ポリシーは「政策と距離を置きたい」
最初に政策支援に関する横田さんの考えを紹介しておこう。
「みんなが助けてくれないならやっていけないと考える農家と、自分の力で何とかしようというモチベーションの農家がいたとする。これから栽培環境がより厳しくなる中で、どちらが生き残っていくだろうか」
横田さんの答えはもちろん後者。農家は自立すべきだというのが基本的な考え方だ。「政策とは2歩も3歩も距離を置きたい」とも強調する。
補助金をすべて否定しているわけではない。「うまく使えるものは使いたい」とも話す。要は依存してはいけないと考えているのだ。
例えば加工用米に支給される交付金について「補助金をもらっている分、ディスカウントして販売している」と説明する。農家だけが得をしているわけではないという意味だ。はっとさせる表現ではないだろうか。
発言の背景にあるのは補助金がほしいからではなく、需要があるから生産しているという自負だ。では交付金がなくなればどうするか。「普通の値段で売る。売り先は変わるかもしれないが、できないとは考えていない」
このポリシーを貫いて経営を発展させてきた。では危機的状況にあるとされる日本の稲作の未来についてはどう考えているのだろうか。

農家は自立すべきだと考えている
農家1000人で水田を守る
産業としての稲作の確立を目指す全国稲作経営者会議(稲経)の副会長を、横田さんは務めている。そこでこう提案しているという。「我々が1経営体当たり1500ヘクタールになれば日本中の水田を耕作できる」
水稲の作付面積はおおむね140万ヘクタール台で推移しており、稲経のメンバーは約1000人。1500ヘクタールはこれをもとにはじいた数字だ。「(農家が減っても)おれたちが1000人いれば大丈夫」と強調する。
これを横田農場に当てはめればどうなるか。現在の栽培面積は約180ヘクタール。2200ヘクタールを地図で囲ってみると、「かなり遠い所までやる必要があることがわかった」。もちろんそこで話は終わりではない。
横田農場は複数の品種を育てることで田植えと稲刈りをそれぞれ2カ月に延ばし、田植え機とコンバインを1台ずつでこなす効率経営で知られている。そこで「2カ月を3カ月に延ばしたらできるのでは」と考えている。

横田農場の収穫の様子
いまでも追肥にはドローンを使っている。1日当たりの面積は20ヘクタール。直播(ちょくは)栽培を取り入れれば、1日に20ヘクタール種まきをすることも可能になる。田植え機で作業する面積よりずっと広い。
こういう話をすると、すぐ「中山間地は無理」という声が出る。そこで中山間地と平場の割合が4対6であることを踏まえ、言い方をこう改める。「中山間地は400ヘクタールで、平場は2200へクタールでどうだろう」
横田さんにとってこれは議論の出発点。続けて「もし農家が2000人なら面積は半分ですむ。5000人いればさらに半分になる」と説明する。
真意は「本当にできないのか、どこまでならできるのかを一度きちんと考えてみた方がいい」という点にある。そういう議論のベースがないままで、政策のサポートに頼ろうとしかねない傾向を戒めているのだ。
気候変動で高まるみどり戦略のリスク
政策の影響について、横田さんは別の角度からも警鐘を鳴らす。いわく「邪魔になるようなことはやめてほしい」。具体例として、環境調和型農業の実現を目指す農林水産省の「みどりの食料システム戦略」を挙げる。
横田さんは環境調和の意義を否定しているわけではないし、地元の子どもたちが生き物を観察する「田んぼの学校」も長年開いてきた。
懸念しているのは農水省がみどり戦略を重視するあまり、栽培に必要なことがやりにくくなることだ。みどり戦略は農薬や化学肥料を使わない有機農業の面積拡大を目標に掲げている。それを突き詰めるとどうなるか。
気候変動の影響もあり、イネカメムシの発生が増加している。これまで見たこともないような雑草も増えている。これからリスクはますます大きくなる恐れがある。農薬なしで栽培できる余地は当然小さくなる。
かつて横田農場が克服したテーマだが、規模が大きくなるほど栽培が不安定になるという問題もある。広い面積をこなすには小規模のときとは違うノウハウが要るからだ。病害虫に気づくのが遅れる可能性もある。
「栽培の選択肢を狭めるようなことはやめてほしい」。横田さんはそう訴える。農水省と現場のコミュニケーションが不可欠な課題だろう。

田んぼの学校の様子(2014年撮影)
ボリビアの日系農家から学んだこと
できるだけ政策の支援に頼るべきではない――。横田さんのそんな思いには、自分たちの努力で課題を乗り越えてきたという裏付けがある。それは横田農場だけができることではなく、他の農家も可能だと考えている。
自助努力の大切さを確信するようになった背景には、海外に視野を広げたことも影響している。縁があり、横田さんはボリビアの稲作農家と交流を深めている。同国でコメづくりに挑戦している日系2~3世の人たちだ。
1経営当たりの面積は500~1000ヘクタールと日本と比べてはるかに広大。現地政府の支援をほとんど期待できない中で、自立して経営を軌道に乗せてきた。彼らを支えたのは「異国で成功したい」という夢だった。
「それに比べてなぜ」。横田さんはそう思ってしまうのだ。肥料も農薬も手に入り、国のさまざまなサポートがあるにもかかわらず、なぜさらなる補助を求めようとするのか。「令和の米騒動」の中で深めた思いだ。
ここで筆者の立場を明確にしておこう。稲作を次代につなぎ、生産を安定させるには、もっと政策を充実させるべきだと考えている。このまま農家が減り続ければ、コメの供給が不足する恐れは十分にある。
ただし、既存の政策と稲作の構造を温存して先を展望するのは難しい。政策を再構築するうえで、どんな経営を軸に考えるかがとりわけ重要になる。大切なのは、自立した農家をいかに増やすかという視点だろう。
理想とする農業の姿にどうすれば近づけるかを検討して、現実とのギャップを埋める努力が要る。稲作のハードランディングを防ぐためにこそ、不連続な未来を構想する覚悟が農家にも農政にも求められている。

「日本の農家は恵まれている」と指摘する


















