ハードサイダーを作る原動力はアメリカから持ち帰った情熱と感動
リンゴを栽培してきた小澤さんが、お酒作りを始めたのはなぜですか?
アメリカのオレゴン州で、僕と同じリンゴ農家でハードサイダーの醸造まで手がける生産者と出会ったことがきっかけです。リンゴ農家と協業して醸造に専念する人もいましたし、醸造施設にバーを併設して、十数種類もの味をテイスティングできる場を作っている人もいました。
皆クラフトマンとしての誇りを持っていて、それを仕事として成り立たせている。そういう人々の存在が自分にとって衝撃的でした。情熱を持って、真剣にハードサイダー作りに取り組み、自分の仕事を心から楽しんでいる彼らが、とても格好よかったんです。
彼らのように、「リンゴとハードサイダーが地域から愛されて、文化として育まれるような日常を日本で作っていくことができれば最高だな」という気持ちでいっぱいになりました。これがハードサイダー作りを始めたきっかけです。
ハードサイダーを作り始めると、リンゴの品種による向き不向きや、酒税法、酒造免許の取得など、たくさんの課題に直面しました。でも苦難があると、アメリカで出会ったハードサイダー作りをしている人たちの姿が目に浮かんで、いつも「諦めたくない」と思えるんです。
ハードサイダー作りに取りかかっている期間に、子どもが2人生まれたことも仕事のモチベーション向上につながりました。子どもたちが物心つくようになったときに「農家として、もの作りに携わる職人として、かっこいい親父の背中をみせたい」と思ったんです。
ハードサイダー作りはアメリカの製法を日本流にアレンジ
どんな風にハードサイダー作りに取りかかったのでしょうか。
ハードサイダーの味の決め手は、ブレンドです。どの品種のリンゴを何パーセントずつ使うのか、といったことですね。しかしリンゴの品種は無数にあって、ブレンドの組み合わせは無限大です。
僕たちはまず、そのときに生産していた数十品種のリンゴのうち、加工向きの4品種を選び、それをジュースとしてブレンドするところから始めました。製品化後の甘さや酸味、香りなどを考慮し、何十パターンも果汁のブレンディングテストとテイスティングを行い、試行錯誤を重ねました。
同時に、どんな人たちに、どんな場所で、どんな料理と合わせて楽しんでもらいたいのか、といったコンセプトも検討しました。最終的には、僕たちがキャンプやアウトドア好きということもあり、バーベキューシーンを想定してリンゴの酸味の清涼感を全面に引き出すようなブレンディングに決定。
商品デザインは、アウトドアグッズとしての携行性を高くするためにビール規格の小瓶に決めました。
そして約2年後の2017年、グラニースミスという品種と、アメリカ原産のサイダー専用品種の2種類のリンゴを使ってハードサイダーを完成させました。「SON OF THE SMITH(サノバスミス)=グラニースミスの息子」という意味で、「サノバスミス ハードサイダー」と名づけました。「歴史と伝統の中から生まれた、次世代へつながる新たな可能性」といった思いを込めています。
初めての販売にもかかわらず大人気になった理由
ハードサイダーの認知拡大の活動も行っているそうですね。
アメリカ研修から帰国後、ハードサイダーを日本で紹介する活動も始めました。ハードサイダーを作ると決めても、酒造免許や設備の問題などがあり、すぐに取りかかれません。まずは、日本でハードサイダーという存在とその文化の面白さを紹介することから始めたんです。
現在は、松本や長野など地元の飲食店に協力してもらい、店を貸し切ったイベントやフェス出店などで普及活動を行っています。多い時は二カ月に一度くらいの頻度で開催していて、イベントに来てくださる方々に、ハードサイダーの魅力と共に「僕らもサイダー作りがしたいんだ」という思いを伝えてきました。
その甲斐あって、僕らのハードサイダーを販売したときは、「待ってたよ」と言ってくださる方が沢山いらっしゃいました。それが人気をよび好調な販売につながっていきました。
商品を販売するよりも前に、先にファンがついていたのですね。
そうですね。「サノバスミス ハードサイダー」は初めての醸造ということもあり、原材料も限られたことから、全部で350リットル程度しか作っていません。販売している小瓶に換算すると、約1,000本分です。
初めての販売にもかかわらず、有り難いことにこの本数がすぐに売り切れました。僕らのサイダー作りに期待してくださっていた方々のおかげです。
現在は「サノバスミス ハードサイダー」1種類のみの販売ですが、これからは「サノバスミス」をブランド名として掲げ、色々なラインナップを作っていきたいと考えています。それに向けて、今はハードサイダーに適した約20種類の専用品種の研究、栽培実証と、ブレンディングテストを継続的に行っています。
クリエイティブで自由な発想のハードサイダーを作っていきたい
「シードル」ではなく、あえて「ハードサイダー」と呼ぶのは理由があるのでしょうか。
アメリカのハードサイダーもフランスのシードルも、歴史や文化、地域特性が色濃く反映された独自のお酒です。その中でも、僕らが「ハードサイダー」という名称を使っているのは、アメリカのクラフトマンたちと関わる中で、ハードサイダーには創造性があると感じたから。まだ誰も飲んだことのない、新しいものを生み出そうとする彼らの自由な発想が大好きなんです。
ホップ入りのハードサイダーや、柑橘類やベリー系、ハーブや花を混ぜたものもあります。彼らは、伝統あるフランスのシードルの製法や文化を、きちんと学んでいます。そういった多様性を受け入れながらも、新しいことにチャレンジしていくクリエイティブなもの作りの姿勢を尊敬しています。僕らも、日本で面白いものを作っていきたいと考えています。
アメリカのようにハードサイダーが日常的に親しまれている光景が、日本でも見られることを夢見ています。
ヨーロッパでは古くから親しまれ、近年アメリカで独自の進化を遂げているハードサイダーは、日本ではどのように根付いていくのでしょうか。小澤さんたちの挑戦は、これからの日本のハードサイダーシーンを盛り上げるきっかけとなることでしょう。
小澤果樹園
長野県大町市常盤4748-1
http://www.ozawa-orchard.com/index.html