あまおうの育成者権について
まずはニュースをおさらいしておきましょう。2026年3月15日、日本農業新聞が「福岡県産のイチゴ『あまおう』として知られる品種『福岡S6号』の苗が、インターネット上で販売された可能性があることが分かった」と報じました。
参考:「あまおう」苗、県外流出か ネット販売 育成者権失効後は初(日本農業新聞)
記事では「発見時点から現在まで在庫がなく入荷待ちの状態が続く」とありますが、筆者が確認した2月1日時点では普通に販売されていました。

2月1日、筆者が当該ECサイトを確認した際のスクリーンショット
福岡S6号は福岡県が育成した品種で、福岡県は育成者権に基づいて、県内の事業者に限って栽培を許諾していました。なお、「あまおう」の名前は商標であり、JA全農が権利を有しています。
しかし、福岡S6号は2025年1月20日に育成者権が失効しました。品種登録後20年が経ったため、期間満了により失効となったのです。
2026年現在、育成者権の保護期間は通常25年(木本性の植物は30年)となっており、育成者の権利を保護するため、さらに期間の延長が検討されています。しかし、2005年1月19日に品種登録された福岡S6号の育成者権は20年となっています。
余談ですが、2005年6月17日に公布された種苗法の改正によって育成者権が20年から25年に延長されたので、もし福岡S6号の登録があと5カ月遅ければ、2030年まで保護期間が続いていたことになります。これに関してはタイミングが悪かったとしか言いようがありません。
育成者権が失効するとどうなるのか
「あまおう」の商標は引き続きJA全農が保持しているため、JA全農が許可を出さない限り、他県の生産者は使えません。あまおうは福岡県とともに育ててきた高級ブランドイチゴなので、おそらく、許可を出す可能性は極めて低いと思います。
福岡県とすると、商標名と品種名を分けていたことで、これまで福岡県が築き上げてきた「あまおう」ブランドにただ乗りされる可能性は低いわけで、これは不幸中の幸いといったところでしょうか。
しかし、他県のイチゴ生産者が本来の品種名の「福岡S6号」名義や、他の商標で福岡S6号を出すことを福岡県が止めることができる法的根拠は、育成者権の失効とともになくなりました。
育成者権が失効した場合、苗木屋は苗の取り扱いを開始できます。育成者権が失効している以上、育成者であってもそれを妨げることができません。一般的には、育成者に通知をした上で取り扱いを開始するケースが多いように思いますが、ニュースを見る限りでは、福岡県はそのような通知を受け取っていなかったようです。
育成者の心情的にはちょっとどうかと思わなくもないですが、法的には育成者権が失効した品種の苗を苗木屋が販売することは、まったく問題のない行為です。では、なぜ今回このような問題になっているのでしょうか。
今回の事件の何が問題なのか
あまおうの1キロあたり単価は20年連続で日本一。福岡県の立場とすれば、育成者権が切れたからといって、それだけ稼ぐイチゴをやすやすと他県には出せません。
そこで、福岡県は
・福岡S6号の苗は苗木屋には一切出さず、JA全農ふくれん経由でのみ販売
・苗の販売時には農家に誓約書の提出を義務付け、県外流出を防ぐ
という手法で福岡S6号の囲い込みを行いました。
しかし今回、大阪府に本社がある園芸専門店のECサイトで苗が販売されていることが発覚しました。せっかくの囲い込み戦略がわずか1年で破られてしまったわけで、福岡県にとっては痛恨でしょう。

園芸専門店のECサイト。画像には「赤い」「丸い」「大きい」「旨い」の文字が並ぶ
当該ECサイトはオンラインショップなので福岡県外の農家はもちろん、農家でない人でも誰でも買えます。とはいえ、法的に問題ないことは先ほど述べたとおりです。
「いや、誓約書があるはずだ!違反じゃないのか!?」と思う方もいるでしょうが、誓約書はあくまでも福岡県内のイチゴ農家が書くもの。ECサイトを運営する園芸専門店自体は、福岡県と何の契約も交わしていません。
はっきり言ってしまえば、原則として福岡県が園芸専門店に対してできることは何もないのです。
福岡県の取れる手立てと福岡S6号のこれから
これから福岡県が取れる手段はほとんどありません。福岡S6号の苗を園芸専門店に流出させた農家を探し出し、誓約書のなかに賠償に関する項目があれば、それにのっとって賠償請求をするぐらいです。
とはいえ、流出させた農家がそう簡単に口を割ることはないでしょうし、園芸専門店側も絶対に出どころは秘密にするでしょう。
もし賠償に関する項目があり、運よく流出元を見つけられたとしても、おそらく福岡S6号を福岡県の生産者が今後独占し続けただけの利益を回収することはまず不可能だと思います。
しかも、一度流出した福岡S6号の苗を回収したり、他県の生産者が購入した苗を処分させたりするような権限は福岡県にはありません。何度も言いますが、育成者権は失効しているので、保護の対象にはならないのです。
来年以降、福岡S6号はこの園芸専門店から苗を買った人や企業から他の苗木屋に流出し、誰でも買うことができる一般品種になっていく可能性が高いのではないでしょうか。
もちろん前述のとおり、「あまおう」の商標はJA全農の許可が出ない限りは使えないので、品種名の「福岡S6号」として流通させるか、新たに別の名前を考える必要はあるわけですが……。
これから期間満了を迎える他の品種
今回は品種登録の期間満了に伴う育成者権の失効と、それによって起こりうる問題が表に出てきた初めての事例といえるでしょう。
例えばブドウの「ナガノパープル」など、これまで各県が育成した人気品種は、育成者権が失効する前に、全国での栽培が解禁されるケースがほとんどだったからです。
また、県が育成した品種でも、群馬県が育成したイチゴ「やよいひめ」などは、育成者権が切れる以前の2008年から他県でも栽培が許諾されています。
個人的には育成者権が失効し、権利を失ってもなお品種を囲い込もうとする福岡県の姿勢については「ちょっとどうなんだ」という気持ちもあります。というのも、育成者権に期限があるのは、品種の新陳代謝を促す意味もあるのではないかと考えているからです。
偶然にも「あまおう」の後継品種「福岡S10号」が2026年には試験販売として大田市場に入っていました。筆者としては、あまおうに固執するのではなく、次代の品種を育ててほしいと考えます。しかし、立場が違えば考えも違うわけで、福岡県や生産者など、これまでブランドを育ててきた側の悲しみや怒りも十分理解できます。
もちろん、ECサイトを運営する園芸専門店のほうも法的に問題があるわけではないので、誰かに文句を言われる筋合いもありません。ただ、このような問題が起こるとなると、育成者権が失効したあとも育成者が囲い込み戦略を続けようとするのは、かなり厳しいのではないかと言わざるを得ません。
また、このような問題は今後も起こる可能性があります。例えば関西圏で人気の高級イチゴである、奈良県の「古都華」は、2036年に育成者権が失効します。
他にも、10年以内に育成者権の期間が満了する県オリジナルの人気品種を探してみると、神奈川県が育成したカンキツの「湘南ゴールド」(2028年)、「紅まどんな」の商標で知られる、愛媛県のカンキツ「愛媛果試第28号」(2030年)などがあります。
人気品種の期間満了が迫るなか、各県はどのような対策を取るのでしょうか。注目していきたいと思います。

















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