本記事は筆者の実体験に基づく半分フィクションの物語だ。モデルとなった人々に迷惑をかけないため、文中に登場する人物は全員仮名、エピソードの詳細については多少調整してお届けする。
読者の皆さんには、以上を念頭に読み進めていただければ幸いだ。
前回までのあらすじ
農業知識も経験もゼロの僕・平松ケンが飛び込んだのは、常識が通じない“異世界”のような農村社会だった。しきたりや独自ルールに振り回され、何度も心が折れかけながらも、少しずつ地域に受け入れられ、気づけば地元農家を束ねる部会のリーダーを任されるまでになった。
新規就農者の育成に力を注ぎ、研修を終えた若者たちを部会のメンバーとして受け入れることになった僕は、ベテラン農家を交えた新年会を企画。親睦を深める絶好の機会にしてもらうはずだったのだが……。
宴席でベテラン農家たちが羽目を外して大暴走!時代錯誤もはなはだしい光景を目の当たりにした新人たちに、大きな不信感を抱かせる結果となるのだった。
「農業を始めたい」というメールが!
「農業の未来を、僕たちの手で作っていく」
部会長という大役に就いてから、僕、平松ケンは新規就農者の育成に心血を注いできた。ベテラン農家が大半を占める部会に再び活気を取り戻すためである。徐々に20代・30代の若い新規就農者が新たに加入し、これまでの活動に少しずつ手ごたえを感じはじめていた。
そんなある日、僕の元に、一通の熱いメールが届いた。
「新聞の記事を読みました。平松さんの下で、一から農業を学ばせてください」

送り主は立花さんという男性だ。うちの部会に新規就農者が加入したことを紹介する地元新聞の記事を見たらしい。僕はすぐさま返信し、彼と会うことにした。
「正直、農業のことは右も左も分かりませんけど、とにかく面白そうだと感じたんですよ!」
初めて対面した立花さんは、屈託のない笑顔でそう言った。現在29歳。外資系の保険会社でトップクラスの成績を収めていた元営業マンだという。

「全く畑違いの環境で、新しいことに全力でチャレンジしてみたいんです!」
その真っ直ぐな瞳と、営業職で培われた圧倒的な熱量。僕は少し気圧されそうになりながらも、彼のような男こそが、この業界に新しい風を吹き込む「新戦力」になると確信した。
「よし、分かりました。一緒に準備を進めましょう!」
ただ、立花さんは農家出身ではない。農地を借りる資格がなく、就農を進めるうえで最初のハードルになると感じた。そこで、将来的に農家の資格を取得できる自治体主催の「担い手育成塾」への参加を勧めた。これまでの新人たちも辿ってきた「お決まりのルート」である。
しかし、夢への第一歩を踏み出そうとした直後。僕たちは、最初の壁に直面することになる—―。
新規就農者を助ける充実の支援制度
「立花さん、農業は情熱だけじゃ食っていけません。まずは『お金』のシミュレーションをしましょう」僕は資料を机に広げ、説明を始めた。

「自治体の『担い手育成塾』に入れば、強力なバックアップが受けられます。まず、研修中の『準備資金』と、独立後の『開始資金』。それぞれ年間165万円、最大5年間受給できるんです」
「165万円……。生活の支えとしては本当にありがたいです」 立花さんは、元営業マンらしい真剣な眼差しで資料の数字を追う。
「それだけじゃない。初期投資を支える『経営発展支援事業』を使えば、最大1000万円の助成が出ます。ただ、開始資金とセットで受けるなら上限は500万円になりますが、それでもかなり大きい」
「500万円あれば、トラクターや資材の費用にかなり充てられますね」
「その通り。非農家出身の立花さんにとって、最初の設備投資は最大のネックになる。この給付金のレールに乗ることが、成功への最短ルートになるはずです」
僕が就農した頃には、こんな手厚い制度は影も形もなかった。貯金を切り崩し、明日が見えない不安の中で泥にまみれたあの日々。後に続く若い世代には、できるだけ同じ苦労はさせたくない――。それが僕の本音だった。
「この制度をフル活用して、一気に経営を軌道に乗せましょう!」
「はい! ありがとうございます、心強いです!」
立花さんの力強い返事に、僕の期待も膨らんだ。ところが――。
数日後、別件で市役所を訪れた際、立花さんの補助金について尋ねたところ、思わぬ落とし穴があることに気付いたのだった。
「所得制限」の壁が給付金を阻む!
完璧に見えた「就農ロードマップ」。 しかし、僕が考えた立花さんの資金計画は、早くも見直しを迫られることになった。後日、立花さんを呼び出し、僕は言いづらい事実を告げた。
「……立花さん、大変申し訳ない。準備資金の給付、受けられないかもしれない」
「えっ? どういうことですか?」
実は、この制度には『前年の世帯所得が600万円以下』という条件があったのだ。バリバリの営業マンだった彼の前職の年収が「壁」になったのである。後日、改めて市役所の担当者へ相談に赴くも、案の定「申請は難しいですね」と言われてしまった。

