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海と山の循環をいかして島で米をつくる、平均年齢65歳 7人の農家がつくる「本氣米」の挑戦

海と山の循環をいかして島で米をつくる、平均年齢65歳 7人の農家がつくる「本氣米」の挑戦

日本海の島根半島沖合約60キロに浮かぶ隠岐諸島、その島のひとつである島根県海士町(あまちょう)で、島の田んぼを残すための「本気」の挑戦が続けられています。島で米をつくるということ。そこに込められた想いを取材しました。地図をひっくり返せば、アジアの離島のようにも見える日本。もしも日本が2,300人の島だったら。小さな島の挑戦には、小さな島国日本のこれからを考えるヒントが詰まっていました。

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海士町

島で米をつくるということ

海士町は、島根県の沖合にある東京の杉並区程の小さな島で、人口は約2,300人。古くから海と田んぼの恵みに支えられてきました。島の人口の何倍もの米が実る海士町。そんな海士町でも、昨今の米価低迷や農家の高齢化、後継者不足のために農家の栽培意欲の低下や離農が喫緊の課題となっています。

海士町

海士町役場・地産地商課の大江和彦(おおえかずひこ)課長は、自らも米づくりに取組んでいます。新米の収穫中で忙しいなか、「島で米をつくる意味」を丁寧にお話いただきました。

「このままでは、島から米づくりがなくなってしまう。そんな危機感を抱いています。特色のある米づくりをしなければ、農家は生き残れず、後継者もいないために、島から田んぼがなくなる日がくるかもしれない。」

危機感を抱いている背景には、冒頭で述べた、米価低迷や高齢化、後継者不足による農家の栽培意欲の低下や離農の現実があります。その声には、役場の課長という肩書ではなく、一島民としての切実な想いが含まれていました。

「子どものときは、米づくりと共にあるこの島の原風景をみて育ってきました。今ある風景は、先代が残してくれたものです。それを自分たちが引き継ぎ、次の世代へ残していくべきなのです。」

海士町

大江課長をはじめ、海士町の農家の方々との会話のなかに、必ず「先代」の話題が出てきます。1,000年以上続いてきた海士の米づくりは、火山でできた痩せた土地を農業のできる豊かな土地に変えるために、放牧をし、牛・馬の堆肥で畑作を行ってきました。そして、また放牧を行うという繰り返しで現在の土地がつくられました。また、大きな川のない島で米づくりを行うため、明治時代には人力でため池を完成させました。

先人の生きた証が島に残されているのです。島民は口々に「先代はすごい」と語ります。そして、先代のつくり上げてきたこの土地を守り、残していくことがあたりまえの事だと考えています。

島の「あたりまえ」を、これからの「あたりまえ」にする。

海士町

土地があっても、農家がいなければ田んぼは荒れてしまう。現在の海士町の豊かな田園風景は、高齢の農家たちが「あたりまえ」を貫くために必死で守り、維持しています。

しかし、後継者がいない農家が大半で、島の「あたりまえ」を、これからの「あたりまえ」にはできない。そんな思いを抱いている農家は少なくありません。

「農業では稼げない。」

これが、農家の本音であり島で農業をする以外の選択肢を持つ若者に、島の「あたりまえ」を伝承できない要因になっています。実際、海士町には専業農家が一軒しかなく、その他は、兼業農家か定年後に年金暮らしで農業を行う農家です。

この現状に立ち向かい「田んぼのある島」を存続させるため、海士町では2015年に「特色ある海士産米の栽培」を検討する協議会が立ち上がりました。島にある田んぼの半分(40ヘクタール)を守ってきた平均年齢65歳を超える7人の認定農家とJA、島根県を中心とした協議会です。付加価値の高い米を、適正価格でお客様にお届けすることで、農家の収益性を高めて、米づくりを持続可能な状態にすることを目指しています。

10数回におよぶ島民による協議と試行錯誤の結果、海士町のブランドとなっている「隠岐牛」の堆肥と、「いわがき春香」の牡蠣殻を土づくりに活かした栽培がスタート。稲わらを食べて育った隠岐牛の堆肥を田んぼに戻し、減農薬で米づくりをしてきれいな海を保っています。その海で育った岩牡蠣の殻を田んぼに入れることで循環されています。海と山ふたつの循環が出来る、海士町ならではの米づくりとなりました。

米のネーミングやデザインも農家が中心になって考案され、海士の“本気”が詰まった「海士の本氣米(ほんきまい)」と名付けられました。

2016年の秋に初出荷した「本氣米」は、炊き上がりの香りがほんのり甘くて、ひとつぶ一粒の弾力と透明感のある旨み・甘みが特徴的です。東京都内の百貨店では1kg=1,800円の最高値を付け、米に特化した料亭での取扱いも決定しました。

2017年の本氣米の挑戦!

2017年は昨年度の評価に甘んじることなく、よりレベルの高い米づくりが行われました。まず、農薬処理されていない種を購入し、微生物を利用した独自の処理を施してから種まきを行います。

田植えが終わって稲が順調な生育を見せていたのも束の間、深刻な水不足に襲われました。今年の海士町は、4月から8月までの降水量が平均の約半分だったのです。ため池の水もほとんどが干上がり、「もうこれで今年の米は終わりか」と諦めていました。8月上旬になると、ギリギリのところで台風がまとまった雨を降らせて、水不足を乗り越えることができました。

米の収穫

そして、9月には無事に収穫。島前高校の先生や生徒たち、東京からの本氣米ファンも一緒になって、念願の天日干しを実現しました。吹き抜ける潮風と太陽のもとで輝く本氣米。厳しい環境を耐え抜いた雄姿は、島の未来をかけて本氣米生産に取組む農家の姿と重なります。

大江課長は、続けて話してくれました。

「米づくりがもたらす豊かさと風土がこの島の魅力です。観光客に、島以外の食料を出すわけにはいきません。みなさんとの交流には、この大地の恵みが不可欠なのです。」

天日干し

海士町で本気の米づくりに取組む農家の心には、風土への誇りと愛着、先代への尊敬と感謝、土地を守り継承する責任感がしっかりと根ざしてきました。その思いは、島に住む人々や島を訪れる人々の胸にも自然に伝播しているようです。

小さな島だからこそ、ひとりの農家の存在の大きさを実感します。後継者もなく、土地を守る人がいなくなれば、目の前の土地が荒廃し、豊かな恵みが得られなくなってしまう。田園風景も、その土地で採れた米が食卓に上ることも、「あたりまえ」ではないことを実感します。

島のことは自分ごと。そう思えるような手の届く気持ちの良い関係値がこの島にはありました。

子ども

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