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農業に改善をもたらすIT企業の特例子会社とは 「ひなりモデル」に迫る

農業に改善をもたらすIT企業の特例子会社とは 「ひなりモデル」に迫る

特例子会社とは、障害者雇用の促進及び安定を図るため、親会社が障害のある社員に対して特別な配慮をして採用するための仕組みとして設立する子会社のことです。2018年6月現在でその数は486社(前年より22社増)、雇用されている障害者の数は3万人を超えます(平成30年障害者雇用状況の集計結果<厚生労働省>)中には障害者雇用の職域の拡大のため、親会社の業種に関わらず、農業に取り組む会社も。IT企業を親会社とする特例子会社が、農業現場の改善に貢献している例を取材しました。

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株式会社ひなりとは

ユニバーサル農業で成果を上げている静岡県浜松市の京丸園株式会社では、多くの障害のある人が働いています。その出荷調整作業レーンの一部で、京丸園とは違う制服を着た人々が、黙々と小さなチンゲンサイの選別や梱包を行っていました。
彼らは「株式会社ひなり」の社員。京丸園からこれらの作業を請け負っています。

株式会社ひなりはいわゆる「特例子会社」。特例子会社とは、障害のある人々の安定的な雇用を支える仕組みです。日本では従業員50名以上の企業に障害者を雇用する義務があり、その法定雇用率(障害者を雇用する割合、現在は2.2%)を達成することが求められます。
親会社は自社の特例子会社の社員も雇用しているとみなすことができるため、法定雇用率の達成がしやすくなるのです。

CTC本社でひなりの社員が清掃業務を行う様子(画像提供:株式会社ひなり)

ひなりの親会社は、伊藤忠テクノソリューションズ株式会社(以下、CTC)。日本でも有数のシステム開発会社として携帯電話会社や大手コンビニエンスストアのシステムを支える、いわゆるIT企業です。
IT企業の特例子会社がなぜ農業に参入したのでしょうか。

IT関連企業が農業現場にやってきた?

京丸園の出荷調整の作業場。水耕栽培のハウスのすぐ横にある

「この作業場は、ひなりさんの希望で作ったんですよ」と語るのは京丸園代表取締役社長の鈴木厚志(すずき・あつし)さん。20年以上農業分野での障害者雇用に取り組み収益を上げている敏腕社長です。9年前からひなりに農作業の一部を委託しています。
「以前はハウスの中でひなりの社員の皆さんに作業してもらっていたんです。でも夏のハウス内はすごく暑い。ひなりの担当者が『労働安全の観点から、こんな暑い場所でうちの社員を働かせられない!』とおっしゃるもので…(笑)」と鈴木さん。しかし、暑さ対策のためだけにコストをかけて作業場を建てたのには理由がありました。
「働きやすい環境を作ってライン化したほうが、計算上は作業効率が上がって作業が速くなるとおっしゃるんですよ。IT企業らしいでしょ?」(鈴木さん)

実例:ミニちんげんの出荷調整作業の改善

実際にひなりがミニちんげんの作業効率アップのために京丸園に提案し実現したのは次のような作業です。

①収穫は水耕トレーごと行う

パネル1枚に100本のミニちんげんが植えられている

②台車に収穫したミニちんげんを大量に積み、一気に作業場まで運ぶ

1度に1000本を作業場に運ぶ。これを25回繰り返し、1日25000本を出荷

③大きな根は機械で切る

作業場を作ったときに導入した根切りの機械

④最後の仕上げの細かな調整作業をひなりの社員が行う

この作業は人の手でないとできない

⑤梱包作業は別の機械で京丸園の社員が行う

作業が細分化され、それぞれの役割分担で作業を効率的に行っている様子がわかります。

改善の成果は

この改善を行い、同じ人数で同じ数の調整作業にかかる時間は半分に。一番の改善点は、人の動きがきちんと管理された導線の整備でした。「工業の世界なら導線を管理し1歩でも1作業でも削減して効率を上げることを考えるのに、農業にはその考え方がなかった。でもひなりさんはITの会社だから、そういうのを考えるのが得意なんですよね」と、ひなりがIT業界の視点を農業に持ち込んだことを、鈴木さんは高く評価している様子です。

ひなりが農業に取り組むわけ

ひなりのスタッフの業務の様子(画像提供:株式会社ひなり)

CTCが特例子会社の株式会社ひなりを設立したのは2010年。「ひなり」という社名は「日々成長する」「雛がすくすく成長する」などの思いからつけられました。
ひなり設立以前からのCTCグループ内での障害者雇用を継続し、現在も東京本社の清掃作業や軽作業、CTCグループ社員向けのマッサージなどを請け負っています。しかしそれだけでは法定雇用率の達成には至らず、障害のあるスタッフが活躍できる分野を新たに開拓するため、様々な業種でリサーチをしていました。その中で、慢性的に人手不足である農業に可能性を見出したのです。
代表取締役社長の渡邊香織(わたなべ・かおり)さんは、「浜松の地と出会えたことが農業の業務請負に参入する後押しになりました。特例子会社では障害のある方を社員として雇用するので、通年で仕事があることが大事です。浜松では施設園芸が盛んですし、何より京丸園さんという農福連携の先駆者がいたことも大きいです」と言います。

