礒沼正徳さん略歴
・東京都八王子市生まれ
・親の牧場を継ぐため、酪農が学べる高校・大学へ進学
・礒沼ミルクファーム代表に
・牛集出荷の他、乳製品を製造・販売する6次産業や、命と食を学べるイベントも行う
命と食を学ぶ酪農教育ファーム
東京・八王子の住宅街で牧場を経営しています。ホルスタイン、ジャージー、ブラウンスイス、エアシャー、ガンジーの5種類の牛、合わせて90頭を飼っています。
牛乳を出荷するほか、牧場内に直売所があって、牛乳やヨーグルト、アイスなどの乳製品を販売しています。牛乳は4種類の牛の生乳をブレンドして作っています。ブレンドすることで、単調ではない味になります。毎週日曜日には、酪農体験イベントを行っています。食育をテーマに、牧場を案内しながら酪農についての話をして、乳搾り体験を行います。乳搾り体験では、牛乳の源は血液であるという話をしながら、搾りたてのミルクを手の平に乗せて、温かさを感じてもらっています。また、場内のピザ釜ではチーズを使ったピザを作って食べることができます。参加者の中には「牛乳は、牛が力の限り頑張って出したもので、ありがたさを実感した」と言ってくれる方もいます。こういった取り組みによって食と命について学べる「酪農教育ファーム」という牧場に認定されています。
牛が幸せに過ごせる環境を
礒沼ミルクファームは、牛が健康で幸せに過ごせる「家畜福祉」にこだわっています。家畜福祉とは、動物本来の暮らしを守り、快適な環境を与えるというヨーロッパで誕生した考え方です。
牛をつないで管理し、一定量の餌を定時に与える工業的な飼い方は、一見効率がよく見えます。しかし、牛は多くの制限の中でストレスを抱えながら生活するため、段々と弱っていきます。そこで感染病が流行すると、牧場内に病気が蔓延してしまいます。家畜の健康、生育環境と食の安全は深い関係があるので、牛の幸せを考えた酪農を行おうというのが、家畜福祉の考え方です。牛乳は、本来、母牛が仔牛を育てるためのものです。仔牛に与えるため、1日に約20リットルの牛乳を作り出しています。仔牛への愛情を私たちは分けてもらっているのです。
私たちは恵みをいただくのですから、牛にはできるだけのびのびと気持ち良く過ごしてほしいと思っています。食べたいものを食べ、寝たい時に寝て、健康に育って、おいしい牛乳を作り出してほしいと思っています。
そのため、牛をつながず、牛舎の中を自由に行き来できるような「フリーストール」の設計にしています。牛が好きな時に餌を食べ、好きな場所で眠ることができます。また、餌や水の量も固定せず、好きなだけ与えています。水は地下50mから汲み上げた天然水を使い、80種類のミネラルを混ぜて、よりおいしい牛乳になるよう工夫をしています。夕方からは、牧場から歩いてすぐの所にある放牧場に牛を放します。草原を牛が駆け回ったり、仔牛同士がじゃれあったり、自由に動き回って牛のストレスが軽減するようにしています。
市街地で機能する牧場
もう一つのこだわりは、街の中で機能する牧場であることです。私の牧場は駅から徒歩約5分の住宅が立ち並ぶ場所にあります。そんな市街地でも、牧場をできるだけ長く続けていくための工夫をしています。
また、周囲への臭い対策を徹底しています。毎朝、牛舎のベッドにコーヒーの豆や粉、カカオの殻をミックスしたものを約1000キロ敷いています。糞尿や水分を吸着させることで、臭いを防ぎます。また、寝床となる牛舎が毎日乾いていることは、牛にとっても快適な環境であります。食と命について学べる酪農教育ファームの取り組みも、地域に貢献するため、主な対象は地元の小中学生としています。他にも、大学と提携して酪農実習の受け入れを行っています。
牛と人間の関係
今後は、近所の人も参加できるような牧場にしていきたいと考えています。例えば、牛のオーナー制度です。オーナーになった方には、仔牛に名前を付けてもらい、牛が成長したらその牛の牛乳で加工品を作って販売するという構想を練っています。オーナーになって、週末はチーズやヨーグルトを作るため牧場に遊びにいく。そんな酪農の楽しみ方を考えています。
牛と人間の関係は、約1万年前から始まっていると言われています。日本人は、戦後の過酷な状況の中、牛乳によって支えられてきました。今や牛乳なくして生活することは困難です。一方、牛は人間にとって役立つように改良され、人間なしでは生きられない動物です。お互い切っても切れない関係なのです。
牛は手をかけたら、その分おいしい牛乳をたくさん出して返してくれます。牛との間に信頼が生まれて、牛が甘えてくることもあります。仕方なく世話をするのではなく、牛の幸せを考えた酪農をして、牛と人間のより良い関係を築いていきたいと考えています。