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異国の地でゼロから国内有数の桑生産者へ 成長の秘訣は「準備が整ってからでは遅い」

吉田 忠則

ライター:

連載企画:農業経営のヒント

異国の地でゼロから国内有数の桑生産者へ 成長の秘訣は「準備が整ってからでは遅い」

かつて日本の農業の柱の1つだった養蚕の衰退に伴い、桑の栽培もすっかり縮小した。だが「お茶」という新たな需要を開拓することで、成長した農業法人がある。桑の葉と桑茶の生産を手がける桑郷(くわのさと、山梨県市川三郷町)代表の韓成旼(ハン・ソンミン)さんを取材した。

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義父の会社を引き継いで桑茶事業に挑戦

韓さんは韓国生まれ。桑郷の栽培面積は12ヘクタールで、株数は8万本。国内の桑の生産では最大規模だ。葉っぱを自社工場でお茶に加工して、自社のホームページや電子商取引(EC)などで販売している。

桑茶と聞いてイメージがわかない人もいるかもしれないが、葉っぱを機械で蒸してもみ、乾燥させると見た目は意外なことに茶そのもの。さらに桑郷の粉末タイプの商品は、味も香りも驚くほど抹茶と同じだ。

きっかけはいまから20年ほど前。韓さんの妻は日本人で、父親は山梨で桑茶の製造会社を経営していた。義父から「仕事を手伝ってほしい」と言われ、日本に来た。そのときは1年程度で帰国するつもりだった。

当時は桑茶が思うように売れず、そのうち会社の経営が行き詰まった。これが韓さんの人生の転機になった。義父から「会社を引き継いでほしい」と涙ながらに懇願され、日本に残ることを決めた。2008年のことだ。

韓さんは「経営者になろうなんて全然思ってなかった」と話す。どこまで大きくできるか未知数だった桑茶事業への挑戦がこうして始まった。

桑郷の代表の韓さん

日本語を独学で学んで営業に弾み

韓さんが会社のトップになったころ、まだ桑の栽培はしていなかった。契約農家から葉っぱを仕入れ、お茶に加工するのが事業の柱だった。

桑郷が扱う主な商品はティーバッグと粉末の2つのタイプがあった。まずはその販売を増やし、収入を確保する必要があった。だが営業をしようにも、いまと違って日本語を流ちょうに話せるわけではなかった。

言葉ができないなら、できることは1つ。妻にチラシを作ってもらい、一軒一軒配って回った。内容は価格や効能、連絡先。義父の願いを受けて韓国に戻るのを思いとどまったことや、山梨に骨をうずめる決意も訴えた。

メイン商品「ハンさんのおいしいくわ茶」

1日1000枚のペースで、およそ半年かけて山梨県の全域でチラシを配布した。地道な努力の成果が現れ、少しずつ商品が売れていった。

「言葉は片言でも、やるべきことをやろうと決めた。準備がすべて整ってからやろうと思っても遅い」。韓さんは当時のことを振り返りながらそう話す。暗礁に乗り上げた事業の再生にはそんな覚悟が必要だった。

その傍ら、テレビのニュースやドラマを通して独学で日本語を勉強した。わからない言葉があれば、辞書を手元に置いてその都度意味を確かめた。2~3年たつころには、日本語にほとんど不自由しなくなっていた。

ここでさらに攻めの営業に出た。知名度を高めるため、都内で開かれる食品の展示会に出品したのだ。これが功を奏し、青汁の原料など桑の葉の新たな需要をつかみ、事業を軌道に乗せるきっかけをつかんだ。

高齢農家が栽培方法を伝授

ここから先は、農業法人としてのストーリーになる。義父から引き継いだのは、契約農家から桑の葉を買い入れ、加工するというビジネスモデルだった。だが需要が増えるのに伴い、仕入れだけでは足りなくなった。

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