教養教育としての生活園芸
「園芸が恵泉女学園大学でいちばん記憶に残る学科」。
卒業時に行うアンケートでは学生の9割以上がそう答えるといいます。座学と異なり、土に触れ、自然を肌で感じる実体験。教育機関としては日本で初めてJAS認定を受けた面積約7000平方メートルのオーガニックファームで、農薬・化学肥料を使わず、春はキュウリ、ジャガイモ、秋はダイコン、ハクサイ、ホウレンソウ、春秋通してサツマイモ、サトイモなど合計12種類の野菜や花を育てる有機園芸の学習は若い心をいたく刺激し、将来の人生設計に役立ちます。
NHK番組に出演中の藤田智教授も指導
「農地の手入れ、天候など自然条件への対応も含めてどう育てるか、自分の考えでできるのが農業です。そして結果的にどんな作物がどれだけ実り、どんな味になるのか。すべての答えははっきりと目に見える形で自分に跳ね返ってきます。だから面白い」
そう話すのは、NHK・Eテレの番組「趣味の園芸 やさいの時間」でも講師として出演している藤田智(ふじた・さとし)教授です。宮沢賢治に憧れ岩手大学で農業を学んだ藤田教授は、1985年からすでに30年以上、恵泉女学園大学で園芸(農業)を教えています。
個性あふれる講師陣による人文社会学系園芸
園芸関連の授業を行う講師は藤田教授をはじめ7人(2018年度)います。1年生の授業では全員、野菜・花き・果樹などの「生活園芸」が必修科目。人間社会学部・社会園芸学科の学生は2年次以降、国際農業、社会園芸論、園芸文化論、環境倫理、療法などの学びを選択できます。個性的な講師陣が他ではあまり見られないユニークな学びの世界へ導いてくれます。
新しい社会を作るための園芸を学ぶ
生産性とは違うベクトルで農業を捉える
恵泉で学習する「生活園芸」は、生活・社会との結びつき、人と人、人と環境とのつながりを探究するための媒体としての園芸です。いわゆる理系の農学、生産性を追求する農業とは異なるベクトルのため、すでに農業・園芸の基礎知識を持つ学生(農業高校の卒業生など)は入学してしばらく戸惑うこともあるようです。しかしそれでも生活園芸を体験し、その理念を知るにつれ、あらがい難い魅力にとりつかれる人も少なくありません。
生活園芸の成果物で家族間のコミュニケーションが復活
その一例として、ある学生が収穫した有機野菜を家庭に持ち帰り料理に使ったところ、その驚くほどのおいしさをきっかけに、おろそかになっていた家族間のコミュニケーションが復活したというエピソードがあります。社会のミニマム単位である家族の感情を揺り動かし、望ましい効果を生み出すことは生活園芸の基本ともいえます。
「食と農はすべての人間をつなぐ共通の言葉であり、体験ですから」
このエピソードを紹介してくれた藤田教授はそう笑顔で語ります。
生活園芸を体験した学生ならではの卒論
また毎年の卒業論文について聞いてみると、「野菜作りをすることが子供や高齢者の心身にどんな影響を及ぼすか、あるいはゴミが不法投棄されていた場所に美しい花壇を作ることによって、その土地の環境にどんな変化が生まれるかなど、生活園芸を体験した学生ならではの興味深い考察がいろいろ見られます」とのこと。
さまざまな問題を抱える現代において、生活園芸・社会園芸には新しいものの考え方・新しい価値観を育むためのヒントが秘められているようです。
「生涯就業力」を磨くために
建学の精神を受け継いで
恵泉女学園大学が農を重視するのは、人間の基本的なあり方を学び、広い視野をもつ自立した女性を育成するという、創立者・河井道(かわい・みち)氏の建学精神が学業全般の礎になっているからです。
元来、キリスト教系列の学校は「労作」を尊び、自然の中で身体を使って汗を流し農作業を行うことが人間形成の根幹になると考えられており、それは時代が変わっても大切に受け継がれてきました。
生涯就業力とは?
2016年に就任した大日向雅美(おおひなた・まさみ)学長は、その建学精神に基づき、「生涯就業力」という斬新な教育理念を提唱。内外に情報を発信しています。
卒業後、社会人、家庭の主婦、母親・保護者、教育者など、女性として多様な経験をするであろう学生たちが、どんな立場に立っても常に人生に希望を持ち、目標を探し続け、柔軟に自分らしく生きる力を身に付けるために恵泉で学んでほしいと願っています。
園芸・農業関係への進路も多彩
その生涯就業力の第一歩として、一人一人の個性に合わせた進路・就職支援にも注力。学内のキャリアセンターでは、1年次からきめ細かい指導・ガイダンスを行っています。
社会園芸学科の卒業生らは4年間に培った経験・習得した知識や技術を積極的にアピールすることで、毎年コンスタントに園芸・農業関係の企業・団体に就職しています。
また、アメリカではすでにポピュラーになっている、園芸と心理学などを掛け合わせた新しい仕事「園芸療法士」として就職し活動する人も現れ始めています。この分野を勉強し資格を取得するには、実習にかなり時間を要するため、興味のある人にはできるだけ早くから取り組めるようサポートすることで可能性を高めています。
高い評価を受ける教育・指導内容
人と人とのつながりを育み、人と環境とのつながりを知るための生活園芸。恵泉女学園大学は園芸・農業の、今まで目立たなかった価値に光を当て、社会的ニーズに応えるための新しい可能性を開こうとしているのかもしれません。
農の特性を生かしたユニークな教育活動とともに、個々の学生に寄り添いそれぞれの長所を伸ばす指導力・サポート力は、全国の社会科学系大学・学部を対象とした大手メディアの調査でも高い評価を受けています。
一部写真提供:恵泉女学園大学