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野菜の味にシビれた 脱サラシェフが「野菜が主役の店」を作った理由

野菜の味にシビれた 脱サラシェフが「野菜が主役の店」を作った理由

2017年11月28日

神奈川県横浜市にあるレストランでオーナーシェフを務める斉藤良治(さいとうよしはる)さんが現在の仕事を始めたきっかけは、野菜のおいしさに衝撃を受けた経験です。サラリーマンとしてストレスの多い多忙な毎日を過ごしていたとき、体調を崩してしまい、そのときに食べた朝採れのキュウリに「なんというおいしさだ」と感動を覚え、食にかかわる道へ進もうと決心したそうです。

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キュウリのおいしさに覚醒

斉藤さんは、出版社で会社員として働いていましたが、忙しくストレスの多い日々から、体調を崩してしまいました。このことをきっかけに、仕事をしながらおにぎりを頬ばるような、それまでの生活を省みて、食が健康の基本であると気付かされたそうです。そして、父親が家庭菜園で作った朝採れのキュウリを食べたときに、あまりのおいしさに衝撃を受けたのです。

「まさに素材そのものの味で、食べ物が『おいしい』ということをはじめて全身で感じたんです。人が生きていくために食は基本で、『人間が本能的に感じるおいしさ』というのでしょうか。大げさではなく、体の隅々の細胞が喜んでいるような感覚でした。体が治ってきたら味覚がどんどん研ぎ澄まされていったようなんです」(斉藤さん)。

それまでは食事をじっくり味わうこともほとんどなかったのに、コンビニで買った飴ですら、添加物のせいか薬っぽさを感じるようになっていたそうです。そして、「この喜びを伝えなければいけない。自分が感じた食べ物の『おいしさ』に、まわりの人も気付いてほしい」という思いが沸きたち、会社員を辞め、料理人としての道に進むことを決意しました。斉藤さんが34歳のときのことです。

料理学校入学 そしてパティシエへ

料理のことは右も左もわからないため、まず料理学校に入学し、フランス料理を専攻して基礎から学んでいきました。学校に通いながら、斉藤さんが行っていたのは食べ歩きです。様々なレストランを訪れて、料理法や味などを研究していました。

学校での勉強も必要だけれど、実践による経験も大切だと感じていた斉藤さんは、横浜市関内にあるフレンチレストランに「雇用はしていませんか?」と聞いたそうです。「思い切って料理学校も退学し、実践で学べる場を探していたところだったんです。偶然その店のパティシエが怪我をしてしまい、空きが出ると連絡がきたのです。本当にラッキーでした」。

料理学校入学から約半年後、フレンチレストランでの仕事が始まりました。担当は、パティシエとしてのデザート作りです。その店では「初心者はデザートから」という考えがあり、学校で学んだことや食べ歩きで得た知識などを使って、フレンチレストランの一シェフとしてまい進していきました。

「1年8カ月ほど続けていたのですが、『デザート以外の料理のことも覚えたい』という思いは、やはりありました。でも、前菜やほかの仕事はポジションが空かないとやらせてもらえません。他のレストランの仕事を探すことも選択肢としてありましたが、36歳という年齢を考えると、決して簡単ではないことは明らかでした」。

そこで斉藤さんが出した結論が、自分の店を作ることでした。フレンチレストランでの料理経験があるとはいえ、作っていたのはデザートのみ。「今考えると無謀ですよね」と斉藤さんは笑いますが、自分の店で勝負するしかない、という確固たる信念があってこその決断でした。

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