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生産者と料理人が作り上げる本物の味【本当に求めている食材#09 日本ホテル(株)統括名誉総料理長 中村勝宏】

連載企画:本当に求めている食材

生産者と料理人が作り上げる本物の味【本当に求めている食材#09 日本ホテル(株)統括名誉総料理長 中村勝宏】

理想の料理を作るために、日々食材を探す一流の料理人やバイヤーたち。そんな一流の目を持った人が求めている食材とは何でしょうか。日本の「食」を牽引する人々に、いま欲しいものやこれから作って欲しい食材を取材する連載。9回目は、2008年の洞爺湖サミットの総料理長を務めた日本ホテル(株)統括名誉総料理長の中村勝宏氏。フランスで知った食材の大切さと、土地の素材を活かす料理への思いを伺いました。

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【プロフィール】

日本ホテル株式会社特別顧問統括名誉総料理長
中村勝宏(なかむら・かつひろ)
国内のホテルで修行後1970年渡欧。フランス各地の名だたるレストランで研鑚を積み、1979年に日本人シェフとして初めてミシュラン一つ星を獲得。1984年に帰国後は、ホテルエドモント(現ホテルメトロポリタン エドモント)の総料理長に就任。2008年の北海道洞爺湖サミットで総料理長を務める。2015年にはJRのクルーズトレイン四季島の料理監修でも注目。日本初の国連食糧農業機関親善大使などを歴任。著書多数。

信念を貫き「北海道の食材」でもてなした洞爺湖サミット

——中村シェフと言えば、やはり洞爺湖サミットのご実績ですが、やはり食材にはかなりこだわられたのでしょうね。

私のおもてなしの信条は、その土地を知ってその土地の素材で風土を表現すること。だから、北海道の食材を徹底的に知らなければならないという思いがありました。
私が会場のホテルに入ったのはサミットの半年前の12月。サミットは夏ですから、本番で使える食材はない時期でしたが、暇を見つけては北海道中を回って、ひたすら食材探しですよ。

——特に感動した食材は何でしょうか?

サミットの話を受けたときから、晩餐会のメイン料理はアニョー(仔羊の肉)と決めていました。白糠(しろぬか)町の「羊まるごと研究所」の仔羊肉はすばらしい。所長の酒井伸吾さんの羊に対する情熱や愛情が全く違うんですよ。
牧場を訪ねたとき、酒井さんが車で迎えに来てくれてね、その車内での話で「この方が育てた仔羊なら間違いない」と確信しました。
北の大地の冬は厳しいが、その風雪に耐えた食材は、野菜、魚介、肉、そして乳製品と、どれをとっても素晴らしいものがあります。

——素晴らしい食材を使った素晴らしい料理でのおもてなし……。さぞ首脳の皆さんも感動されたことでしょうね。

それは作り手の私が言うべきことではありません。でも、ちょっとしたトピックスをお話しします。

イタリアのベルルスコーニ首相がサミット中お腹の調子が悪いと訴えられて、「ランチに牛のフィレ肉を食べたい」とおっしゃった。ヨーロッパではお腹の調子が悪いとフィレ肉をレアに焼いて食べるんですよ。消化がいいですからね。
そこで、地元の「とうや湖和牛」をさっとレアに焼いて、北海道のおいしいお米を土鍋で炊き、オリーブオイル、パルミジャーノチーズとソースをそれぞれ別の器で出したところ、とても喜ばれ、夕食も全く同じもので、との要望がありました。
その夜は、当時、フランスの有名三ツ星レストラン「ブラス」のオーナーシェフ、ミッシェル・ブラスさんがわざわざ来日され、記念の晩餐会だったんですがね。

サミットの3日間、とにかく誠心誠意、自分のできる限りを尽くしたつもりです。でも今では多くの至らぬ点があったと思います。あとで知ったことですが、批判もあったみたいですね。「アフリカの貧困や食糧難について語るのに、首脳は贅沢なものを食べている」とね。
でも私の信念は変わりません。G8の首脳の皆さま方が難しい課題にしっかり向き合ってもらうために、サミットを食で支える。だから、何を言われても甘んじて受けようと思っていました。

