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引退競走馬にも新たな活躍の場を 循環が生み出す馬のセカンドキャリア

引退競走馬にも新たな活躍の場を 循環が生み出す馬のセカンドキャリア

日本では毎年、約7000頭の子馬が競走馬として育てられますが、競走馬になれなかった馬や、ケガをして引退した馬には行き場がありません。ジオファーム八幡平の船橋慶延(ふなはし・よしのぶ)さんは、寿命まで生きられる馬を一頭でも増やすために、地熱を活用したマッシュルーム栽培とプレミアム馬ふん堆肥製造で、馬のセカンドキャリアづくりに挑戦しています。地熱を生かした今の取り組みが生まれるまでの背景と、今後目指していることを伺いました。

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馬の面倒を見られる場所と仕組みが必要

発酵

──競走馬を育成されていたとのことですが、その中で感じた課題を教えてください。

競走馬の世界はとても厳しく、勝てない馬を残しておく理由はありません。調教途中に故障してしまったり、走れなくなったりして競走馬になれない馬も同じです。

競走馬以外でも、乗馬クラブや牧場で子どもを乗せたり、大学の馬術部で走ったりするなど、馬の仕事はいくつかあります。ただ、競走馬から一般の人が乗れる馬にするためには再調教が必要です。しかし、競走馬を育てる厩舎(きゅうしゃ)は強い馬を育てることに精一杯で、競走馬になれない馬の調教や飼育をする余裕はありません。同様に、乗馬クラブや牧場、大学の馬術部でも、そこまでたくさんの馬を飼育することはできません。

かといって、馬が好きな一般の人が引退した馬を引き取り、自分で育てようとするのは莫大なコストがかかり現実的ではありません。1頭あたり年間でかかる飼育費用は、エサ代だけでも年間約60万円以上。生涯費用となると、最低でも1000万円以上の経費がかかります。生活が圧迫されると、人にも馬にも良い状況ではなくなってしまいます。

馬は、健康で飼育環境が良ければ30歳ぐらいまでは生きますが、その寿命まで生き続けるための仕組みが存在していないのです。私は学校を卒業してから、栃木県の那須や北海道で長らく競走馬の育成の仕事をする中で、ずっと、この問題に対して何かできないか考えていました。

土地が持つ地熱を活用した循環を

発酵

──育成の仕事を辞めて、牧場に来たきっかけは何だったのでしょうか。

北海道にある育成牧場で働いている時に、昔から知り合いだった岩手の牧場から相談を受けたのがきっかけです。東日本大震災の影響もあり、馬は30頭ほどいるものの、時期的に乗馬を楽しまれるような方は激減し、牧場の業績悪化により、閉鎖も視野に入れているとのことでした。しかし、環境としては八幡平という観光地なので、まだ若い私になら何かできるかもしれないと相談されたのです。

その話を聞き、八幡平の牧場で働くことにしました。ちょうどその頃、私が所有していた馬も高齢になっており、面倒を見られる場所と仕組みを作らなければと考えていました。馬ふんから作られる堆肥はとても良いと聞いていたので、乗馬に来られるお客様が少なかったとしても、馬ふん堆肥を作って周りの農家さんのところに持っていけば少しはお金になるのではないかと思い、移住を決意しました。

実際、馬ふん堆肥を農家に持っていくと、「馬の堆肥が一番良い。野菜が健康に育ち、大きくなるし、ウマくなる」といって喜んでもらえました。八幡平は酪農が盛んな地域で、耕畜連携をしている農家も多かったので、家畜のふんを堆肥に使うのが受け入れられやすかったのだと思います。

また、牧場の前には園芸店があり、そこでも堆肥を販売しました。バラ栽培などには馬の堆肥が合うということで、高単価で取引されました。馬を育てる牧草さえ確保できれば、馬ふん堆肥の生産販売で、馬の居場所を確保できるのではないかと感じました。

