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トラクターの鍵はつけっぱなし、備品の収納は吊り天井ー。「変態」農家の徹底した効率化とコスト削減術

鈴木 雄人

ライター:

トラクターの鍵はつけっぱなし、備品の収納は吊り天井ー。「変態」農家の徹底した効率化とコスト削減術

「農業は稼げる業界ではない」。そんな常識を、GAPを活用した「仕組み」で塗り替える農業法人があります。茨城県境町で140haを超える農地を管理する株式会社光ファームは、周囲から「変態」と評されるほどの徹底した合理化により、経営改善を実現してきました。2025年「GAP Japan アワード」を受賞した代表取締役社長の篠塚光一(しのつか・こういち)さんに、同社の強さの源泉である「GAP活用術」について話を聞きました。

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綺麗すぎる農業法人

茨城県西部の境町に拠点を置く株式会社光ファーム。水稲50ha、大麦32ha、小麦28ha、そば36haなど、合計140haを超える県内屈指の作付面積を誇ります。生産する小麦はコンビニ向けのパン原料として通年採用。お米はJGAP認証を武器に大手スーパーチェーンやコンビニ向けとの取引を確立しています。そして、そばは全国の職人から最高峰の評価を得ているブランド品種「常陸秋そば」。製粉会社を中心に取引をしています。

代表の光一さんと専務の朋子さん夫妻、そして社員5名で構成される同社の特徴は、「ショールームのような作業場」にあります。展示場のように整理整頓された倉庫は、床(グレーゾーン)にゴミ一つ落ちていません。「ハンドル一つに埃がついているのも嫌」と語る篠塚さんの徹底した意識と管理体制は、単なる「綺麗好き」を超え、生産性と安全性を担保し、大手取引先からの信頼を勝ち取る基盤となっています。

整理整頓された作業場

「評価」に苦しんだ原体験が「100年続く組織」の礎に

農家の2代目として生まれた光一さん。「子供の頃から親の背中を見て、憧れがあった」と語る通り、卒業後は迷わず就農。当時は水稲に加え、キャベツなどの野菜栽培も手がけていました。

その後、2018年に法人化した背景には、切実な未来への課題がありました。2人の娘さんは薬剤師や獣医師としてそれぞれの道を歩んでおり、家業を継ぐ見込みはなかったのです。「身内が継がないのなら、この農地を誰が守るのか。会社という形に整え、誰にでも事業を承継できる『仕組み』を作るしかない」と光一さんと朋子さんは決意しました。

その仕組みを盤石なものにするきっかけとなったのが、知人の双子の兄弟が「将来、光ファームで働きたい」と希望してくれたこと。過去に経験した苦い出来事が光一さんを突き動かしました。

かつて光一さんは、農閑期に大手菓子メーカーでアルバイトしていた際、自分の方が明らかに作業をこなしているにもかかわらず、同期と給与や評価が全く同じだったことに憤りを感じていました。「頑張っても評価が変わらないなら、そこまでやらなくていいか」。そんな心理が、組織の成長を阻むことを身をもって知っていたのです。

「親族や縁故であっても、能力の差を公平に評価し、全員が納得して働ける会社にしなければならない」

光ファームの集合写真

この「公平な評価」の物差しとして導入したのが、2019年に取得したJGAP(米・そば)でした。当時、東京オリンピックの影響でGAPへの注目が高まっていたことも追い風となりました。

元々、周囲から「変態」と呼ばれるほど整理整頓や日々の作業日誌へのこだわりが強かった光一さんにとって、農場の物理的な環境はすでにGAP基準をクリアしており、取得自体に苦労はなかったといいます。しかし、光一さんがあえて認証というステップを踏んだ真の狙いは、自身の頭の中にしかなかった「職人的なこだわり」や「感覚的な判断」を、GAPというフィルターを通して客観的な「ルール」へと昇華させることにありました。

GAPを共通言語にすることで、自身の「経営哲学」を従業員と共有し、100年続く組織としての第一歩を踏み出したのです。

光ファームのGAP活用術

GAP(農業生産工程管理)は、食品安全、労働安全、環境保全を確保するための共通言語です。しかし、GAPは単なる「チェックリスト」ではありません。光ファームでは、GAPを「経営改善のツール」として活用し、余計な時間の排除や、従業員をクリエイティブな仕事に集中させる仕組みづくりに生かしています。朋子さんは「GAPは教科書」と常々口にしているといいます。

【物理編】「道具を探す時間」の排除と効率化の手段

「鍵は挿しっぱなし」の合理性

GAPでは盗難を防ぐ管理(管理点※27)が求められますが、光ファームのルールは「トラクターの鍵は挿しっぱなし」です。140haを超える広大な現場で「鍵がない」と探す時間や紛失リスクは、作業効率を低下させる「見えないコスト」です。そこで、倉庫自体のセキュリティを強化(暗証番号式ドア・夜間電源OFF設定)し、建物全体を巨大な金庫のように管理。「防犯という目的さえ達成していれば手段は問わない」というGAPの本質を理解し、現場の利便性を最優先しています。