フランスの修業時代に学んだ食材の目利き

——中村シェフの食材を見抜く力はどのように育まれたのでしょうか。

力ではなく、日頃の経験ですね。でも、経験を積み重ねたら誰もができる、ということではありません。その経験の中身、度合いが求められます。

生産者の方に教わることもたくさんあります。りょくけんの故・永田照喜治(ながた・てるきち)先生からは多くを学びました。その昔、折々に先生と各地の畑をめぐる旅をしたことがあります。北海道の真狩(まっかり)のあたりで、「この土が良い」とおっしゃるので、とっさにその土をなめて味わってしまいました。その後、そのことで先生は周囲に「中村は信用できる」と話されていたようです。

野菜にはいろいろありますが、新鮮なら良いというわけでもない。例えば白菜や大根などは、軽く干して水分を抜き、旨みを出させる。また、東北や北海道では、雪の降る前に土に野菜を埋め、冬越しさせることで糖度や旨味成分を増すなど、様々な工夫があります。まあ、いずれにせよ、自分の試行錯誤と生産者に教えてもらった知識は不可欠だと思います。

——料理人の皆さんはそのような勉強の仕方をしているのですか?

若いうちは皆、技術の習得に一生懸命です。ある程度までくると、料理はまず、食材ありきだということに気付きます。そこからです。本物のシェフになれるかどうかは。
若い時に過ごしたフランスでも、当然ながら、その土地の食材が中心です。フランスの「地方料理」は、そのテロワール(風土)に支えられた、その土地ならではの立派な料理です。そこには生産者との絆、信頼関係を確立させてこそできる料理もたくさんあるわけです。
勉強の姿勢としては、常に「なぜ?どうして?」という思いを持ち続けることが肝心です。

これからは料理人と生産者が良きパートナーに

——フランスでは生産者の方がレストランに来て食べることもよくあるのですか?

しょっちゅうですよ。「俺の野菜をちゃんと料理しているのかな」と(笑)。
生産者の方も料理人の言い分を聞き入れて、ますます良いものを作っていく。

——日本でも最近では食材のために地方に店を移すシェフがいると聞いています。

「料理道」を突き詰めるとそうなりますね。立派な食材を手に入れ、その食材を生かすにはそういう考え方に行きつくことになるでしょう。
私は料理における料理人の技術の力はせいぜい4割だと思っています。あとは食材です。その食材を生かす力があるかどうかだけです。

——そんな中村シェフが本当に求めている食材とは?

そう簡単に言えることではありません。立派な生産者が作られた材料のみを手に料理できる方はごく少数のシェフのみです。また、野生(山菜も含め)の食材もあります。
我々プロの料理人としては「そこそこの食材でもいかにちゃんとした料理を作れるか」も求められています。要するに、その折々に手にした食材といかに向き合うかが大切です。

——料理人として生産者に求めることはありますか?

どちらかの一方通行ではなく、互いの信頼関係の構築ですね。フランクにものが言い合えるようになることが大切です。料理人も生産者も、同じものづくりに携わる者です。互いに孤立していては何も始まりません。

日本の生産者の品種改良の技術は素晴らしいものがあります。ニーズに合わせてどんどん新しい品種も生まれています。
一方で、ゆるぎない食材もあります。同じ種類の野菜でも、地域の風土によって全然風味が違います。昔は最上川の源流の流れに沿って、それぞれの村に何十種類もの大根の品種があったそうです。でも、今ではほとんど絶えてしまっている……。そういうものを守ることも生産者に求めたいですね。

やっと日本でも本格的な地方の時代になってきたと思います。地方には生産者と料理人が良きパートナーとなって良いものを作っている店が増えてきたと感じます。東京には各地から立派な食材が続々と入荷されてきますが、そこには風土がない。我々料理人は、料理を作る以前に、その風土を知り、または身を置くということも必要です。

——生産者も料理人もともに切磋琢磨ですね。

その通りですね。料理人も生産者も、ものづくりをする者は謙虚でなくては進歩は望めませんし、自己満足に陥ることだけは避けねばなりません。
ですから、私自身も常々「まだまだ」と思っていますよ!


【取材協力】ホテルメトロポリタン エドモント

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