かん水抑制による高糖度化は難しい
トマトの生産では、かん水量を抑えて水分ストレスをかけることで、トマトの糖度を高めることができます。しかし、不用意にかん水を制限すると、トマトの樹勢を弱めてしまうだけでなく、ひどい場合は枯らしてしまうことがあり、かん水制限で糖度を高めることは決して簡単ではありません。熟練した生産者であれば、葉や茎のしおれ具合を見極めて的確にかん水量を決められるのでしょうが、新規就農者には高糖度トマトの生産は無理だと言われてきました。
ところが、技術の乏しい新規就農者であっても、高糖度のトマトを生産できるとして、「アイメック(フィルム農法)」が注目を集めています。ベンチャー企業のメビオール株式会社によって開発されたアイメックとはどのような農法なのでしょうか。同社代表取締役社長の吉岡浩さんに聞きました。
「アイメックは現会長の森有一(もり・ゆういち)が開発した技術です。水になじむ性質(親水性)を持つ高分子ポリマーが網目状に絡み合った『ハイドロメンブラン』という特殊なフィルムを用いて植物を栽培します。親水性ですからフィルムが養分を含む水を含み、その表面にトマトの根が張り付くことで、フィルムを介して水分を吸収して、トマトは生育することができます」
アイメックでは、地面に止水シート、不織布、フィルムを重ねて敷いて、その上に根を張り付かせて栽培します。養液点滴チューブを通じて不織布に充分な水を供給できていれば、フィルムが含んだ水が根に吸収されるので、不織布を乾燥させない限り、トマトが生育するのに必要な水分を与えられる仕組みです。
新規就農者でも12度の糖度を達成
大量の養液中に根を張り巡らせて栽培する水耕栽培と異なり、フィルムを介して水を得るため、トマトは可能な限り根から微細な根毛を伸ばして、より広い面積でフィルムに接触して、より多くの水を得ようとします。
下の写真はメビオール株式会社の社内で研究用に栽培されているロメインレタスの根を撮影したものですが、膨大な根毛がフィルムに張り付いていることが見て取れるでしょう。決してフィルムの内部にまで根毛が食い込むわけではありませんが、根毛がしっかりとフィルムに張り付くことで、逆さにしても剥がれることはありません。
「これだけしっかり根がフィルムに張り付いても、根毛が吸収できるのは生育できる最低限の水分だけです。そのため、かん水制限しなくてもトマトは水分ストレスにさらされて、高糖度の甘いトマトを収穫できるようになります。では、実際にアイメックで収穫されたトマトの糖度を測ってみましょう」
吉岡さんはそう言うと取り出したトマトの果汁をBrix糖度計に垂らしました。すると糖度計の表示は、12度を上回る数値を示しました(冒頭の写真参照)。元々糖度の高いフルティカという中玉品種であるとはいえ、慣行法だと7~8度の糖度が精一杯です。しかも、このトマトはアイメックを導入して新規就農したばかりの千葉県の生産者から送られてきたものだというのですから、特筆すべき糖度のトマトが収穫されていると言えるでしょう。
フィルムが細菌、ウイルスを遮断
このようにフィルム任せで糖度を高められるのですから、新規就農者でも高品質なトマトの収穫が期待できます。しかし、かん水量を抑える以上、収量の減少は避けられません。高糖度のトマトを高値で売る販路を持っている生産者ならともかく、一般的な卸売市場に出荷するなら、収量を犠牲にして糖度を高めるよりも、糖度は普通でも収量を確保したいと考えることでしょう。そうした生産者の意向に、アイメックは対応できるのでしょうか。
「フィルムの下の養液点滴チューブで不織布にかん水するのとは別に、フィルムの上のチューブからも直接トマトの根に水を与えることができるようになっています。上からのかん水を増やすと、糖度の上昇は抑えられますが、収量を増やすことも可能です」(吉岡さん)
アイメックの利点を考えれば、かん水を増やして収量を確保するよりも、高糖度のトマトを高値で売る販路の開拓に取り組んだ方がいいように思えますが、生産者それぞれの意向に合わせた農業生産ができるのもアイメックの良さと言えるでしょう。
さらに高分子ポリマーの網目構造は非常に微細で養液を取り込むことができても、病原性の細菌やウイルスは遮断してくれるため、より衛生的な農業生産も期待できるといいます。
糖度の向上で売上増が期待できるという点で、アイメックの導入はトマトの生産が中心ですが、先に掲載した写真のようにロメインレタスのような葉菜類のほか、メロン、イチゴ、パプリカなどにも利用でき、今後、こうした作物でのアイメックの導入は広がっていくかもしれません。