大規模植物工場で業務用イチゴを生産する苫東ファーム
農林水産省の「次世代施設園芸導入加速化支援事業」を活用し、コンソーシアム(共同体)の取り組み主体となって事業を行う苫東ファーム株式会社(tomatoh farm 以下 苫東ファーム)。農業事業者以外の民間企業6者(富士電機株式会社・清水建設株式会社・ウシオ電機株式会社、株式会社北洋銀行・苫小牧信用金庫・菱中建設株式会社)が出資して、平成26年3月に設立された新会社で、「植物工場の収益モデルの構築」に向けて北の大地で挑戦を続けています。
平成26年から28年の3カ年で施設整備が行われ、1年目は2haの「太陽光利用型高設栽培温室」と「チップボイラー施設(ヒートポンプ・ガスヒーター併設)」、「集出荷施設・管理棟」、「養液栽培設備」の主要施設を建設。連棟型の栽培温室(28棟)でイチゴの通年栽培がスタートしました。2年目には「完全人工光型育苗施設」を、3年目にはさらに2haの「太陽光利用型高設栽培温室(人工光併設・28棟)」を増設し、イチゴ栽培用としては国内最大規模の大きさで、量産体制を整えています。
苫東ファームで栽培するイチゴは、市場に流通する生食用ではなく、業務用のイチゴです。主にケーキのデコレーション用に製菓店や、お菓子の原材料として食品会社などに販売しています。「販路や価格で地域の農業従事者とバッティングしないように配慮し、『BtoBのビジネス』に徹底しています。また、業務用は通年で需要が見込めるため、いかに安定供給できるかがビジネスのポイントになっています」と苫東ファームの岩崎さんは話します。
なぜ栽培作物をイチゴにしたのか、なぜ苫小牧に開設したのかを岩崎さんに伺ったところ――
「いろいろな検討の中で、過去に行われた調査で、新たに北海道で大規模な施設園芸を行って事業性が見込める作物がイチゴとパプリカだという結果が出ていたり、北海道の気候が暑さを嫌うイチゴの栽培に適していたり…ということでイチゴを選びました。北海道にもイチゴの産地はありますが、燃料費の高騰から冬にイチゴを栽培する生産者は近年少なくなっています」
「統計的に見ると苫小牧市は、札幌市と比べると積雪量が少なく、日射量が北海道でも比較的多いエリアで、高速道路へのアクセスも良く、新千歳空港や港も近いことから、物流面でも有利です。将来的な話ですが、航空便や船便を活用したアジア諸国などへの輸出も視野に入れています。また、苫東工業基地に開設したのは広大で平らな土地や水源があるという点だけでなく、今後、北海道で大規模な植物工場クラスター(生産施設群の集積地)を形成する際の拠点にしたいという自治体の考えもありました」
最新の環境制御技術と考えぬいた工夫で、イチゴに良い環境を
苫東ファームの栽培施設には最新の環境制御技術だけでなく、寒冷地への対応や鮮度管理など、施設設計にもさまざまな工夫が凝らされています。そのポイントを設計・施工を手掛けた三菱マヒンドラ農機に伺いました。
「課題は、冬場の燃料費を抑えたいという点と雪の問題の大きく2つありました。燃料費を抑えるため、熱源として[ヒートポンプ]と[ガスヒーター]のほか、地域のエネルギー資源を有効活用するため[木質チップボイラー]の3つの設備を擁し、状況に合わせ使い分けができるようにしています。主に[ヒートポンプ]と[木質チップボイラー]で作られたお湯は、『樋』に積った雪を融かすエネルギーと栽培ベンチを温める役割を果たしており、[ガスヒーター]は温風でイチゴの周辺を温めるために利用しています。4haの温室全体を暖めるのではなく、イチゴが植えられている栽培ベンチ周辺のみを温める『局所暖房』という考え方を導入。さらに保温用カーテンなどを活用して、燃料費を大幅に抑える設計になっています」
「それ以外には、連棟型の栽培温室は、暖房効率は良いのですが、風の抜けが悪くなってしまうので、栽培ベンチの管理はもちろん、換気扇やミストを放出するタイミングはコンピューターによって制御するなど、高度な環境制御システムが組み込まれています。培地に敷設した配管は、温水だけでなく、冷水も流すことができ、通年栽培を実現する環境を構築しています。また、栽培作物が業務用イチゴということで、特に鮮度保持には気を配っています。収穫後にイチゴが運ばれていく過程で無駄な動きをなくすことや、働き手の方にとって使いやすい環境になるように動線や栽培ベンチの間隔や高さなどを考慮して設計しています」
鮮度管理について岩崎さんは――
「苫東ファームでは、イチゴは収穫後すぐに移動式の冷蔵庫に格納しています。選果場も室温を17度に保っており、一度冷えたイチゴは温まることなく保管庫へと運ばれ、出荷されていきます。お客様からも『棚もちが良い』という評価を受けているのは、劣化を抑えるために収穫後は日射に当てないことと、低温管理を徹底する動線を考えて作られた施設だからです。ケーキというのは、果物から傷むのが一般的ですが、苫東ファームのイチゴは製菓店などのお客様から鮮度が良いと評価をいただいています」
お話を伺うと、苫東ファームのイチゴには生産者の強いこだわりと、三菱マヒンドラ農機の高い施設設計技術が詰まっているのが分かります。
最後に苫東ファームの岩崎さんと三菱マヒンドラ農機の松田さんに今後の目標について伺いしました。
「生産性は年々上がってきています。生産量も重要なのですが、最も重視しているのは同じ量を毎日出荷できる安定生産です。施設は過去30年の気象データをもとに設計していますが、今は想定を越える異常気象もあり、天候に合わせて栽培環境を最適化する取り組みを続けています。冬場の日射量不足を補うために、増設した温室には補助光としてイチゴの生育に適した波長のLED光を導入するなど、生産性の向上にむけた設備面の強化も行っています」と岩崎さん。
「施設が完成したからといって満足している訳ではありません。施設事業は施主が儲かってはじめて評価される仕事だと思っています。ハイテク技術に目が行きがちですが、栽培品目やコストのことも考えて、安価で汎用的に喜んでいただけるような施設をこれからも提供していきたいですね」と松田さん。
収益力の高い植物工場のビジネスモデルを確立するため、苫東ファームと三菱マヒンドラ農機の挑戦はこれからも続きます。
【関連リンク】
<取材協力>
苫東ファーム株式会社
〒059-1362北海道苫小牧市字柏原41番地1(苫東工業基地内)
TEL. 0144-84-6356 FAX. 0144-84-6396
三菱マヒンドラ農機株式会社 アグリエンジニアリング部
農業施設事業についてはこちら
【マイナビ農業 関連記事】
関連記事はこちら