※管理点とは、GAP(農業生産工程管理)のためのポイントで適合基準の見出し

全て鍵はつけっぱなし

掃除を効率化する「空中収納」

作業場内ではコンベア類や備品を床に置かず、壁や天井から「吊るす」収納を徹底。棚や機材に「脚」がないため、掃除はエアーで吹き飛ばすだけで完了します。また、倉庫では床を「グリーンゾーン(日常)」と「グレーゾーン(格納)」に色分けし、次に使う際の準備時間をゼロにする定位置管理を徹底しています。

また、倉庫内は収納ゾーンとなにも置かない場所を線で分けています。それにより、移動する場所を確保することで事故防止の役割があるといいます。そういったライン一本を引く際も、社員に「墨つぼ」の使い方から教え、自分たちで引かせることで、「なぜこの線が必要か」という当事者意識を植え付けています。

吊るす式で掃除をしやすく

「数えない」ための専用パレット

育苗箱専用のパレットを特注し、1パレットにきっちり600枚が収まるサイズで設計。「数える手間」を省き、在庫管理のミスを無くしました。従業員とのやり取りも数が固定されていることでスムーズになります。視察に来てくれる他の生産者も初めに真似することも多いといいます。

苗箱専用の特注で作ったパレット

徹底した「標準化」によるコスト削減

工具は1つのメーカーで統一し、壁掛けで見える化。電動工具や背負動噴は全てマキタのバッテリー式で統一。これにより「電池を探す」「充電器を探す」時間を排除し、備品発注のロスも無くしました。

マキタで全て統一している

【人事・組織編】「基本給×姿勢×利益率」のロジック

光ファームでは、GAPの工程管理表をベースに業務をリスト化し、独自の評価制度を構築。GAP指導員でもある朋子さんはこれを「人が育つための会社の育児書」と呼びます。

給与:選べるキャリアパス

月給は「基本給(年齢給+勤続給)+技能評価+管理評価+経営評価+資格手当」で構成されます。

GAPの「リスク評価」によって見える化した作業工程を、「人事評価」にスライドさせ、作業や農薬の成分理解などを点数化。それにより、技能や管理、経営といった点において、誰もが納得できる昇給基準を確立しています。

また、特徴的なのは、機械操作を極める「スペシャリストコース」と、経営に参画する「マネジメントコース」を社員が選べる点です。個人の適性に合わせたゴールを示すことで、離職を防ぎ、納得感のあるキャリア形成を促しています。

賞与:モチベーションを最大化する計算式

賞与は「基本給×姿勢評価係数(毎月)×その年の利益率(収量)」で構成されます。全社員に公開されている独自の賞与決定ロジックが、スタッフの意識を変えました。

姿勢評価は、「遅刻をしない」「整理整頓」「挨拶」など当たり前の行動を毎月50点満点で評価。利益率は、作柄が良く利益が出た年は、係数を「200%(2倍)」にするなど、ダイレクトに従業員へ還元。

見える化された給与と賞与により、社員は単なる「指示を待つ作業員」から、収量を自分たちの賞与へと反映する意識をもつことに繋がったことで、能動的に病害虫の状況を見て適切な薬剤を提案出来るように勉強するなど「自律的なスタッフ」へと変化しつつあるといいます。また、日々の姿勢が賞与に繋がることで、社会人としても成長できるような環境を用意しています。

詳しくは、次の記事で解説します。

篠塚光一さん

60歳でバトンを渡す。100年続く「地域に根ざした企業」へ

光ファームが見据える未来は、「篠塚家」という個人から自走し続ける経営体への進化です。

「いつまでも『篠塚家の光ファーム』ではダメなんです」。 光一さんは、60歳で社長を退き、次世代へ事業承継することを公言しています。そのための最終仕上げとして現在進めているのが、会社と個人の物理的な分離です。

現在、自宅敷地外に新たな事務所と第2倉庫を建設予定。あえて7,000万円という大規模な投資を行い、それを「7年で完済し、事業承継する」と断言します。借金をゼロにし、設備の整った「企業」というハコを作り上げる。これまで、家を事務所として活用していましたが、そこからの脱却を決意するための投資でもあります。

GAPで整えた「環境」という物理的インフラと、人事評価制度で整えた「人」という組織インフラ。この両輪が噛み合い、篠塚家の農業から光ファームの農業と完全に離れたとき、光ファームは「100年続く農業経営」のモデルへと進化を遂げて行くでしょう。

取材協力

光ファーム

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