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社会福祉法人が過疎地に広大な農地を持つ理由~地域とつながるノウフク#2~

社会福祉法人が過疎地に広大な農地を持つ理由~地域とつながるノウフク#2~

九州最南端の町で、半世紀近く前から農福連携に取り組む社会福祉法人白鳩会。過疎の町で広大な農地を保有し、大規模に農業関連事業を展開。一方で「触法障害者」と呼ばれる障害ゆえに犯罪に手を染めた人の受け入れを行い、更生に導いています。理事長の中村隆重(なかむら・たかしげ)さんは周囲の批判を受けながらも、農業と福祉を結び付けることで、持続可能な社会福祉法人運営を貫いています。その歴史と信念を伺いました。

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過疎地の社会福祉法人

花の木農場に建つ入所施設「花の木ファーム」

九州の最南端にあり豊かな自然に囲まれた鹿児島県南大隅町。最も近い市街地である鹿屋市からは車で1時間、人口は約7250人の過疎地域です。ここに社会福祉法人白鳩会(しらはとかい)の本部はあります。
白鳩会とその関連団体の農事組合法人根占(ねじめ)生産組合が保有する「花の木農場」は、計45.1ヘクタール。茶をはじめとしてニンニク、イチゴなどの栽培と、養豚を行っています。そこに利用者の入所施設・通所施設、農産物の加工をするための作業所や販売のためのショップ・レストランなどを建設。農業を中心とした事業を展開しています。花の木農場で働く利用者は約100名、生活介護の利用者や鹿児島市内の通所施設なども合わせると、白鳩会全体で約240名の利用者がいます。
このように広大な農地を保有し、農業生産で収益を上げている社会福祉法人は、ほかに例がありません。その農福連携の手法を学ぼうと、全国から多くの見学者が訪れます。

持続的な施設運営のためには農業しかなかった

理事長の中村隆重さんが故郷である根占町(現在の南大隅町)で、障害者の入所施設「おおすみの園」を開設したのは1973(昭和48)年。スローガンは「共汗共育」。働きを大切にして自分の力で生きていく、障害の有無に関わらず生きていけるようにすることを目指しています。

過疎地であるため周囲には広大な土地があります。1970年代に日本の養蚕が衰退し、この地で養蚕業を営んでいた数件の農家も廃業。その桑畑を引き継ぐ形で10ヘクタールほどの農地を取得。最初に取り組んだのはミカン栽培でした。
農業以外にも、コンクリートブロックの生産や大島紬の事業も行ったそうですが、ブロックは大型の工場には太刀打ちできず、大島紬は需要が長続きせず、どちらも持続的な事業には成長しませんでした。
やはり残ったのは農業。当時はまだ社会福祉法人が農地を取得するという例がなく、大規模な農業を行うことに対しても「障害者を金儲けのために利用している」という周囲の批判が絶えなかったといいます。
しかし、持続的に施設を維持運営し多くの障害者を受け入れていくためには、大きくやる必要がある、という中村理事長の信念は一貫していました。「世の中が厳しくなって福祉に公的資金が多く投入されなくなってもやっていけるように」と、事業として成り立つ組織を作ろうと考えていたのです。
農地の取得と入所者の施設外就労の場としての農事組合法人根占生産組合を設立したのは1978年。中村理事長が個人資産を出資し生産組合が周囲の耕作放棄地を購入し、農地を広げていきました。

周囲の批判も激しかったことから、会計の透明性が確保できるよう、信頼できる公認会計士に依頼し、早くから企業的な財務諸表の作成に取り組んだと言います。「本当に良い先生に恵まれました。おかげさまでウチの決算書は有名なシンクタンクから透明性が高いと評価を受けました」

花の木農場での仕事

知的障害や発達障害などのある利用者にとって、農作業を通じて班の中で自分の役割を理解しコミュニケーションすることは、訓練でもあります。
農場での仕事は班ごとに行われ、花の木ファーム(主に農業)では約90人が8班で、セルプ花の木(主に食品加工)では7班に分かれて仕事をします。

茶園班

木屋川内龍美(きやかわうち・たつみ)さんは、今は指導員と共に練習中。茶摘採機に乗ることがあこがれだったそう

花の木農場の作付けの3割を占める茶畑。ここでは19名の利用者が働いています。班の中で利用者それぞれのできることを見極めて仕事の割り振りをしますが、皆の最終的な目標は、大型の農機具(乗用型一条茶摘採機)の運転を一人ですること。
利用者の向上心を育てるために、仕事の配分をするのは指導員の大切な仕事です。彼らが誇りをもって仕事ができるように、自分たちが作った商品が世間で評価されていることなども伝えているそうです。

