「Wild meǽt Zoo」が提唱する「環境エンリッチメント」とは
「動物福祉」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。家畜やペット、実験動物に至るまで人間が飼養している動物に対し、できるだけストレスや苦痛を最小限に抑え、快適に過ごせるように努めるという考え方です。この考えに基づきWild meǽt Zooが取り組んでいる新たな試みとは、どんなものなのでしょう。
──日本で発生している動物福祉の問題について教えてください。
多くの野生動物は餌を探すために移動し、餌を見つけて食べる採食行動に一日を費やしています。ところが動物園で飼われている動物には、決まった時間に食べやすく加工された餌が与えられるので、食事に費やす一連の行動が、本来の動物の生活とはかけ離れた状況にあります。その事で、動物園の動物が退屈そうに眠っている時間が増えたり、意味もなく行ったりきたりを繰り返す異常行動を起こしたりと、ストレスになっています。
そこで本来の生息環境とは異なる環境下で飼育されている動物の飼育環境に工夫を凝らし、動物たちの暮らしを豊かにするのが「環境エンリッチメント」という試みです。
──「環境エンリッチメント」とは、具体的にどんな事をするのでしょう。
さまざまな取り組みがあるのですが、欧米では屠畜(とちく)したウシなどの家畜を、動物園の肉食獣に与える「屠体(とたい)給餌」が行われています。そうする事で、その種が本来持っている採食行動の時間配分に近づくので、ストレスを軽減できるのではないかと言われています。
ところが日本の食肉業界では、動物園の屠体給餌に用いるような大きな塊の肉は流通の関係上、取り扱っていません。そこで、屠体給餌をしたいけれども家畜の屠体の入手先がない、と悩んでいた福岡県の大牟田市動物園と、九州地方で駆除された野生動物の利活用を考えていた私、福岡県糸島市で獣肉の一次処理や精肉加工・販売を行っている「糸島ジビエ研究所」の三者を科学コミュニケーター(※)が結び付け、日本各地で発生している獣害問題と、動物園で飼育されている動物の問題を解決する非営利団体「Wild meǽt Zoo」が生まれました。
※ 最新の科学技術の動向調査や、科学に関するイベント企画や解説を行い、科学技術の専門家と一般の人たちの架け橋となるのが、科学コミュニケーターの役割です。
肉食獣への屠体給餌を実施した動物園、来園者の反応は?
──屠体給餌では野生動物の屠体をどのように与えるのでしょうか?
動物の餌とはいえ、野生動物を丸ごと与えるわけではありません。銃猟の散弾による鉛中毒を避ける為、わな猟で捕らえた野生動物の中から健康な個体を選ぶのはもちろんの事、厚生労働省が定めた「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」に沿って、正規の解体処理施設で、人間向けの食肉加工と同じマニュアルに従って処理します。
肉食獣には野生動物をなるべく自然に近い状態で、毛皮がついたまま与えるので、安全性を保障するべくさらにひと手間加えています。野生動物の毛皮に潜む、ダニなどの寄生虫を死滅させるため、毛皮がついたまま5日以上の冷凍処置を行います。さらにウイルス等の対策として、食肉の衛生基準である、中心温度63℃で30分以上の加熱を行い、低温殺菌処理を行っています。
──手をかけたごちそう。動物たちも喜んだのではないですか?
そのようですね。普段はあっという間に餌を平らげてしまうのですが、屠体給餌では皮を引き裂き、骨をかみ砕きながら、2時間以上かけて完食しました。餌をくわえて運ぶ、放り投げる、ワラに埋めて隠すといった、本来の採食行動に近い行動も観察されました。
──給餌の様子を見守った、来園者の感想を聞きたいです。
屠体給餌を見学した人に対し、アンケート調査を実施した結果「屠体給餌の活動は重要だ」と感じている来場者が87%。「動物本来の姿が見られる動物園は魅力的」と考える来場者が91%とおおむね好評でした。中には30分以上採食の様子を見守っていた人もいた事から、来園者の「学び」と「娯楽」両方の目的を満たす試みになったと思います。
屠体給餌の今後の展開について
──今後、屠体給餌を広めていく上でのハードルについて教えてください。
普及の上で、気になるのはコスト面です。現在、動物園の大型肉食獣の餌は、値段が安い廃鶏(採卵期間を終えた雌鶏)や北米産の馬肉などを使っています。屠体給餌に用いる屠体の1キロ当たりの単価は、馬肉と比較して約4倍。一番安い廃鶏と比較すると約10倍となります。これは野生動物の供給が安定しない事と、衛生処理費用もかかっている事から、どうしても割高になってしまいます。
そこで屠体給餌を肉食動物たちの主食にするのではなく、地域の獣害と動物園の動物福祉の問題を来園者とともに考えていく教育イベント用として、動物園に提供していければと考えています。
──それは大変意義がありそうですね!
また低温殺菌処理による衛生管理や、内臓や頭部を除去する事で肉食獣の採食行動がグロテスクになりすぎないようにする来園者への配慮など、屠体給餌のノウハウをマニュアル化しているところです。将来的に各地域、県単位か複数県単位くらいで、衛生面に十分配慮した屠体を準備できる解体処理施設を見つけていき、そこから各地の屠体を「地産地消」できるようにしていきたいですね。
* * *
これまで駆除された野生動物の利活用というと、ジビエ料理として積極的に食べたり、毛皮や角を用いたクラフトを行ったりするくらいしか思いつかなかったのですが、こんな活用法があったとは!と正直驚きました。「Wild meǽt Zoo」が提唱する、野生動物の新たな利活用のカタチ。私もぜひ見てみたい、と思いました。
画像提供:Wild meǽt Zoo