IT会社を脱サラして農家の道へ
──お二人は以前から農家になろうと思っていたのですか。
幸佑さん:それは全然なかったんですよ。もともと自然とかアウトドアは好きで、会社で山岳会に入ったりとか、林業のボランティア活動などはしていたんですけどね。
ゆかりさん:私はもともと家庭菜園がすごく好きで、3歳の頃から親と一緒にやっていました。まあその時は手伝うというより邪魔してる感じでしょうけど。ベランダで育てたピーマンが赤くなってるのがその時すごく衝撃で、とても印象に残っています。でもまさか本当に農家になってピーマンを育てることになるとは全く思いませんでしたね。
──お二人とも全く予想していなかったんですね。そこから農業をやろうと思ったきっかけが何かあったのでしょうか。
幸佑さん:以前、東京のIT会社に9年ほど勤めていたのですが、その会社の親会社が外資系企業に変わったんです。それで、それまでのやり方を全て海外流に変えることを余儀なくされました。それまでゆくゆくは定年後とかに、自然のあるところで暮らしたいなと思っていたけれど、それをきっかけに踏ん切りがついたというか、本格的に田舎に移住・転職することを考えるようになりました。
豊後大野市は農家として食べていく上で理にかなっていた
──なるほど。それからこの大分県の豊後大野市を選ばれたのはどんな理由があったんですか。
ゆかりさん:最初は主人がいきなり言い出したんですよ。豊後大野市でピーマンやろう!って。それで私「え! ちょっと待って。なんでピーマン? 豊後大野市ってどこそれ?」ってなって。主人は北九州市の出身なのですが、九州に早く帰りたい欲が高まりすぎて暴走し始めたんじゃないかと思いましたね。それで私言ったんですよ。「なぜ豊後大野市なのか、どうやってピーマンで食って行くのか、私を納得させるプレゼンをしてくれる?」って(笑)。
──プレゼン! ゆかりさん、すごくしっかりしていますね(笑)。
幸佑さん:でもそれってとても大事なことだと思うんですよ。勢いで始められるほど農業は楽じゃないですし、いきなり仕事やめて移住して農業するとなると、親や周りからも反対されることも多いので、その時にちゃんと理論的に説明できることは大切だと思います。
そういう意味で豊後大野市は、ピーマンの産地としてもブランドが確立しているし、新規就農者向けの研修制度や支援が充実している。気温も四季を通じて安定していて農業に適した気候ということで、ピーマン栽培でちゃんと収益を上げていこうとした時にとても理にかなった場所だったんです。
インキュベーションファームの研修で経営感覚が身についた
──実際にインキュベーションファームでの研修はどうでしたか?
幸佑さん:インキュベーションファームで良かったなと思うのは、研修2年目になるとそれぞれのハウスが割り当てられて、模擬経営研修が受けられるんですよ。ハウスなどの施設・設備はインキュベーションファームのものを借用して、実際に自分たちで栽培します。資材は研修生が自費で調達する代わりに、収穫した分は自分たちの収入になるので、経営感覚が身につきやすいんです。研修を卒業してから一から自分でやりましょうっていうところも多いと思うんですが、それだと自立するまでにとても時間がかかったと思います。
ゆかりさん:あとは座学もきちんとしてるよね。豊後大野にはいろんな先進農家さんがいて、みなさんから貴重なノウハウを教えていただけるのですが、それを理論的・体系的に整理して自分たちのものにするのがなかなか難しいんです。でもインキュベーションファームでは農業普及員の専門家の方が来られて、座学を通じて基礎からしっかりと教えていただけるので、とても理解が進みました。実地の経験と座学の知識と、両面を学べたのは良かったと思います。
気になる収入は?
──新規就農者にとって収入の面がやはり一番気になると思うのですが、実際どうですか?
幸佑さん:まだ1年目ではありますが、今のところIT会社に勤めてた時と比べると、半分くらいに減りましたね。それで本当に暮らしていけるの?って親戚からも聞かれるんですけど、不思議と経済的に苦しいって感じたことはないんですよね。
ゆかりさん:数字で説明してしまうと、それ食べていけないでしょー!と言われちゃうんです。例えば800万円売り上げましたとなると、約半分は農協の手数料などで引かれます。そして苗代、資材代、薬代、肥料代となると、150万円から200万円ぐらいなくなるわけですよ。えーじゃあ残り200万円ちょっとしかないじゃん。それで1年間食べていけないでしょ!となっちゃうんですけど、実際やってみるとそんなことないんですよね。
──収入も減っているけれど、支出も減っているからということでしょうか。
幸佑さん:支出自体もすごく減りましたし、周り近所からも頂き物があったりして、意外とやってみると苦しさはないんですよ。貧しくはないというか。なんか、ごめんなさい。多分こういう数字の話をしちゃうと、読んだ人は新規就農したくなくなるかもしれません(笑)。
ただ新規就農者向けの給付金制度なども活用できますし、経済的な部分でもしっかりと支援があるので今のところ不安はありません。これからの収入は自分たち次第なので、少しずつ生産量を増やして軌道にのせていければなと思います。
うまくやろうとしないことが大事
──ハウスの数がとても多いですね!