農作業の請負を前提として、設立後すぐに浜松営業所を立ち上げました。現在は28名の障害のある社員が所属し、7軒の農家と契約して農作業に携わっています。
ひなり全体では社員101名のうち75名が障害のある社員。CTCグループ全体で障害者雇用率2.52%を達成しています。

農福連携「ひなりモデル」とは

この農作業の請負による農福連携のスタイルは「ひなりモデル」と呼ばれ、農業と福祉、そして企業との連携の模範となっています。平成24年度の浜松市チャレンジド企業としても表彰され、その取り組みは全国から注目を集めます。

ポイント1:サポートマネージャーの存在と作業手順書による見える化

ひなりでは、障害のあるスタッフの農作業請負には必ずサポートマネージャーが随行します。サポートマネージャーの役割は障害のあるスタッフを支援・指導すること。事前に農家から作業内容等を聞き取って「作業手順書」を作成し、それをもとにスタッフに作業手順を説明します。もちろん自分自身も作業に参加し、スタッフをフォロー。彼らの存在が農家・スタッフ双方の安心感につながり、作業内容の不備を見直しより効率アップを図る効果もあります。

サポートマネージャーの小島菜穂子さん。京丸園を担当している

ポイント2:スタッフの働きやすさへの徹底的な配慮

ひなりのスタッフの就業時間は8時から15時まで。休憩や農場までの移動時間を除くと実際の作業の時間は4~5時間程度です。様々な障害のあるスタッフがいるため、毎朝の健康チェックも行い、健康と安全管理に努めています。
サポートマネージャーの小島菜穂子さんは「スタッフの作業が遅かったりうまくいかなかったりするのは‟本人の能力の問題“ではありません。それは何か理由があるからだと考え、手順や説明を工夫します」と、徹底的にスタッフに寄り添う姿勢を貫いているそうです。

ひなりスタッフの小松亜津人さん。今の仕事は自然や農作物と関わっているので、心と体に優しいと感じていると語る

農作業委託の農家へのメリットは

労務管理が不要で楽

ひなりに農作業を委託する企業は、作業請負の契約を交わすだけで、作業をするスタッフの労務管理をする必要はありません。採用活動や社会保険等の面倒な手続きもなく、自分の仕事に集中できます。ひなりに作業委託することで作付面積を増やした農家もいるとのこと。

農家の売上への貢献でWin-Winの関係を構築

ひなりでは、農作業を受託している農園の作物を社内で活用することにも積極的です。
CTC社内の給茶機のお茶は、ひなりのスタッフが関わった農園のもの。このお茶は株主総会時のお土産やノベルティなどにも使われています。

CTC社内の給茶機はひなり社員がメンテナンスをしている。お茶に合わせて給茶機も開発したそう

贈答用の洋ランやメロンなど、CTCグループ内の活用でも農家の売上に貢献しています。

贈答用のメロンの仕上げの磨き作業も受託している

ランの手入れは非常に神経を使う難しい作業

IT企業のノウハウを農業に

スタッフの支援に活かす

サポートマネージャーは日々、スタッフの健康管理をはじめ、作業手順書などの作成や業務の指導、農作業の結果を記録しています。「これまで培ってきたノウハウを分析の上データベース化して活用することで、よりスタッフに適切な支援ができると思いますし、それが農家さんの業務の効率化や生産性の向上に役立つと考えています」(渡邊さん)と、IT企業が親会社だからこそ実現可能な工夫を模索しています。

農業経営に活かす

IT業界では一般的なマニュアルにあたる作業手順書の存在も、スタッフのために明確な基準を記載していることが、結果として農業経営に貢献していると京丸園の鈴木さんは言います。「僕たちがやっていたころには農家の勘と経験で、人それぞれに基準が違うから間違いが多かった。今はひなりさんの作業手順書に沿うことで品質が統一されます。細かな選別が得意なスタッフを連れてきてくれるから、品質アップにもつながっています」(鈴木さん)

課題は通年の作業受託

浜松では施設園芸が多く通年での作業が発生する可能性が高いとはいえ、農業では作業量に波があるからこそ「作業請負」の需要が高いのも事実です。また、作業の有無が天気に左右されるなど、ほかの業界とは違う事情もあります。しかし、ここに改善のポイントがあると鈴木さんは力説します。
「農家側の都合だけでひなりに作業を頼むのでは、農業の成長が見込めません。雨の日でも彼らのために仕事を作ろうと『ここは作業を切り出せるんじゃないか』と考えることが改善につながる。農家はより自分のやるべき仕事に力を注げば、農業経営が成長する。農家と企業が互いに協力しあって、改善を目指すのが理想的な姿です」(鈴木さん)

その改善をよりサポートしていくのが別の業界の視点であり、企業としてのノウハウです。

「今後もIT企業の特例子会社が農業に関わることの意味を農家の皆さんに感じてもらって、全国でこのような取り組みが広まっていけば」(渡邊さん)
 

これまで農業に関わってこなかった企業が、特例子会社を通じて農業界とWinWinの関係になるというひなりモデル。農家の単なる人手不足の解消ではなく、農業全体の意識改革への一つの選択肢となりそうです。

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