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乳牛ふん尿をバイオガス+液肥に! 六甲山・弓削牧場のエネルギー循環自給

乳牛ふん尿をバイオガス+液肥に! 六甲山・弓削牧場のエネルギー循環自給

神戸市の六甲山にある弓削牧場(ゆげぼくじょう)の場長・弓削忠生(ゆげ・ただお)さん(73歳)。牧場内で、乳牛の放牧、生乳と乳製品の加工・販売、チーズレストランの運営などを手掛けています。3年前、乳牛のふん尿をエネルギー化するため、小型のバイオガス装置を場内に設置。バイオガスは暖房やガス灯に、ガスとともに生じる液肥は畑の肥料に活用し“循環型農業”を実践します。弓削さんにお話を伺いました。

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酪農家2代目として

牧場の敷地は9ヘクタールで約45頭の乳牛が24時間のんびり自由に過ごしています

──弓削さんは牧場の2代目だそうですが、弓削牧場の歴史を教えてください。

私は終戦の年である1945年に生まれました。第二次世界大戦前、父は脱サラして酪農をはじめ、神戸市内の今とは別の場所に牧場を作ったのです。私は高校を卒業して1年間カリフォルニアに留学していたのですが、その間に周囲が住宅になってしまい、臭いへの苦情から牧場を今の場所に移転せざるを得なくなりました。電気が通っておらず、引っ越してから5年間は発電機だけで暮らしていました。

1983年に父が亡くなり、私は牧場を継ぎました。牛乳の消費量が低迷しており経営が苦しく、牧場を存続させるためにチーズ作りに挑戦しはじめました。余った生乳を何とかしたかったのと、古くから発酵食品になじみのある日本人にチーズが合っているのではないかと考えたからです。

──その頃、日本人にチーズを食べる習慣はなかったのでしょうか。

プロセスチーズ(熱処理したチーズ)はありましたが、乳酸菌の生きているナチュラルチーズは珍しかったのです。当時は日本でナチュラルチーズを製造しているところがほどんどなく、フランス領事館から資料を取り寄せたり、アメリカの専門書を翻訳したりして、カマンベールチーズの作り方を研究しました。

「フロマージュ・フレ(右)」は今や弓削牧場の看板商品。原乳を搾ってから2日でできるフレッシュなチーズです

──直接フランスから! ナチュラルチーズを自ら開拓したのですね。

カマンベールチーズやフレッシュチーズの「フロマージュ・フレ」を商品化すると、少しずつ地域の消費者に支持されるようになりましたが、もっとナチュラルチーズの食べ方を知ってもらうために、牧場内にレストラン「チーズハウス・ヤルゴイ」をオープンしたのです。レストランで使う野菜やハーブも、場内の畑で作っているんですよ。

「チーズハウス・ヤルゴイ」のメニューは奥さんの和子さん(右)が考案してきたそう

「バイオガスユニット」でふん尿をエネルギー化

大きな風船のようなものの中にガスがたまっていきます

──「ヤルゴイ」がいつもにぎわっているのも、街が近いからこそかもしれませんね。でも、住宅地のそばで牧場をするのは、臭いの問題が大きそうです。

弓削牧場は神戸の中心地から車で約20分のところにあります。今の場所へは1970年に移転してきたのですが、牧場を開設した後に周囲の山が切り開かれ、現在は新興住宅地に囲まれてしまいました。牧場と住宅地は約500mしか離れていません。

家畜のふん尿は、屋外で乾燥・発酵させて堆肥にするのが一般的です。しかし、牧場の近くに住宅があるのですから臭いに配慮しなければなりません。ふん尿の処理には、ずっと悩まされてきました。息子と娘が酪農やレストランの仕事を担ってくれるようになったのを機に、私はこの問題を解決しようと動きはじめました。

