「有機農業は野菜がおいしいだけでなく、作り手にとっても大きな価値がある」と話すのは有機野菜の生産・宅配、有機農業スクールやレストラン事業を手がける、サインズ株式会社代表の小林寛利(こばやしひろとし)代表さん。同社は、障がい者の就労継続支援事業所「ベジモファームB」(愛知県)、「野のファーム」(栃木県)を運営しています。有機農業と福祉の可能性について、小林さんにお話をうかがいました。
失敗を糧とし、「ベジモファームB」「野のファーム」をスタート
小林さんが運営する「ベジモあいち」は、有機野菜の生産・通販事業で、愛知県豊川市にメーンファームがあります。その土地で生活している人は、その土地で育ったものを食べるのが、おいしくて体に良いという「身土不二(しんどふじ)」の考えのもと、近隣の愛知県、岐阜県、三重県、静岡県限定で宅配サービスを行なっています。
小林さんにとって新規就農であったものの、2008年に会社を始めてから有機野菜の販売事業は顧客を増やし、2011年には移動販売を開始。直営オーガニックレストラン「Vegimo deli&豊橋店」(愛知県豊橋市)もオープンし、6次産業化も行っています。
以前から、有機農業と福祉の連携に先見性を見出していた小林さんは、畑作業などで障がい者の雇用に挑戦したことがあるそうです。しかし、経営者側の障がい者への理解が足らず、この時は障がい者の雇用は実現できませんでした。
「障がい者の個性を理解し、それを活かすにはどのように体制を整えるかが重要」と痛感したそうです。この経験を糧とし、現在の「ベジモファームB」「野のファーム」の構想へつながっていきました。
ビジネスの基盤の上に福祉事業を。強みを生かした経営が功を奏した
2013年に、栃木県佐野市に「ベジモとちぎ」と、障がい者就労継続支援多機能事業所として「野のファーム」を開設。2016年11月から「ベジモあいち」でも、障がい者の就労継続支援事業所B型である「ベジモファームB」が始まりました。就労継続支援事業は、障がい者が雇用契約を結ぶA型と、雇用契約を結ばないB型の2種類があり、「ベジモとちぎ」はA型とB型を兼ねており、「ベジモファームB」はB型に該当します。
両事業所では、支援の必要な知的、身体、精神の障がいがのある方が、ベジモのスタッフとともに畑の作業や袋詰め、計量などや出荷を行います。定員20名で、10代から60代と幅広い年齢層の障がい者の方が働いています。基本的に1日5時間で週5日通いますが、個人の体調や体力、就農経験などの段階に応じて調整するそうです。ひと月の工賃は最大22,000円で、全国平均の15,033円(平成27年度就労継続支援B型事業所の平均月額工賃、厚生労働省)よりもやや高めに推移し、同時に野菜の出荷数も伸張しています。
「福祉事業に新規参入すると苦戦するケースも多いですが、私たちの場合はもともと、ベジモあいちでのビジネスのベースが整っていたので、会社と利用者の方で、双方によい結果がもたらされました。経営基盤があることは私たちの強みでもあります」と小林さんは話します。
有機農業が作り手に与える影響は大きく、有機だからこそ福祉との関係は深い
ベジモの農園では無農薬無肥料栽培という自然の力を活かした農法で、年間80種類ほどの野菜を生産しています。同施設を利用する障がい者は、農作業を通じて「体力がつき、次第にたくましく健康的になっていく」といいます。特に後発的に精神障害のある方は、自然と触れ合うことで気持ちが開放されて、症状が緩和して入院の頻度が減るといったこともあるそうです。
小林さんは有機農業が障がいのある方々に合うと考えていて、農業一般ではなく、特に有機農業の本質が、良い影響を及ぼすと実感しているそうです。
「たとえば農薬の使用は、農業従事者やその家族への健康、さらに精神面への影響もあるとクローズアップされています。慣行農業はどこか工業化していて、自然との関わりや、食べる人消費者との関わりが気薄になっていると思います。しかし有機農業は虫や草はそのままで、作物を食べる人とのコミュニケーションや栽培環境についても気を配ることが土台としてあります。そんなことが、障がい者の心の回復を促していくと思うのです」
