栽培面積が10倍以上に拡大
場所は長野県富士見町。中部電力が地元の農家に作業を委託した中山間地の田んぼを9月半ばに訪ねると、「つきあかり」に穂がつき始めていた。
同じ場所を5月末に訪ねたときは播種(はしゅ)の真っ最中だった。トラクターが乾いた田んぼを耕耘しながら走って行く。湿った土が表に出て、後ろに黒い帯ができる。その帯の中に稲の種子がまかれていった。
中部電力は2024年に稲作に参入した。農家の減少や農地の荒廃など農業が抱える問題を解決するのが目的。選んだのは「田んぼに水を張らない」農法で、育苗や水の管理を省けるのがメリットとされている。
3年目となる26年は長野のほか愛知、三重、福島の各県で取り組んだ。面積は合わせて約30ヘクタールと、前年の10倍以上に拡大した。
9月半ばに訪ねた富士見町の田んぼの1年前の収量は10アール当たり60キロと、国内平均を大きく下回った。これに対し、26年は同じ田んぼで360キロに届く可能性があるという。目標としていた水準だ。

つきあかりの稲穂
種をまく深さを変更
単収が大きく向上した最大の理由は、種をまく深さを変えたことにある。2025年は土の中で発芽しても、ほとんどが土から芽を出すことができなかった。収量が目標に届かないことが早々にわかってしまった。
あまりに出芽が少ないことを受け、中部電力の社員は土を掘り返してみたという。すると発芽はしたものの、地上に出ることができない芽が土の中でモヤシのようになっていた。種をまくのが深すぎたのだ。
作業を委託した農業法人のメインの作物はソバ。機械の設定をソバと同じにしたままで稲の種をまいたことが、出芽率が著しく低い原因だった。乾田直播のノウハウが中部電力にまだ十分に蓄積されていなかったためだ。

種のまき具合を確認する(2026年5月、富士見町)
これと対照的に、愛知の方は25年も収量がそれなりに多かった。理由はいたってシンプル。愛知で作業を委託した法人はもともと乾田直播を手がけていたので、どのくらいの深さでまけばいいかを知っていたのだ。
前年の反省を受け、26年は富士見町の方も種の位置が深くなりすぎないよう機械の設定を変えた。耕耘する深さを浅くするとともに、種が土の表面近くに入るよう播種機の設定を調整した。これが功を奏した。
出芽率の向上は別の効果ももたらした。25年は土がむき出しの面積が大きかったため、雑草がたくさん生えてしまった。26年は稲がびっしり育ったので、雑草が格段に減った。この点も収量のアップにつながった。
播種のタイミングに地域差
富士見町で見直した点は他にもある。播種の時期を変えたのだ。2025年は5月の連休明けに播種したのに対し、26年は5月末に遅らせた。
富士見町は高原地帯に位置しており、5月でも急に寒くなって「遅霜」が降りることがある。時期を変更したのは霜害を避けるためだ。
難しいのは、播種が遅すぎると生育も遅くなってしまいかねない点だ。霜害のリスクを念頭にどうバランスをとるかが今後の課題になる。
乾田直播が以前から盛んな愛知はその点、播種のタイミングについてもノウハウがある。3月末に播種しておくと、気温が上がった4月末ごろに出芽する。その後、別の田んぼでは田植えが始まる。

つきあかりの種。鳥害や病害虫を防ぐために薬剤でコーティングしてある
早い時期に播種するので、田植えをした田んぼと稲の生育がそろう。ここにメリットがある。カメムシの防除をいっせいに行うことができるのだ。気候が温暖で遅霜のリスクがないことで可能になる栽培のリズムだ。
実際、今回富士見町を訪ねてみると、田植えをした田んぼの穂の方が豊かに実っていた。生育のペースに開きがあるためだろう。
同じ節水型乾田直播でも、栽培方法は地域によってこれほど違う。中部電力は各地で試しながら、収量を安定させることを目指している。
失敗例の二の舞いにならないために
電機メーカーや食品メーカー、外食チェーンなど企業による農業参入の失敗例を筆者はいくつも取材してきた。理由はさまざまだが、根底には「自分たちがやった方がうまくいく」という根拠のない自信があった。

















