「○○さんが育てた、有機無農薬のトマト」など、野菜作りの生産者にはスポットが当たるようになってきていますが、花の生産者については知られていないのが現状です。「花の世界ではまだ、生産者がどんな人か、どんなストーリーがあるのかを知る必要があると感じている人は少ないのかもしれません。しかし、それを伝えていくのが花屋の仕事だと感じています」と、話すのは、東京・中目黒と蔵前の花屋「ex. flower shop & laboratory(イクス フラワーショップ アンド ラボラトリー)」を運営するBOTANIC Inc.代表の田中彰(たなかあきら)さんです。
同店は、ウェブサービス「霽れと褻(ハレとケ)」を運営し、そこで一歩踏み込んだ花のある暮らしを提案しようと、「ハレとケ定期便」というサービスを2017年4月から始めています。季節の花と共に届く“花の新聞”が画期的と、花好きな人々の間で評判になっています。生産者の思いやこだわりを届ける「ハレとケ定期便」とはどんなサービスなのでしょうか。
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花の生産者の声を届けるのも花屋の仕事
花業界に入って約10年。毎日花に接している田中さんは、花の種類は違っても、プライドをもってクオリティの高い花を栽培している生産者の存在を身近に感じています。品質の高さは価格となって評価されますが、お客さんには、なぜ値段が高いのかなど、栽培の背景や生産者の思いまでを伝えきれていないというジレンマを感じていたと言います。
そこで、自信をもっておすすめできる生産者の花を、定期的に届ける「ハレとケ定期便」をスタートしました。月額3,000円(税別、送料無料)で、毎月1種類の花と、その花について紹介された新聞が届きます。
花屋ならではの切り口で編集した、花の新聞
7月の「ハレとケ定期便」でお届けしたのは、千葉県にある青木園芸のアジサイです。新聞の表紙には、花のある暮らしの豊かさを美しいビジュアルでストレートに表現しています。全8ページに展開される内容は、すべて田中さんと「ex.flower shop & laboratory」のスタッフが、生産者に出向いて取材して書いたものです。
花はどんな場所で育っているのか、花を咲かせるまでの工夫やこだわりなどが、丁寧に綴られています。田中さんと生産者の対談もあり、花に携わるプロだからこそ共感できる思いや、経営者としての視点など、話は多岐にわたります。
もちろん、花屋発の新聞なので、水揚げの仕方や飾り方、花がしおれてしまったときの回復法など、扱い方もわかりやすく丁寧に説明されています。花1本1本を大切に味わいつくす指南書と言える新聞です。
「リラックスタイムに、花を愛でながら、お客さんにゆったりと読んで楽しんでもらいたい」という理由から、サイズはA3という大判。田中さんの熱い思いが、宿っています。
生産者の意識も変わる? 新しい挑戦
「ハレとケ定期便」サービスで、これまで取り上げた花は、スズラン(梨元農園/4月)、バラ(やぎばら園/5月)、クレマチス(渋谷花卉園/6月)、アジサイ(青木園芸/7月)、ヒマワリ(ヤマキ花卉園/8月)というラインナップです。
いずれも田中さんが自ら交渉し、協力をお願いした生産者ばかり。
「今のところ、定期便への協力を断られたことはないんです。自分の名前で、お客さんに花が届くので、みなさんプライドをもって良い花を提供してくれます」。
花の生産者は、一般消費者に花を直接販売する機会が少ないのが現状で、花を販売する(卸す)相手は、花屋や市場、関連業者などがメーンです。だからこそ、生産者の作った花が「ハレとケ定期便」としてダイレクトにお客さんの元に届くことは、彼らにとっても新しい体験のようです。
花の目利きがすすめる、今月のひと花
9月に届く花は、三宅花卉園の原種グロリオサ。品種改良のされていない、自然界に生まれた時のままの姿をしているものが原種で、華やかさはないけれど、慎ましい風情で人気が出ています。しかし、生産する人も収穫量も少なく、市場流通の数は多くありません。
「街の花屋であまり見かけない花を取り上げ、お客さんに伝えていくのも花屋の仕事」と、田中さん。
ひと口に花と言っても、7月のアジサイのようにボリュームのある花もあれば、4月のスズランのように可憐なものも。カーネーションのように日持ちする花もあれば、数日しかもたない花もあります。花にはそれぞれの魅力があります。田中さんは、「できるだけ特色の違う花を毎月取り上げ、花が届くのを心待ちにしてもらえるように工夫したい」と言います。
中には、好みではない花が届くときもあるかもしれません。「自分では選ばない花と出会えるのも定期便の良さだと思うんです。人間の好は、偏りがあるものです。それほど好きじゃなかったけれど、意外といいじゃない、と思ってもらえるとうれしいです。花を楽しむ間口を広げるのも花屋の仕事だし、定期便の良さだと思うんです」と田中さんは微笑みます。
大切な人に、花のある暮らしを贈る「ギフト」にも
定期便の名前であり、インターネットショップの名前でもある「ハレとケ」は、「非日常と日常」という意味。花は、毎日の暮らしを彩る存在であり、特別な日にも欠かせない存在であることにちなんでいます。だからこそ「ハレとケ定期便」は自分で楽しむためにも、大切な人への贈りものとして利用するのにもふさわしいと、田中さんは考えました。
贈り先にギフトチケットが届き、受け取った人が好きなタイミングで定期便の発送を注文するという、ギフト利用の申込みもできます。母の日の贈り物、結婚式の引き出物など、新しいギフトの形として定着しつつあります。
花の暮らしに役立つグッズも展開中
「霽れと褻」では、花の暮らしに役立つグッズの開発と販売も行っています。たとえば、Instagram(インスタグラム)で人気のフラワースタイリスト・増田由希子(ますだゆきこ)さんと、注目のセラミクスブランド「SUEKI(スエキ)」がコラボレーションして、オリジナルの花瓶をつくりました。現在は、オリジナルの花バサミを開発中です。
ネットとリアル、2つのフィールドが交わる花屋
お客さんとは、メールやSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)などのツールでつながっています。リアルな店舗と違い、直接会わないからこそ、本音が聞けたり、ニーズを知ることができたりするため、インターネットのメリットを感じているそうです。それでも田中さんは「花を扱う以上、花に触れ、お客さんと直接会って話せるリアルな場は必要だと思っています」と言います。
そのため、毎月1回、蔵前の店舗などを貸し切って「霽れと褻DAY」というイベントも開催しています。7月のテーマはアジサイだったので、ご協力いただいた生産者のアジサイだけを店内にディスプレイし、定期便と同じ内容の花を販売しました。もちろん、花の新聞もついてきます。
ゆくゆくは、定期便のお客さんを対象にしたリアルな場で交流し、花に触れられる企画を提案したいと展望を語ります。
野菜や果物の作り手を知ることで、食べ物のおいしさやありがたみを実感できるのと同じように、花の作り手の顔を見て話しを聞く機会があることは、花をもっと身近に感じることができるきっかけの一つとなっていくことでしょう。
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