「公平なモノサシ」にこだわった理由
光ファームの評価制度は、社会保険労務士と二人三脚で作り上げられました。しかし、一般企業のモデルがそのまま通用しないのが農業の難しさです。作る作物が違えば、作業内容も評価の基準も全く異なります。
農業における評価制度の「答え」を持たない専門家とともに、他業界の事例を参考にしながら、篠塚夫妻は何度も話し合いを重ねました。完成までに約半年、そこから現場での改善を繰り返し、現在の形に落ち着くまでには約1年の歳月を要したといいます。この仕組みを支えたのが、JGAP導入時に行った「各品目ごとの作業工程の見える化」でした。すでに整理されていた業務フローが、評価制度という建物の土台となったのです。
光一さんがここまで徹底して「公平なモノサシ」にこだわったのには、明確な二つの理由がありました。
一つは、次世代を担う若手への責任感です。 「小学生の頃から『将来は光ファームで働きたい』と言ってくれていた、知人の双子の兄弟がいました。彼らがいざ入社したとき、たとえ双子であっても、能力には必ず差が出ます。そのとき、根拠なく給与に差をつければ不満が生まれるし、逆に一律にしてしまえば頑張っている方のやる気が削がれてしまう。彼らが納得して切磋琢磨できる『公平なモノサシ』を、入社前にどうしても用意しておきたかったんです」
もう一つは、光一さん自身の忘れられない経験です。 農閑期に大手菓子メーカーでバイトしていた際、周りに比べ自分の方が圧倒的に作業をこなしている自負があったにもかかわらず、給与や評価が周囲と全く同じだったことに憤りを感じていました。
「仕事が出来たり、頑張ったりしても評価が変わらないなら、そこまでやらなくていいか」
この心理こそが、個人の意欲を殺し、組織の成長を止める最大の癌であることを、光一さんは身をもって知っていました。だからこそ、光ファームでは従業員の「仕事ができる」「頑張り」を絶対にブラックボックスにしないよう、緻密な評価制度を生み出したのです。
光ファーム流の評価制度【給与ロジック】
徹底した見える化による給与体系
光一さんがまずこだわったのが、誰にいくらをどのような根拠で払っているかの「徹底した見える化」です。光ファームの月給は、以下の5つの要素の合算で決定されます。
月給 = A(基本給)+ B(技能評価)+ C(管理評価)+ D(経営評価)+ E(資格手当)

給与の計算方法
A:基本給(年齢給 + 勤続給)
「長く働いてほしい」という願いを、具体的な数字に落とし込んでいます。
年齢給:18歳からスタート。20歳で5,000円、25歳でさらに5,000円昇給。その後は60歳まで5歳ごとに2,000円ずつアップします。
勤続給:最初の10年までは毎年4,000円アップ。その後、11〜20年目は3,000円、21〜30年目は2,000円と、キャリア初期の上がり幅を大きく設定。早期の定着率アップと生活安定を支援する設計です。
B・C:技能評価 + 管理評価(GAPと連動)
JGAPの作業工程リストをそのまま評価シートに転用。技能評価(76項目)と管理評価(33項目)を0〜3の4段階で点数化します。
技能(B):田植機等の農機整備、代掻き、水管理、収穫など、生産に関わる全作業。
管理(C):各圃場の進捗把握、日誌入力、品目ごとの管理状況など。
昇給額は、初期こそ1,000円刻みですが、点数が上がるにつれて2,000円、3,000円、最大5,000円と、成長するほど上がり幅が大きくなる仕組み。従業員が「もっと高みを目指したい」と思えるインセンティブを組み込んでいます。

技能と管理の評価について
D:経営評価(心構えの数値化)
会社のビジョンや方針を理解し、ルールを守って他の模範となっているか。全32項目を0〜2の3段階で評価します。単なる「作業員」ではなく、共に会社を創る「経営の当事者」としての姿勢を問う項目です。
例として、求める要件は会社のビジョン、方針に沿った行動。そこから、評価軸としては、「理解し行動しているか」「実現するための努力や改善を行っているか」「ルールを守り、他の模範となるように努めているか」といったように細分化されます。