「そんな……。研修中は無給になるのに、去年の年収で判断されるんですか?」
「そうなんだ。しかも『世帯所得』だから、奥さんの収入も合算されてしまう」
申し訳なさで一杯の僕に、立花さんは無理に作ったような笑顔を見せた。
「いいですよ、平松さんのせいじゃない。ルールなら仕方ないっす。貯金を崩して頑張りますよ!」
その潔さが、余計に僕の胸を締め付けた。以前も、実家暮らしで両親の所得を合算され、夢を諦めた若者がいた。
(要項を見ると「原則」と書いてある。本人の所得はガクンと減るのに、なぜ実情に合わせた柔軟な運用ができないんだ……)
不正受給を防ぐ厳格さは必要だろう。だが、意欲ある若者の足を引っ張るルールに、僕は「もう少し何とかならないものか」と、やり場のない憤りを感じていた。
その後、立花さんは自力で1年目の研修を乗り切った。 いよいよ本格的な就農準備に入っていく。 だがそこでも、僕たちは再び「補助金の壁」にぶち当たることになる。
担当者が変わった途端に対応が急変!
「平松さん、ちょっと……相談に乗ってもらってもいいですか」
電話越しでも分かるほど、立花さんの声は沈んでいた。後日、駅前の喫茶店で落ち合うと、彼は力なく書類を机に広げた。

「実は『経営発展支援事業』の件で、担当者から色々と難癖を付けられていて……」
彼が購入を希望している農機具のリスト。そこには無数の付箋が貼られていた。
「この機械、本当にいるんですか?」
「これは必要ないですよね?」
窓口で執拗に問い詰められ、ついにはトラクターの購入まで渋られているという。
「えっ? うちの部会で農業をやるなら、トラクターがないと話にならないよ!」
僕は思わず声を上げた。そういえば、今年度から窓口の担当者が異動し、新しい人に変わったことを思い出した。
後日、僕は立花さんとともに市役所へ直接出向き、プロの視点から機械の必要性を詳しく説明した。結果的にはこの担当者もしぶしぶ納得した様子だったが、相手からは「地域の農業を振興しよう」という強い熱意は感じられなかった。
担当者が変わっただけで、ここまで態度が豹変するのか。ルールという壁の向こう側に、また別の「人の壁」が立ちはだかっている。
「新規就農を支えるってのは、なかなか一筋縄じゃいかないな……」
別れ際、家路に向かう立花さんの背中を見守りながら、僕は支援の難しさを改めて痛感していた。
レベル34の獲得スキル「新規就農者はJAや行政とうまく連携して支援すべし!」
新規就農者を支援する補助金・助成金は、とてもありがたい存在である。就農を目指す本人はもちろんだが、将来の産地維持を図りたい既存農家にとっても、受け入れ体制を整備するうえで欠かせないものとなっている。ただ、ここ10年ほどを振り返ってみても、何度か制度変更があり、その都度新たな対応を迫られることになった。就農支援は、長期目線で取り組んでいくものだけに、制度変更などの情報には常にアンテナを立てておく必要がある。
申請窓口となるJAや行政担当者との信頼構築も大事なポイントだろう。農家側の主張を押し通そうとするあまり、対立構造になってしまっては、地域ぐるみで新規就農希望者をバックアップしていく体制を構築することは難しくなる。日頃から密にコミュニケーションを取り、補助金・助成金の活用を含めた「就農のあるべき姿」をきちんと共有しておくことが大事だといえそうだ。


















