて、葉っぱはぐいぐい大きくなるんですけど、肝心の蕾ができないんですよ。

――原因は分かっているんですか。

山本: 農家さんに相談したら、土が良すぎると言われました。うちは動物のふんや石灰じゃなくて、米ぬかももみ殻と植物性堆肥を使っているんです。ブロッコリーは花菜類の野菜なので、グングン成長して葉を大きくして、疲れてきた時に花が咲くんですけど、ずっと元気なままだから花が咲かないんですよね。土に合った植物というのがあって、うちの土には合わないのかな。それでも諦めずに育てているんですが、ブロッコリーの下のほうを折ったりしてストレスをかけています。

――今は何を育てているんですか。

山本: 最近植えたのは、ダイコン、ホウレンソウ、ビーツ、ブロッコリー、キャベツ、タマネギ、ニンジン、ネギ、ニンニクなどです。

引きこもりや不登校の子を集めて、農作業を教える学校をやりたい

――農機具はどうしているのでしょうか。

山本: 一切使っていません。鍬だけです。手と足で畝を作っています。機械は石油を使うでしょう。自然を侵略している感じがして好きじゃなくて、虫とか昆虫を機械で巻き込んじゃうのも嫌なんです。商売にするわけではないので、農薬も使いません。

――虫の対策はどうしているんですか。

山本: 虫よけとしては、納豆を食べた後のネバネバを水で薄めて3日ぐらい寝かせて、それをスプレーでかけたり、もみ殻を燃やして炭にしたものを撒いたりしています。いろいろ試していますが、ブロッコリーなんかは食われていますね。蝶が作物に卵を産んじゃうので、普通はネットをかけるんですけど、僕はネットもプラスチックやゴムだから使いたくない。だから、「卵を産まないでください」って書いた立て看板でも立てようかなと思っています(笑)。

――楽しんで農作業をしているのが伝わってきます。

山本: 本当に楽しいですよ。夏は服も着ないで半裸に裸足で農作業をしているんですが、素肌で土に触れる感覚も好きなんですよね。たくさんサルがいる地域らしいんですが、うちの畑には来ないんですよ。どうやらサルって偵察してから、弱腰な人のところに行くみたいで。僕みたいに裸でやっているサルみたいな人間には近づかないかもしれません(笑)。

――どのくらいのペースで新潟にいらっしゃるんですか。

山本: ほとんど新潟にいますね。こういう取材の時だけ東京に帰ってきます。まあ冬場は畑でやることもなくなるから俳優をやろうかなと思っています(笑)。

――来年の計画は決まっていますか。

山本: 米を作るために田んぼを借りようと思って、今探しています。米も全て自分で作りたいんですよね。

――米作りは難しくないんですか?

山本: まだやったことがないから分かりませんが、まずは個人で食べる分を作ろうと思っています。無農薬の畑にこだわる僕の師匠がいて、いろいろなことを聞いているんですが、師匠の作る野菜と米が本当においしくて、理想の味ですね。

――いずれは農作物の出荷も考えているんですか。

山本: どうせならおいしいものを作りたいし、いいものをみんなに食べてもらいたいから、やりたいですね。大きくやる気はないけど、いずれオーガニック専門の店や知り合いのレストランに卸すのが夢です。

――どうやって試行錯誤しているんですか。

山本: 感じたままにやっています。すると、疑問が次々と出てくる。子どもを育てるのと一緒で答えがなく、奥が深いなと感じています。その土地に合った正解があると思うので、それを知っていけたらいいなと思っています。そういうことを一つひとつ試していると無限にやることがあります。

――将来的には、どんな畑にしていきたいですか。

山本: 引きこもりや不登校の子を集めて、農作業を教える学校をやりたいです。農業学校みたいに専門的なことを学ぶのではなく、農を通して、心を軽くするような場にしたいですね。

■プロフィール
■山本一賢

1986年1月23日生まれ、東京都出身。小島央大監督『JOINT』(2021)で俳優デビューし、主演を務める。その後、イ・ギュマン監督の韓国映画『警官の血』(22)に出演。ブリランテ・メンドーサ監督の最新作『CHAMELEON』への出演も決まっている。本作では、小島監督と共同で企画・脚本も務めている。

インフォメーション

『火の華』
2025年10月31日(金)ユーロスペースほか全国順次公開

PKO(国連平和維持活動)のため南スーダンに派遣された自衛官の島田東介(山本一賢)。ある日、彼の所属する部隊が現地傭兵との銃撃戦に巻き込まれる。同期で親友の古川(原雄次郎)は凶弾に倒れ、島田はやむなく少年兵を射殺。この前代未聞の“戦闘”は、政府によって隠蔽されてしまう。それから2年後、新潟。悪夢に苛まれる島田は、危険な武器ビジネスに加わりながら、花火工場の仕事に就いていた。親方の藤井与一(伊武雅刀)や仲間の職人たち、与一の娘・昭子(柳ゆり菜)に支えられ、心に負った傷を少しずつ癒していく島田。しかし、花火師の道に一筋の救いを見出した矢先、島田に過去の闇が迫る……。

公式サイト

INTERVIEWER:TAKAHIRO IGUCHI

(取材協力:株式会社シーズカンパニー)

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