──現在、どのようにふん尿問題の解決に取り組んでいるのでしょうか。

10年ほど前から、北海道やフランス、オーストリアなど外国の畜産農家でも視察を重ねてきました。以前からバイオガスを研究していたという帯広畜産大学の梅津一孝(うめつ・かずたか)教授、神戸大学の井原一高(いはら・いっこう)准教授とも知り合って意気投合し、共に調査を進めてきました。

そんな中、タイで小型のバイオガス装置が普及していると知ったんです。バイオガスは排泄物を発酵させて発生するガスで、電力に代わるエネルギーになります。そこで、梅津教授、井原准教授とともに、このバイオガス装置を弓削牧場に導入しようと決めました。今から3年前のことです。

牧場内にあるバイオガス用のビニールハウスに2基のバイオガスユニットを埋設

北海道では大型のバイオガスプラントを導入しているところもあるのですが、2億円近い費用がかかるそうです。私たちのような小規模畜産農家には、それほど大型のものは必要ありません。次世代に負の遺産を残さないようにお金をかけず、また自分たちで制御ができるようにと、この小型バイオガスユニットを導入しました。

ビニールハウス内に設置されたモニター画面

──バイオガスユニットの仕組みを教えて下さい。

バイオガスユニットは、密閉した発酵槽でふん尿を発酵させてメタンを発生させ、“バイオガス”と“消化液”を取り出す装置です。牛1頭1日分のふん尿から、カセットボンベ5~6本分のバイオガスがとれます。

発酵槽は直径2.5mで球形をしていて、そこにふん尿の液体分が流し込まれます。中の温度を約38度に保つため、内部には温水をめぐらせるパイプと撹拌(かくはん)装置を付けました。温水は、周囲の雑木林の枝を燃やし薪(まき)ボイラーで供給しています。

──バイオガスユニットの良い点は。

密閉性に優れているので、“臭い”の低減につながります。先ほどお話ししたように、コストの面でも小規模畜産農家に適していると思います。

──発生したバイオガスは何に使用しているのですか。

野菜を育てているビニールハウスの暖房や、牧場内のガス灯に使用しています。ガス発生の際に生じる消化液は畑の肥料になります。

ふん尿からできる液肥を畑に「バイオガス大根プロジェクト」

農業

──消化液を畑にまいているのですね。

私たちは牧場の敷地内に畑を作り、レストランで使う野菜や麦を栽培しています。消化液は液肥として畑にまいていますよ。作物の生育が良くなるだけでなく、不思議なことに害虫も減るのです。

今年から「バイオガス大根プロジェクト」という活動もはじめました。地域の人々と一緒に液肥を利用して大根を育て、最後はたくあんにして食べるという試みです。私は農作業には詳しくないので、古くからの友人である農家の中西重喜(なかにし・しげき)さんと一緒に取り組んでいます。

溝に大根の種をまき、上から液肥をかけているところ。臭いがないことにビックリ!

──それは面白い! 食もエネルギーも、牧場で自然の循環が体感できる!

現在は2基のバイオガスユニットを稼働していますが、3基あれば牧場のエネルギーがまかなえるのではと仮説をたてています。エネルギーの完全自給を目指して、もう1基増やす計画です。

私は都市で酪農を営む意味をずっと考えてきました。資源の循環から食もエネルギーも自給する“独立国”のような存在が酪農の終着点ではないかと思うのです。

──畜産農家だからできる“循環型農業”の完成形ですね。

畜産農家の規模拡大や新規就農において、ふん尿の処理や臭いの問題は大きな壁です。バイオガスユニットでこの問題を解決に導くことは、入り口を広げることにつながります。出口を広げなければ入り口を広げられないのです。この取り組みが、これから畜産農家を志す人や今まで畜産に関心のなかった人たちにも一石を投じることができればと願っています。

バイオガスの力で光るガス灯。やさしい明かりに心が癒やされます

弓削牧場
都市型農業を考える会「バイオガス大根プロジェクト」

写真提供:弓削牧場

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