──その後、馬ふん堆肥だけでなく、マッシュルームをはじめとした野菜づくりに着手したのはなぜでしょうか。

移住して1年目、冬場になると、寒さで堆肥を作るための十分な温度を確保できなくなったことが発端です。堆肥化の初期段階は発酵中に温度は上がるものの、発酵ムラをなくすためにかき混ぜると冷気を入れ込むことになり、必要な高さまで温度が上がらず、良質な堆肥とは言えない状況になると感じていました。また、堆肥が使われるのは春と秋だけなので、その他の時期にもできる事業が必要でした。

どうしようか考えていたところ、地元の方から、八幡平には地熱発電所からの熱水で暖められたハウス団地があるので、そこを活用できないものかと提案されました。八幡平には、日本初の地熱発電所の松川地熱発電所もあるほど、地熱を活用する土壌があったのです。ちょうど、国も再生可能エネルギーの活用を促進していたので、地元の温泉事業者などと一緒に、地熱を活用した仕組みを考えて、国の事業に応募することにしました。

地熱で馬ふん堆肥の発酵を安定化して、良質な堆肥として出荷する以外にも、作った堆肥で有機野菜を作ること、地元で馬と触れ合える場所を作ることなどを盛り込み、年間通してできる、馬を中心とした循環型農業を提案しました。その時に中心に据えた野菜が、マッシュルームでした。牧場のオーナーがオーストラリア出身で、オーストラリアでは、昔は馬の牧場が副業としてマッシュルームを栽培するのが一般的だったと聞いたのです。

当時は知りませんでしたが、マッシュルームはもともと、フランスで人工的な栽培方法が確立されたと言われており、厩舎に敷かれた敷きわらと馬ふんを混合した「馬厩肥(ばきゅうひ)」をベースとして菌床を作るというのが伝統的な栽培方法で、馬を飼う場所で生産するにはうってつけの作物だったのです。

この企画が通り、国からの補助を受けながら、馬ふん堆肥の生産や、マッシュルーム栽培をするようになりました。そうやって立ち上げたのが、ジオファーム八幡平です。

マッシュルーム市場を拡大して、より多くの馬のための場所を作る

発酵

──馬の居場所を作る活動の今後の展望を教えてください。

ジオファーム八幡平を立ち上げて4年ほど経ち、やっとマッシュルームの生産が安定してきたところです。馬の堆肥から菌床を作り、マッシュルームを作ったり、廃菌床をさらに堆肥にして、地域の農家さんに野菜作りや米作りに使用してもらったり、そのお米の稲わらをまた、ジオファームで利用するなど、連携した循環を小さく回せるようになってきました。今後は、この仕組みを大きく育てていきたいと考えています。

マッシュルーム消費量の多い欧州では、馬厩肥からマッシュルームの菌床を専門で作り、マッシュルーム農家に販売する事業者もいます。その仕組みを日本でも作れたら、馬厩肥に対する需要は高まり、結果、たくさんのところで馬を飼育できるようになります。私たちの牧場で飼育できる馬は、せいぜい40頭くらいですが、馬ふんをビジネスにできれば、馬の面倒を見る場所を他にも増やせます。馬厩肥や馬ふん堆肥をベースとしてできた野菜に付加価値がついて、競馬ファンや馬好きの方、マッシュルームが好きな方、オーガニック野菜に関心のある方が買ってくださるようになれば、結果的に馬の仕事を増やすことにつながるのです。

そのような農場が増えれば、引退した競走馬を受け入れることができます。馬が再調教されている半年間ほどのコストは、自分たちで稼げるようになります。その仕組みが広がれば、天寿を全うするまで生きる馬を増やせます。

これまでの数年はその土台づくりをしてきましたが、やっと仕組みを拡大できる段階に来ました。課題はいくつもありますが、馬とマッシュルーム、有機野菜(ウマい野菜)を中心とした循環を広げて、馬のセカンドキャリアを支援できる社会を作りたいです。

 
ジオファーム八幡平

 
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