養豚班

豚舎の掃除、子ブタの部屋替え、柵の修理まで、養豚班の仕事は幅広い

養豚班では年間約600頭の子ブタの肥育を行っています。普通の養豚場であれば2~3名のスタッフで管理できる規模ですが、所属する利用者は17名。自動化を敢えてせず、利用者の働きに任せています。
養豚班の仕事は豚の成育段階に応じて仕事の種類が多く、利用者の体力やスキルに合わせて担当の割り振りをします。他の仕事に比べ仕事がきつく、作業の内容も難しいため、工賃が高めに設定されているとのこと。
もちろん、作業の中で生き物への愛着が生まれることも、利用者の心に良い影響があるようです。

触法障害者の受け入れ

白鳩会の利用者の中には「触法障害者」と呼ばれる、何度か罪を犯した経験のある利用者もいます。
「どこにも引き取り手がないっちゅうもんですから。うちに来たいと言ってくれたら断ることはできません」(中村理事長)
彼らの多くは、障害の程度は軽いものの、家庭に恵まれなかったりして生きるために犯罪に手を染めることが多いとのこと。暮らす場所と仕事があることで、彼らの状態はかなり落ち着くと言います。

花の木農場はどこも広々としていて、開かれた雰囲気がある

白鳩会の施設では柵や施錠といった入所者を封じ込めるものはないため、出入りは自由。施設の内外でトラブルが起こることも。
「警察の方から注意を受けることもありました。でも、私が頭を下げるさまを見て、悪いなと思ったのでしょうね。警察署を出て、私が『頼むよ』と肩を叩いたら、本当に反省して『はい!』と言ってくれました。その後は私が農場に行くたびに嬉しそうに寄ってきて、ここに家を建てて一生住むと言っていますよ」(中村理事長)

農作業という仕事を通じて社会とつながることや、周りとのコミュニケーションを支援する仕組みとフォローする指導員の存在が、彼らの精神状態を安定したものにし更生へとつなげているようです。

時代の流れとともに、6次産業化へ挑戦

入所施設として始まった白鳩会ですが、障害者と地域で共生していこうという流れのもとに、「通所施設」が世間の障害者施設で主流となっていきます。
周囲に住民の少ない花の木ファームでは、通所できる人の数は決して多くありません。

2000年から、県庁所在地である鹿児島市に次々と通所施設や作業所を開設します。人口の多い鹿児島市では消費量も多いため、花の木農場で作った農産物を加工し販売することも可能。南大隅町の農産物を多くの人に食べてもらい、地域活性化にもつなげたいとの思いもありました。

鹿児島市の作業所「花の木大豆工房」や通所施設「花の木カノン」では、利用者がそれぞれの希望と能力に合わせて仕事をする

ジェラートの計量。後ろでは指導員が一緒に仕事をしながら見守る

花の木冷菓堂のジェラートには、花の木農場で作られた茶やブルーベリーが使われている

アンテナショップには花の木農場の農産物が並び、近所の主婦がよく買いに訪れるそう

加工品は味も好評で、地元のスーパーなどでも販売されています。自分たちが作った製品が店頭に並ぶさまを見ることも、利用者のモチベーション向上につながっています。

新たな試み ASIA GAP取得

白鳩会の茶畑は、今「ASIAGAP」の取得に取り組んでいます。ASIAGAPは農場に与えられるものですが、それがその畑で作られた作物の品質の保証につながります。
「このお茶おいしいな、と思って袋の裏側を見たら社会福祉法人が作っていた、というのが理想。障害者が作っているから選ばれるんじゃない。品質が良いから選ばれる製品を作っていきたいです」と白鳩会でASIAGAP指導員の資格を取得した天野雄一郎さんは語ります。

白鳩会の茶畑。ASIAGAP取得は、将来的には茶の輸出にもつながる可能性があるとのこと

人を信じて、地域と助け合う農福連携を


理事長の中村隆重さん(右)と、公私ともに支えてきた妻の多喜子(たきこ)さん

白鳩会は、南大隅町での社会貢献活動も行い、地域で障害者が共に暮らすことへの理解を深めることにも尽力してきました。地域の高齢者世帯の庭の清掃などのボランティアや、農作業の手伝いの代わりに堆肥用わらを分けてもらうなどの地域交流を積極的に行っています。

農業を通じて知的障害者の福祉に46年間向き合って、農業が障害者の心身の状態を改善しているように感じるかと伺ったところ、「確かにそのような一面はあると思います。でも、それは『改善した』ということではないんです。農業や我々の働きかけがその人のもともと持っていた力を引き出したにすぎません」と答える中村理事長。本来人が持っている「自分で生きる」という気持ちや、互いに助け合う心を信じて、障害者福祉に携わってきたと言います。
「これからも地域に障害者が受け入れられていくために、地域と助け合う互助の精神を大切にしていきます。そのためには、まず人としての彼らを信じんと」

障害者自身が農業や地域に貢献し、互いが互いを支えあうことでこの過疎の地が生き生きとする姿が、九州最南端の町にありました。
 

社会福祉法人白鳩会

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