―岩佐さんが考える、日本の農業にとっての一番の課題は何でしょうか。
日本の農業の未来を考えた時、最も重要な課題は生産人口の減少です。私たちが作っているイチゴのように、機械化して大量生産できる領域であれば、生産者が減っても事業として成り立たせることは可能です。しかし、農作物の品種によってはそのような投資ができないのも現実です。イチゴは国内で約2,000億円の市場があり、大規模投資の回収が見込めるから機械化に踏み切れるものの、市場規模の小さい品種では投資対効果が合いません。
その結果、未来の日本で発生するのは、食の多様性が失われるという現象です。今までは、小規模農家が様々な品種の農作物を作っていたことで、我々は豊かな食の多様性の中で暮らすことができました。
ところが、農業の担い手が減っていき、機械化・大量生産もできない農作物については、国内で作れなくなり、家庭で食べられなくなることが、現実的に起こりうると思います。日本の食の多様性は文化の根源です。個人的に、その多様性が失われることに対して強い危機感を抱いています。
―輸入が一つの解決策になるのでしょうか。
こういった話をしていると、国内で作る品種は限定して、他の品種は外国から輸入したらいいのではないかという意見をいただくことがあります。世界第二位の食料輸出国であるオランダのように、国内では数種類のみに絞って大規模で集約した農業を行い、その他の農作物は輸入で賄うという選択肢もあるのではないか、という意見です。
しかし、オランダと日本は、陸続きに隣国がある国と海に囲まれた島国という大きな違いがあります。オランダの周りにはフランスやイタリアなど、同じく農業大国があり、低い輸送コストで輸入が可能です。一方、日本で農作物の輸入を検討した場合、船では農作物を腐らせてしまうし、飛行機ではコストが高すぎる。オランダを参考にして生産品種を絞ってしまうのは非常にリスクが大きいと思います。
僕は、今の日本食を維持するために、ある一定以上日本で作るべきだと考えています。自分たちが食べるものは自分たちで作る。これができなくなるという状況は、絶対に防がなければならないと思います。
大げさに聞こえるかもしれませんが、人間の平和を考えた時、最後に行き着くものは食だと思います。食は生活であり命なのです。食べ物が国内で作れなくなるという状況は、どれだけお金をかけてでも阻止しなければならないと思います。
我々のようなテクノロジー産業への投資はもちろん、食の多様性に貢献するような小さい農家の作物については、消費者が意識的にお金を払っていくべきだと思います。消費者の視点で「食の多様性」というものをもう一度認識し直し、価値の対価を支払う。質が良い少量生産の農作物に意識的にお金を払うようなことがどんどん増えていくべきだと思います。
―具体的に農業生産者はどうすべきなのでしょうか。
品種ごとに戦略は異なると考えています。消費者側の目線に立つと、価格を安く抑えたいというプレッシャーが最も大きいのが食の領域です。毎日食べるような品種は、価格への期待に対して応えるよう集約・改善をしていく必要があります。
しかし、頻繁に食べられるわけではない品種では、現実的に販売価格を下げることは難しい。そういった状況においては、例えば生産者のストーリーを消費者に知ってもらうことでブランド化をしていくなど、ある種、経済合理性以外の動機を作らなければいけないと思います。
私たちがミガキイチゴで築いてきた思想や考え方は、細かな技術こそ違えど、大規模でオペレーショナルな農業にはほぼ全て適応できる自信があります。ただ、小規模な非コモディティ品種のロールモデルになることはできない。日本の農業自体を二極化して捉え、それぞれ最適な戦略と成功ケースを作っていくことが必要だと考えています。
仕事柄、インドでのイチゴ生産や、輸出先への出張で海外を回ることが多いですが、色々な国に行けば行くほど日本の食の多様性や豊かさ、素晴らしさを感じます。
日本文化の根底をなす食の多様性を守るために、生産者として、消費者としてできることに向き合っていきたいです。
プロフィール
1977年、宮城県山元町生まれ。株式会社GRA代表取締役CEO。大学在学中に起業し、現在
日本およびインドで6つの法人のトップを務める。
2011年の東日本大震災後には、大きな被害を受けた故郷山元町の復興を目的にGRAを設立。先端施設園芸を軸とした「地方の再創造」をライフワークとするようになる。イチゴビジネスに構造変革を起こし、ひと粒1,000円の「ミガキイチゴ」を生み出す。著書に『99%の絶望の中に「1%のチャンス」は実る』(ダイヤモンド社)、『甘酸っぱい経営』(ブックウォーカー)がある。