農業の情報拠点から都会と地域の交流の場に
農文協は、農と食に関わる雑誌や書籍をつくる出版社です。普及職員と呼ばれるスタッフが日本全国の農家をまわり、そこで集めた農業に関する技術や暮らしの情報を、雑誌や本にまとめてきました。こうして作られたのが、農業生産を高める技術を提供する雑誌「現代農業」であり、地域の伝統行事や暮らし、食文化を伝える「季刊・地域」や「うかたま」などの雑誌です。一般書店の雑誌コーナーでもお馴染みの情報誌で、ご存じの方も多いのではないでしょうか。
その農文協が、農業書センターをオープンしたのは1994年。
「当時は町から本屋が消え始めた頃で、地域の農家が情報の拠り所を失いつつある時代でもありました。そうした社会情勢のなか、農業や地域の暮らしに役立つ本を一同に集めて、農家が情報を得る拠点として開かれたのが農業書センターです」。そう語るのは店長の荒井操(あらいみさお)さんです。
同時に「都会の方に広く農村の文化を伝え、農家を応援するきっかけを作りたい」との思いもあり、2014年には、大手町の旧JAビルにあった店舗を神保町へ移転。以来、就農希望の方や、農業へ新規参入を考える企業などをはじめ、一般の方も数多く訪れるようになり、都会の方が地方の文化にふれられる場としての役割も担うようになりました。
一般書店では見られないユニークな品揃えが魅力
書籍の品揃えは、農業の他に林業、漁業、畜産業など第一次産業に関わる書籍を幅広く置き、一般書店では手に入らない、非流通本も数多く取り扱うのが特長です。農業団体や学会が発行する本や、個人が自費出版した本なども独自に仕入れて販売しており、少しユニークな本にも巡り会えます。
例えば、「自分で出来る 打ち抜き井戸の掘り方」もその一つ。渇水時に自分一人で井戸を掘った経験をまとめた、愛媛県の曽我部正美(そがべまさみ)さんが自費出版した本で、東日本大震災を機に、ライフラインの確保に役立つことから注目されました。使う材料のほとんどがホームセンターで入手可能で、素人でも気軽に挑戦できそうだと人気を呼び、農業書センターではこれまでに500冊近く売れたそうです。
2017年夏に売れた本は、NPO法人生物多様性農業支援センターが発行する「ポケット版 田んぼの生きもの図鑑」。ミジンコから鳥まで、田んぼで見られる生きものをまとめた「動物編」と、田んぼの畦に見られる草花をまとめた「植物編」があります。ポケットサイズで持ち運びやすく防水紙仕様のため、田んぼに持ち込めるのも便利です。
田んぼの生きもの調べがきっかけで、農業に興味を持つようになる子どももいて、小学生から中学生、高校生の利用も多いそうです。夏休み期間の8月に店内で行われたイベントでは、農業や自然科学に興味を持つ、ある小学校6年生の男の子が、自分で集めた虫や小動物の骨格標本を展示しながら、約1時間かけて立派に研究報告をしたそうです。こうして農業に興味を持つ子どもが増え、将来の担い手になってくれれば、と荒井さん。
江戸時代の農業に自然農法を学ぶ「日本農書全集」全72巻
子どもに限らず、研究熱心であるのは大人も同じこと。農業書専門書店とあるだけに訪れる方は、より安全、安心な農法にこだわる方も多く、有機農法や自然農法に関わる書籍も多く取り揃えています。
なかでも、農文協が運営する農業書センターならではの品揃えといえるのが「日本農書全集」全72巻。農文協が20年を超える歳月をかけ、日本各地に伝わる江戸時代の古文書を発掘してまとめたもので、当時の農法や農村の暮らしについて事細かに記されています。
しかし、貴重な文献とはいえ古文書のままでは研究者の資料にはなっても、農家の役には立ちません。実際に農業の技術書として役立つよう、読みやすい現代語に書き下し、難解な言葉には注釈をつけてあります。「江戸時代の人の自然観や暮らしを知ることは、自分たちが行っている現代農法を見直す機会になる」と荒井さん。
江戸時代といえば、農薬や化学肥料もない時代。虫害や病気からどうやって作物を守り、水害や日照りにはどう対処をしたのか。様々な知恵と工夫をこらした江戸時代の農法が地域ごとに紹介されており、自然農法や有機農法のバイブルと仰ぐ方も多いそうです。晩年は農業者となり、有機農法を広めることに尽力した俳優の故、菅原文太(すがわらぶんた)さんもその一人だったそうで、上京した際には頻繁に足を運ばれたそうです。
日本の農業と地域のために問い続けたいこと
「日本の農業と地域を守る」という信念は、店内でテーマごとに展開されているコーナーにも表れています。原発や放射能汚染、震災にまつわる関連書籍のコーナーもその一つで、 地域経済と密接なつながりを持つ原発の問題は、農村地域にとっては薄れることのない大きな課題です。
取材に訪れた2017年9月は、主要農作物種子法の廃止法案(※)が4月に可決されたことを受けて、日本の農作物の種子について考える関連書籍のフェアが開かれていました。日本の農作物の種子は、長い年月をかけて地域の気候風土に合うように育成されたもので、これまでは優良な種子を安定供給するため、公的な支えで生産が守られてきました。その種子を守る法律が廃止されることで、海外の種子や遺伝子組み換えの種子が広まり、多種多様な日本独自の種子が途絶える可能性も危ぶまれると、荒井さんはいいます。農業書センターでは、そうした社会情勢に問題提起すると同時に、農家や一般の方が 作物の種を育てる本も豊富に揃えられています。
遠方の方には、同じく農文協が運営するインターネット書店「田舎の本屋さん」があります。年会費1,000円で会員になれば、書籍の送料が全国無料になるサービスがあります。
農業書の専門店とあって、スタッフの多くは農業の新しい情報に精通していることもあり、お客様の要求に応じて、おすすめの本を紹介することもできます。
「高齢者のお客様の問い合わせで、題名も出版社もわからない本を探すこともあります。そんな時は、その方がどんな問題を抱えていて何を求めているのか、相談に乗りながら情報を聞き出して、適した本をおすすめめします。お客様から得た情報で、面白い本に出会うこともあります。一般書店にはないユニークな品揃えが可能となるのも、お客様との活発な交流があればこそです」。
一見、どの町にもある本屋のような外観の農業書センター。その書棚を眺め、平台に積まれた本を手に取れば、小さな店内にギッシリと農業と地域への愛情が込められていることに気付かされます。農業に限らず、地方の伝統文化や食文化に興味のある方も、一般の書店ではお目にかかれない、面白い情報に出会えるので一度足を運んでみてはいかがでしょうか。
(※)主要農作物種子法を廃止する法律案の概要
http://www.maff.go.jp/j/law/bill/193/attach/pdf/index-13.pdf
農文協・農業書センター
東京都千代田区神田神保町2-15-2第一冨士ビル3階
地下鉄神保町駅A6出口すぐ右
さくら通りに入口あり。またはコンビニエンスストア、サンドラック店内の階段で3階へ。
http://www.ruralnet.or.jp/avcenter/
田舎の本屋さん
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