ゆかりさん:はい、17棟あります。面積にすると2000平米(20アール)くらいですね。17棟って2人だと本来まず絶対回せないって言われているんですけど、万が一ピーマンが病気になった時の保険として多めに作っているんです。
幸佑さん:自分らもまだまだ新米農家なんで、病虫害が発生した時にそれを治すことに固執しないで、必要と判断すれば他の株を生かすために早めに被害株を抜いてしまうという選択・決断もできるようにしています。リスク分散のために多めに植えているということですね。
──そのいさぎよさは大事かもしれないですね。今年のピーマンの出来はどうですか?
幸佑さん:まだちっちゃいですが、今のところは順調ですね。研修生時代の2年間でも実践的に学んでいたので、今のところ大きな問題なくやれています。ただ研修生時代の時と場所も違うし、気温や天候も条件が変わるので、試行錯誤しながらですけどね。インキュベーションファームで基本は学べますが、そこから自分たちでどう応用していくのかがこれからは大切だなと感じています。
農家に休みはない?
──なるほど。特に今からの時期は忙しそうですね。
ゆかりさん:労働時間のことで言うと、実はここ半年間、毎日仕事してるんですよ。半年休みがないって大丈夫なの?って話になるんですけど。でも半年間毎日12時間とか働いてるわけではなくて、天気とか作業の進み具合次第でその日の作業時間が毎日変わるんですよね。朝7時から夜の9時、ヘタしたら10時くらいまでやってたりすることもよくありますし、あーもう疲れたからじゃあ温泉に行こうかと言って、お昼から温泉に行くこともあります。
幸佑さん:以前から農家に休みはないと聞いてはいて、とても大変な仕事だなとは思っていたんです。でも実際にやってみるとそれが普通になるというか、そこに対して特に苦しいとかは感じていないですね。
ゆかりさん:確かに農作業自体は暑いし、寒いし、重いしってなるんですけど、それがイコール農業ツライにはなってないんですよね。お天道様には逆らえないけれど、人に振り回されることって基本ないですし、自分の失敗は自分にだけ返ってくるので、人の失敗をかぶることはないですから。
幸佑さん:やったことがお金になるだけだし、やりたくないときはもう休んじゃえと、自分で決めていいというのが何より一番大きい。ストレスは確実に減りましたね。自分たちでチャレンジしてリスクもあって失敗するかもしれないけど、それも含めて自分たちで全て決めるっていうのが楽しさでもあります。
就農してよかったと思う瞬間
──転職と移住ってかなり大きい岐路で、大変なこともあったと思うんですけど、その中でもこの道に進んでよかったなと思える瞬間ってどういう時ですか?
ゆかりさん:研修の1年目にすっごく疲れた時があったんですよ。最初はやっぱり慣れてないし、最初の夏で暑さがきつくて。でも仕事を終えた時に、主人と二人で見た夕日がすっごいキレイだったんですよ! 私これ見られるならここに来てよかったかも〜って言ったら、たまたま同じことを主人も思ってたみたいで。すごいささやかなことなんですけど。
幸佑さん:農家になったらものすごくお得ですとか、いいことがあります、とか取り立ててある訳ではないんですよ。そこはうまく説明できないんだけど、サラリーマンに戻りますか?って言われたら絶対いやですね(笑)。
ゆかりさん:うん、絶対いや(笑)。
新規就農を考えている方に伝えたいこと、今後のビジョン
──新規就農を考えている方に伝えたいことなどはありますか?
幸佑さん:憧れや理想だけではやらない方がいいと思いますね。自分がなぜその野菜づくりをするのか、なぜ農業なのか、人に理詰めで説明できないならやめた方が良いです。また、パートナーがいる場合は、必ずパートナーを説得してください。農家は一般の職業とはかなり異なる農家時間で暮らすことになるので、パートナーの理解と協力はとても大切です。
──最後に今後の展開とか、将来はこうしていきたいとかのビジョンがあれば教えてください。
幸佑さん:そうですね、ここは限界集落ということもあって、私たちは貴重な若手の専業農家としてやっぱり期待されてるんですよ。うちの畑や田んぼやってくれということで。今はピーマンで忙しくてできないんですけど、いずれは地域の手助けになるようなことをしたいですね。
別に日本一のピーマン農家になりたいとかそういうのはないので、ここの土地で充実した人生を送りたいっていう。そのための手段だったら、ピーマンでも麦でも一緒なので、地域の人たちとうまくやっていくという意味で、地域の空いている圃場(ほじょう)をきちんと整備していくというのはこれから必要なことなのかなと考えています。
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自分たちのことだけではなく、すでに地域のことに目が向いている水本さん夫妻。収入が減った、休みがないとだけ聞くと、農家ってやっぱり大変なんだなと思ったのですが、その中でも今の暮らしがお二人にとって、精神的に充実したものなんだなということがお二人の表情からも伝わってきました。決して良い面だけではない、リアルなお話を伺うことができたので、新規就農を考えている方はぜひ参考にしていただければと思います。