低米価が招いた農家の大量リタイア
農政について「誰のための政策なのか」という問いかけがずっとある。「農家のためであって、農業のためではない」は昔からある一種のステレオタイプな批判だ。「令和の米騒動」が始まってからそのことを考えていた。
高米価で消費者が困っているとのニュースを見るたび、コメ農家の多くは複雑な心境になっただろう。「米価が下がり続けたことや、コストが上がっていることも伝えてほしい」。そう感じた農家が大半ではないだろうか。
一方で農家を取材していると、あまりの高米価を心配する声も聞こえてくる。消費者のコメ離れに拍車がかかりかねないからだ。ある農協の会合に出たときも、幹部が農家に「いまの米価は高すぎる」と懸念を伝えていた。
令和の米騒動は生産調整に潜むいくつかの課題を浮き彫りにした。
歴史的に局面は2つに分かれる。1つは今回の混乱前。いくら生産調整で減らしても需要の減退には追いつかず、米価は長期に渡って下がり続けた。消費者にとってハッピーな状態ゆえに、社会的に注目を集めることも少なかった。
その陰で稲作の収益性が下がり続け、農家の高齢化と急激な離農を招いた。生産調整で米価を支え、農家を守るという目標は達成できなかった。

魚沼産コシヒカリが玄米で30キロ1万4000円だった(2015年撮影)
米価上昇がコメ余りを招くジレンマ
もう1つは2023年の猛暑に端を発する米価の上昇局面。コメの高温障害による供給減と需要の増加の影響で米価が急カーブで上昇し、社会がパニックになった。その傍らで、高米価は一時的に農家の経営をうるおした。
だがこの事態は、長い目で見て農家にとってより深刻な状況を生み出した。外国米の輸入だ。高関税の壁を越えて外米が大量に入ってきたことは、高米価が必ずしも農家にとってプラスの面ばかりではないことを示している。
消費者が外米に慣れ、流通業者は調達ルートの確保に動いた。稲作を担い続ける農家にとって、輸入米の定着は無視できないハードルになる。
他の課題もはっきりした。

















