猪股敏郎(いのまた・としろう)さん プロフィール
農林水産省で主に土壌、肥料関係の仕事に携わった後、1998年から日本土壌協会に勤務。協会では堆肥の利活用の調査試験や有機農業技術の調査などともに、主な産地での土壌診断と生育改善などに従事。現在は、各種土づくり講習会の講師を務めるとともに、雑誌「農耕と園芸」誌で土づくり問題に関して連載中。技術士(農業部門)
土による特性の違いには「土壌」と「土性」がある
そもそも、土にはさまざまな分類の仕方がありますが、農地にとって重要なのは「土壌」と「土性(どせい)」という分け方です。
土壌とは
まず「土壌」は、地形や地域などさまざまな要因によって多種多様なものがあり、見た目も異なります。長い年月をかけて、岩石が風化して細かくなったものに、運搬、堆積されたものの腐植(※1)が加わって形成されています。
※1 土壌に含まれる有機物の総称。動植物の遺骸が腐敗分解して生じた物質のこと。
日本の主な土壌は、褐色森林土、黒ボク土、黄色土、灰色低地土や褐色低地土などがあります。このうち最も多いのは灰色低地土です。例えば、山地には分解されていない枯葉などが堆積している褐色森林土が多い、低地では湿った環境でできるグライ土や水はけのよい場所にできる褐色低地土や、灰色低地土が見られるなど、土地の環境に従い、土壌も変わってきます。また、火山が近くにある、川が近くにあるなど、周りの環境によっても土壌は変わってくるのです。
土性とは
一方、「土性」とは一般的に粘土をどれだけ含んでいるかによって分類されるのが特徴で、水持ちや保肥力、そして通気性に大きな違いが出ます。一般的には、粘土を含む量が少ない順に、砂土、砂壌土、壌土、埴壌土、埴土と5つの区分で分けられることが多いと言います。下の図のように、土の一部をとって、親指と人差し指でこねた感触で決めることができるそうです。
作物に影響が大きいのは「土性」
猪股さんは、「土壌より土性の違いの方が、作物の育ち方への影響が大きい。自分の土地については、できればプロの手を借りて、土壌と土性についてしっかりと把握したうえで、農作業をしてもらいたいです」と話しています。日本土壌協会でも有料ではありますが、土壌と土性について判定する診断を行っているそうなので、検討してみてもいいかもしれません。
土壌や土性に適した野菜を選んだ成功例
「土壌や土性の影響を特に受けやすい作物は、根菜と果樹なんです」と猪股さん。土によって根をきちんと張れるかどうか違うため、根の部分を食べる根菜はその形や品質に大きな影響があるのだそうです。また、果樹については永年作物であり、育て始めてから土が合わないと気づいても、植え替えが難しいという特徴があります。
「しっかりと土に合ったものを育てれば、高い品質の農作物栽培に繋がります。そんなに苦労しなくても品質の高い物がつくれる圃場はあるんですよね」。そう話す猪股さんに、土壌や土性にぴったりと合った農作物を適切に栽培した成功例について聞いてみました。
静岡県三島市の「三島馬鈴薯」
三島市の箱根西麓地方では、黒ボク土が広がっていますが、その土を活かして長年メークインの生産が行われています。水はけが良くて柔らかく、通気性や保水力にも優れた黒ボク土は、ジャガイモの生産には適していて、特に形がそろったきれいなものが収穫できるのだそうです。
猪股さんは実際に現地で調査を行ったそうですが、驚くほどきれいな形のメークインが栽培されていたと言います。この地域で栽培されるメークインは、「三島馬鈴薯」として2016年に地理的表示保護制度(※2)にも認定されています。また、2015年のデータでは、三島馬鈴薯は全国の青果市場で日本一の価格で取引されていて、高い評価を受けていることがわかります (※3) 。
※2 地域で育まれた伝統と特性を有する農林水産物や食品のうち、品質などの特性が産地と結び付いており、その結び付きを特定できるような名称(地理的表示)が付されているものについて、その地理的表示を知的財産として国に登録することができる制度。
【参照】
三島馬鈴薯:三島市公式サイト
三島馬鈴薯:農林水産省
鳥取県鳥取市の「砂丘らっきょう」
砂丘らっきょうは、鳥取県鳥取市福部町の鳥取砂丘に隣接した砂丘畑で栽培されています。鳥取砂丘は、作物を育てる能力が低く水持ちや保肥力に乏しい「不毛の地」とも呼ばれていて、水分や栄養素の含有量はごくわずかです。しかし、それがらっきょうにとっては却って好都合なのだそうです。若い葉の生育が止まり、芯の部分の成長が充実することで食感の「シャキシャキ感」が良くなり、栄養が少ないことにより、らっきょうの色が白くなり、結果的に品質の向上につながるといいます。現在鳥取県を代表する特産品の1つになっていて、「鳥取砂丘らっきょう」と「ふくべ砂丘らっきょう」は地理的表示保護制度にも認定されています。
【参照】
らっきょう:鳥取県公式サイト
鳥取砂丘らっきょう:農林水産省
土をみるときのポイントと土壌改良の可能性
高い品質の農作物を作るためには、土の状態をしっかりと見ることが重要だということですが、特にどのような点に注目すればいいのでしょうか。
「一般的に、いい土の条件としては、『団粒構造』であることだと言われています」と猪股さんは話します。作物の生育を良くするための土は、作物が根を広く深く伸ばしていけることが条件になってくるため、通気性や水はけ、そして保水性が良く、柔らかいものでなければいけません。土壌の粒子同士が結びついて固まったものを団粒と言いますが、この団粒同士が結びついた状態を団粒構造と言います。団粒の間に空いた隙間から水や空気を通すため、通気性や水はけがよく、さらに、水や空気を保つ力も大きいのだそうです。
ただ、砂丘らっきょうのように団粒構造でなくても、その特性を生かして栽培に成功している例はあるので、何よりもその土地の特性をしっかりと把握することが重要なのです。さらに、国内で増え続けている耕作放棄地では、状態の悪い土が見られることが多く、対応策が必要になってきます。猪股さんは、「土壌改良は人為的に行うことができます。むしろ、どんなに土壌や土性の状態が理想的であっても、栽培するうちに変わることもあるので、土には必ず手を加える必要があります」と話しています。気の長い作業が必要ではありますが、土を変えるのは不可能ではないとのこと。土に土壌微生物がいると、その分泌物質などの作用で団粒が作られるため、堆肥などの有機物をまくのがおすすめだそうです。
「適地適作」というのは、農業を進めるうえでは大変重要なキーワードです。気候はもちろん大きな条件ではありますが、作物を育てる土についても気を配り、ケアする必要があります。猪股さんも、「土が悪いと諦めないで、ぜひ長い目で土の改良をしてみてもらいたい」と話しています。一度自分の農地の土としっかりと向き合ってみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
『土づくりと作物生産』(一般財団法人 日本土壌協会)
『新版 土壌診断作物生育改善』(一般財団法人 日本土壌協会)
【参考サイト】
日本土壌協会