ブドウで「足利色」を―廃棄のマールを再利用
栃木県南西部の足利市で、ホルスタインと和牛の交雑種約700頭を肥育する長谷川農場。
「マール」と呼ばれる、ワインの絞りかすとして出るブドウの果皮や種を与えることで、肉厚で甘みのある脂が特徴の「足利マール牛」のブランド化に成功し、地元の飲食店などで人気を集めています。
元々、長谷川農場から出荷された牛肉は、卸業者を介して「日光高原牛」や「霧降高原牛」として販売されていました。しかし、「『足利』の地名が入っていないと、一番食べてほしい地元の人が食べてくれない」と、地域ブランド牛の生産を目指しました。
2011年、代表の長谷川良光(はせがわ・よしみつ)さんは、障害者施設の敷地内でワインを醸造し国内外から高い評価を受ける地元の「ココ・ファーム・ワイナリー」から、廃棄されるマールの再利用を打診されます。肉を美味しくするビタミンEの効果と、地域の独自色が付けられることに魅力を感じ、独自の飼料として取り入れることを決めます。
マールを使った飼料は、取り引きのあった市内の菓子メーカーの仲介で、佐野市内の精麦所が独自に開発。二条大麦とブドウの絞りかすを混ぜて、発酵加工したものです。2013年夏に「足利マール牛」が誕生、全農肉牛枝肉共励会の交雑種部門において2年連続で最優秀賞を受賞するなど、高評価を受けました。
マールは“牛のふりかけ”
長谷川農場では、生後7~8カ月の仔牛を北海道から仕入れて肥育、約2年後に出荷しています。マールの出番は、育成スピードが緩やかになってきた生後18カ月頃から。穀物の配合飼料の上に掛けるなどして与え、食欲を増進させます。
良光さんの長男で、取締役の長谷川大地(はせがわ・だいち)さんによると、良い牛の条件は、「『食いムラ』なく食べ続けられた牛」だといいます。成長段階に応じて適量を毎日食べ続けた牛の肉は、色味と肉質が良いのだとか。
お昼頃、牛舎の隅に食べ残されていた飼料に、大地さんがマールを振りかけます。すると、牛たちがソロソロとエサに近寄り、美味しそうに食べ始めました。「マールは、食欲を増やす『フリカケ』のような役割ですね」と、大地さん。
いたずらに肥大化させるのではなく、「健康的に育てれば、美味しい牛はできる」という信条のもと、程良くサシがあり旨味を感じるジューシーな牛肉をつくります。マールの飼料を活用し、出荷前にも“充分に食べさせる”ことで、完成度の高い牛肉が出荷できます。
農場が地域のハブになる―「循環型農業」とは
マールや配合飼料以外の主なエサに、「稲わら」があります。
長谷川農場で使う稲わらは、農場の半径5キロメートル以内にある米農家など約40軒、約200ha分の圃場から無償で提供されたものです。引き換えに、牛の寝床用に敷いたもみ殻やおがくず、牛糞から作った良質な堆肥を譲ります。
「畜産農家にとって、糞の廃棄は課題。無料で引き取ってもらえて、こちらも助かっています」と、大地さんは話します。近隣の農家が自ら取りに来るため回転も良く牛舎も清潔に保て、農場を中心とした理想的な「循環型農業」が実現しています。
大地さんは筑波大学を卒業後、リゾート運営会社「星野リゾート」に5年間勤務し、調理や接客サービス担当しました。結婚を機に、2013年4月に実家の長谷川農場へ就農。「地元で作ったものを、まずは地元の人に食べてもらいたい」という父・良光さんと根幹の思いは共有しながら、「足利で生産された物を、いかにして世に広めていくか」を、模索しています。
大地さんの就農をきっかけに、長谷川農場は6次産業化にも力を入れ始めます。足利マール牛を使ったレトルトカレーや、ローストビーフなどを開発・販売。「足利マール牛ゴロゴロカレー」は、東京で行われた「ふるさとカレーグランプリ」でグランプリに輝きます。軽食を提供するカフェも開店しました。
ただ、様々な取り組みを経験したからこそ、「やはり素材ありき。消費者に美味しい肉を『塊』で食べてもらいたい」と、大地さんはいま原点に立ち返っています。地元でにぎわう観光地「あしかがフラワーパーク」の訪問客の受け皿になるような、“名物焼肉レストラン”の開店が夢だといいます。「佐野ラーメン以外の地元の名物」(大地さん)となることを目指して、牛舎を新設するなど頭数を増強しています。
現在は、地元の食と農業を繋ぎたいと、敷地内で農業体験や地元素材のバーベキュー、水田でのミュージカルショーが楽しめるイベントも開催。携わる人を増やしながら、農業を介した「地域のハブ」としての長谷川農場の存在は強まるばかりです。
株式会社 長谷川農場
〒326-0328 栃木県足利市県町1230-1
TEL 0284-64-7012
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