経営評価について
E:資格手当
大型特殊、けん引、リフト、GAP指導員、ドローンなど、業務に必要な武器(資格)を手にした分だけ、ダイレクトに手当が加算されます。
経営者の求める「基準」を面談で擦り合わせる
評価の流れは、まず「自己採点」を行い、その後の面談で社長と専務と本人の3人で「評価者採点」認識を擦り合わせます。ここで重要なのが、経営者の求める「基準」の提示です。
例として、農薬の取捨選択の場合
社員の評価:「指示された薬を農薬保管庫から間違えずに持ってきた」から達成(3点)
社長の評価:「今、なぜこの成分が効くかを理解し、自ら選択できてこそ」達成(3点)
「この基準の乖離を面談で埋めていくことが、そのまま従業員教育になります」光一さん。1年を通じた成長を、お互いが納得した上で給与に反映させています。
選べる2つのキャリアパス
同社では、社員が自分の進むべき道を「選択」できる2つのコースを用意しています。
スペシャリスト(職人)コース:「機械に乗っていたい」「人の上には立ちたくない」という社員向け。技能評価(B)を極めることで高い報酬を目指します。
マネージャー(管理職)コース:「農場長になりたい」「将来は経営に参画したい」という社員向け。管理(C)や経営(D)評価を重視し、組織を動かすスキルを磨きます。
「無理にリーダーになれとは言いません。ゴールの形は人それぞれ違う。自分が目指す山の頂上を見せてあげることで、社員は迷わず進めるんです」

光ファームの2つのキャリアパスについて
光ファーム流の評価制度【賞与ロジック】
光ファームでは、賞与の支給額を以下の数式で算出しています。このロジックは全社員に公開されており、誰がいくらもらえるのか、なぜその金額なのかに一切の疑念が残らないようになっています。
賞与支給額 = 基本給 × 姿勢評価 × 例年と比べた当年度の粗収益
支給は年2回。前期(12月〜5月)分は麦の成果を反映。後期(6月〜11月)分は米とそばの成果を反映して支払われます。

賞与の決め方について
「姿勢評価」:人間力を数値化する
賞与の倍率を左右するのは、毎月1回実施される15分間の面談です。「規律性」「JGAPの遵守」「達成指向性」「顧客指向性」「チームワーク力」「組織貢献力」「自己啓発」など、10の項目を5段階で採点します。給与と同様に、「自己採点」を行い、その後の面談で社長と専務と本人で「評価者採点」認識を擦り合わせます。
毎月最大50点で6ヵ月間で最大300点満点となり、点数に応じた倍率によって賞与が決まる仕組みです。
| 180点以下:0倍
180〜219点:1.0倍 220〜259点:1.2倍 260~279点:1.4倍 280~289点:1.7倍 290〜299点:2.0倍 300点満点:2.3倍 |

姿勢評価について
「荒収益」:成果をダイレクトに還元する
計算式の最後にかかるのが、例年と比較した会社の収益状況です。
| 11割以上:1.1倍〜 10割(平年並み):1.0倍 9割:0.9倍 |
「自分たちの仕事が利益を生み、それが自分に返ってくる」という実感を重視しています。事実、米不足の影響で価格が高騰した際は、2倍に設定。会社が得た利益を、現場を支える社員へ還元しました。
評価制度を変える前に知っておくべき注意点
光ファームの成功事例は鮮やかですが、光一さんは「形だけを真似しても失敗する」と警鐘を鳴らします。生きた仕組みとして機能させるために、経営者が気を付けるべき2つの注意点があるといいます。
「支払い能力」というシビアな現実
どれほど素晴らしい評価制度を作っても、会社に支払う体力がなければ意味がありません。「頑張れば報われる」と約束しながら、いざという時に「原資がないから払えない」となれば、従業員の信頼は無くなり、組織は崩壊する可能性すらあります。
光ファームでは制度設計の際、専門家と共に決算書を徹底的に突き合わせ、「社員が最高評価を取った場合でも、会社が潰れずに支払いきれるか」という極めて厳しいシミュレーションを行いました。夢を見せる制度だからこそ、裏付けとなる数字は誰よりもシビアに見る必要があるといいます。
「評価者自身も評価されている」という自覚
評価シートに「整理整頓」や「規律」を掲げる以上、評価者である経営者や役員自身がその規範となっていなければなりません。
「『社長だってできていないじゃないか』と思われた瞬間に、制度は機能しなくなります。評価制度を入れるということは、経営者自身が常に従業員から審査されるということ。点数をつける資格がある人間になれているか。私たち自身も成長し続け、大人として、社会人としての姿勢を正し続ける覚悟が問われます」

説明してくださる光一さん
おわりに
全国の農業現場を巡る中で、多くの方から「評価制度の構築がいかに難しいか」という声を耳にします。実際に、数百万円の費用を投じて専門家と制度を作り上げる法人も少なくありません。
今回、光ファームさんを取材させていただき、特に給与や賞与に直結する評価の仕組みは、多くの雇用を抱える経営者にとって非常に価値のある事例だと確信しました。本来であれば、これらは多大なコストと時間をかけて構築された光ファームの独自のノウハウです。
「業界全体の底上げになれば」という光一さんのご厚意により公開が実現したこの事例が、全国の農業経営者の皆様にとって、より良い経営への確かな一歩となることを願っています。

















