紹介で広がった地域での関係作り
―越智さんが新規就農されたきっかけを教えてください。
越智雅紀さん(以下、雅紀):もともと私たちは埼玉で10年ほど介護の仕事をしていました。新規就農家として認定されたのは今年の4月ですが、千葉県には2015年に移住して、農業にかかわり始めました。農業へ転身するきっかけとなったのは子どもが生まれたことです。生後半年だった子の健康を考えて農業に転身しようと思い、千葉県匝瑳市のNPO法人SOSA Projectを通して、地主である木下皓嗣(きのした・こうし)さんと出会いました。現在は木下さんからお借りしている農地を中心に、約5000平方メートル(5反)の田畑があります。
―お知り合いを通して出会われたのですね。木下さんは、代々匝瑳にお住まいなのでしょうか?
木下皓嗣さん(以下、皓嗣):はい、私は代々匝瑳におりました。40年前に仕事としての農業はやめてガス関係の仕事を始めたのですが、田畑は人に貸したり、自家消費のための栽培をしたりしてきました。今は仕事を引退していますが、市の委員会で幹事をしたり、移住してきた方の活動にも関わったりしています。
雅紀:木下さんご一家には、子どもも含めて、お世話になっています。子どもたちにとっては、おじいちゃん・おばあちゃんがもう一組できたような感じで…。
皓嗣:地域に子どもたちがいるっていうのはいいものですよ。そういえば、裏のブルーベリーが熟してきたから、お子さん連れて取りにおいでなさいよ(笑)。
―越智さん、地域になじんでいらっしゃる様子ですね。移住や新規就農をされる方の中には、地域に溶け込めずに苦労される方もいると聞きます。
越智みどりさん(以下、みどり):木下さんを紹介してくれたNPO法人を通じて、地域の方を紹介していただいて、どんどん人脈が広がり、今はたくさんの方々に応援していただいています。
雅紀:地域に入っていく中で困ったことや苦労したことは正直、思い浮かびません。移住して1年目は、周囲の方々からは我が家の人となりを遠くから「観察」されていたように思います。それでも、道で会えば挨拶もしていただきましたし、地域性もあると思いますが、疎外感を感じることはまったくありませんでした。
みどり:地域ならではの立ち話も、私たちの人となりや思いを伝えるチャンスだと思って、近所の方にお会いすると積極的にあいさつをしました。
雅紀:立ち話の内容が、瞬く間に地域中に伝わるんです(笑)。移住2年目の中頃から、お葬式の手伝いや忘年会といった地域の催しにお呼びがかかるようになりました。このころには子どもも2人になっていたので、道であえばかわいがってもらえました。
みどり:地域の方々に可愛がってもらった経験は子どもにとって一生の宝になると思っています。
うれしいサポートのカギはさり気なさ?
―地域の方や周囲の農家から受けてうれしかったサポートなどはありますか?
雅紀:地主である木下さんからは、就農前から就農後の今でも、たくさんのサポートをいただいています。シイタケ栽培用の原木や、ジャガイモの種芋を分けてくださったり、野菜の植え付けのアドバイスや畑の野菜をいただいたり…。お借りしている農地は、新規就農者が借りるには日当たりもよく贅沢なものです。農業委員会に新規農家として認定されるための耕地面積も、木下さんが他の地権者さんを紹介してくださり、満たすことができました。
皓嗣:私の知り合いで、移住されてきた方のサポートを一緒にしている仲間(木下賢司さんと石橋靜治さん)に声をかけたのです。
雅紀:木下賢司さんと言えば、お借りした畑に木の切り株があったんです。ある日畑にいたらショベルカーに乗って通りかかられ、「ついでだからその株、引っこ抜いちゃうかい?」というお申し出をいただきました。あっという間に、切り株を掘り起こしてもらいました。頼もしい方です。他にも、畑で作業していると地域の方が話しかけてくださったり、その場でアドバイスをいただいたりとありがたいことしきりです。
みどり:先日は、畑の境の草刈りをどなたかがやってくださっていました。
木下秀子(きのした・ひでこ)さん:あれ、私がやっておいたのよ。今しておかないと、外まで雑草が出ちゃうからね(笑)。
雅紀:アドバイスやサポートなど、さり気なくしていただくことが多いです。
―さり気なく、なんですね。
皓嗣:越智さんはご自分で勉強されていますからね。できるだけ口出しはしないようにと気を付けています(笑)。
雅紀:ちょうどのタイミングでアドバイスをいただくんですよ。「そろそろ植えたほうがいいよ」とか、「食べるなら今のうちにとらないと固くなるよ」など、時期外れになる前に声をかけていただきます。きっと、地域の方々は、数十年分ものノウハウや知識を伝承されたいお気持ちがあるのではないでしょうか。
皓嗣:今伝えていかないと、なくなっちゃうからね。出し惜しみはしませんよ。
地域は互いに面倒を見るところ
―新しく来た越智さんたちを受け入れる立場であった木下さんは、地域に慣れるコツは何だと思われますか?
皓嗣:何より(新しく来る方の)お人柄だと思いますね。
雅紀:いやいや、そんなことは…。
皓嗣:越智さんは、この前、二度も地域の葬式に来て手伝いをしてくれたんですよ。地域というのは互いに面倒を見合うところですからね。
―地域で互いにお世話をし合う習慣があるのですね。
皓嗣:農村っていうのは、地域で助け合わないとやっていけないですからね。お互いに持ちつ持たれつ…の気持ちが大事ですね。
―越智さんは、これまでに失敗したな、ということはありましたか?
みどり:一度うちのニワトリが脱走して、ご近所の畑を荒らしたことがありました。お菓子を持ってお詫びに伺ったら、逆にそれが新たなお付き合いの始まりになりました。礼儀を忘れずにお付き合いすれば、失敗も、地域に入っていくチャンスになると思います。
雅紀:閉鎖的ということはなく、地域の方からは快く受け入れていただきました。それが地域に入っていけた一番の理由だと思います。
みどり:かわいがってもらえる子どもが2人いること、そして私たち二人とも介護をしていたので、年配の方々と接しなれていたことはプラスになっていると思います。
雅紀:また、当たり前のことではありますが、感謝の気持ちを忘れずに、「ありがとうございます」と伝えていくことを常に忘れないことも大切だと思います。ちょっとの一言があるだけで人間関係って全然違うと感じています。
みどり:私たちも匝瑳で本当にたくさんの方に出会い、お世話になりました。家を見つけていただいたり、農機具を分けていただいたり、野菜や食べ物をもらったり、子どもを可愛がっていただいたり…おかげさまで匝瑳の地が大好きですし、これからは少しずつでも恩返ししていければと思っています。
雅紀:しかしまだまだ地域の中でのやり取りには苦手なものもあります。特に、集落の飲み会などでお酌をして回るなど、私もみどりさんも人見知りと言いますか、苦手で…。もっとそういう場で器用に立ち回れればなあ、と思うことはありますが、そんなことを言っていたらきりがないですね(笑)。
皓嗣:だんだんに集落に慣れていってくださいね。これからは、私よりも若い世代の方が移住者の方の受け入れ窓口になってほしいと思っていますが、心配事やわからないことなどあれば、まだまだ相談に乗りますよ。
【取材協力・写真提供】陽と月農園