農福連携が農業を変える。日本の有機農業を広げる力に
一方、有機農法から見ても、福祉との連携に大きな可能性が見出されます。
「有機農業を実践してみても、続けられないという農家は多いんです。栽培の難しさ、販路の問題もありますが、なかなか裾野が広がっていきません。そんな現状の打開策となるのが農福連携です。農福連携が盛んになることで、持続可能なサービスとして、オーガニックが日本に根付くきっかけになっていくと思うんです。2017年3月には「全国農福連携推進協議会」が発足するなど、農福連携に関する制度が整えられてきていますからので、この動きへの期待は今後大いに高まっていくでしょう」
農福連携には、農業と福祉それぞれにおける有資格の専門スタッフが必要になってきますが、スタッフ全員が障がい者の個性を理解することが大前提として必要です。「障がい者のできること、できないことをはっきり捉えること。どういう支援が必要なのか分かれば、目標以上にできることもたくさんあることが分かります。できないことがあっても『なぜできないのか?』と思うのではなく、それが個性だとスタッフ全員が理解することです」
障がい者雇用の意味は有機農業の価値を知ることでもある
障がい者雇用によって、有機農業の真価がわかってくると小林さんは言います。無農薬で自然に即した有機農業は、植物の力を最大限に生かす農法です。この方法は農業従事者に対する農薬の害が少なくなるほか、その人本来の個性や力を肯定することにつながっていきます。それが、有機農業に隠された真価であるのです。
「利用者の方はみなさん、ベジモがやっているサービスを誇りに感じてくれています。伝統種から無農薬・無肥料で野菜を育て、お客様の健康に貢献できて、おいしいと喜んでいただける。社会や地球にとっても貢献できる、とてもやりがいのあるサービスなのです。仕事の本来の楽しみや、喜びを改めて感じることのできる仕事だと思っています」。
最初、障がいのある方の雇用に失敗したとき、小林さんは自分がいかに障がいというものを理解していなかったかを省みたそうです。現在、一緒に畑作業をしたり、ともに働いていく中で、「障がい者の方のピュア純粋さや明るさ、前向きさを強く感じます。障がいは理解されにくい面がありますが、周りの社会の理解が進むよう、この仕事を通して世の中の土壌を育てていきたい」と話します。
地元の病院とともに、“人が健康で元気に暮らせる社会づくり”に取り組む
小林さんは医療との連携もこれから大事になってくると考えており、豊橋市にある循環器疾患専門病院の豊橋ハートセンターと共に、食と健康の普及に取り組んでいます。
豊橋ハートセンターは専門的な医療を施す急性期の病院で、病気の再発防止、予防のための食事をテーマとした講演会やイベントを地域の方々へ向けて行っています。小林さんも院内で患者の方向けに有機農業の講演をしたり、病院の売店で野菜の販売をするなど、 “食を通して健康になる”取り組みを少しずつ進めています。
また、「ベジモデリ豊橋店」のオリジナルサラダ130人分を週に2回、職員食で提供。野菜のおいしさを通して、職員の食への意識向上にも取り組んでいます。
「今後は、地域の健康に向けた様々な取り組みを行っていこうと思っています。具体的には、高齢者向け農園や院内のオーガニックレストラン、マルシェの導入などです。医療と連携して、人が心も体も健康で元気でいられる社会作りのため、有機農業や安心安全な食という切り口から、“医福食農サービス”を作り上げていきたいと思っています」
始まったばかりの農福連携は新しい農業の形です。小林さんは有機農業×福祉の輪を全国へ広げていこうとしています。双方にメリットの多い形で農福連携を推進するにはどうすればいいのか、運営する側の学びが必要とされています。
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ベジモファームB
0533-95-3335
http://www.vegimo-b.com/
写真提供:ベジモあいち