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日本の風土に適した灌漑(かんがい)農業の仕組みと役割

日本の風土に適した灌漑(かんがい)農業の仕組みと役割

農業を行う上で、水は欠かすことができない存在です。そこで、田畑になるべく安定的に水を供給する取り組みとして、用水路や排水路、溜め池、ダムなどの「灌漑」施設を利用して行う「灌漑農業」が日本では古くから発達してきました。
この記事では、日本の農業に欠かすことができない灌漑農業について、その役割や効果をご紹介します。

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長い歴史を誇る灌漑農業

灌漑農業の起源は実に古く、紀元前5500年頃にチグリス川とユーフラテス川流域のメソポタミア地域や、ナイル川流域のエジプトから始まったといわれます。農耕用灌漑跡として最古の遺跡は、1万年前から7000年前のものとされる、パプアニューギニアにある「クックの初期農耕遺跡」で、現在は世界遺産にも登録されています。
日本でも縄文時代末期から弥生時代中期の水田跡が残る佐賀県の「菜畑(なばたけ)遺跡」で、水の流れを調節したり川水をせき止めたりする井堰(いせき)など灌漑農業が行われていた痕跡が発見されています。それまでの農業は、いわゆる恵みの雨だけを頼りにしていましたが、灌漑の開発により安定的に田畑に水を供給できるようになったことで、収穫量は飛躍的に向上しました。また、灌漑や用排水路を築くためには共同作業が必須なことから、集落が形成されるなど、灌漑農業の存在が人々の生活を大きく変えたといわれています。

灌漑農業は日本の風土に必要なスタイル

日本は雨量も多く、水に恵まれた国です。これは数字にも表れていて、国土交通省が公開した「日本の水資源」(2018年版)によると、日本の平均年間降水量は約1718ミリで、世界平均の約1065ミリの約1.6倍あります。しかし、山が多く平野が少ない特有の地形に加え、降雨が梅雨時や台風期など一定の時期に集中するため、雨が降ってもそのまま海へ流出したり、地下水として貯えられたりする分が多く、人が実際に使える水の量を示す「水資源賦存量」は、世界平均の半分以下しかありません。
つまり日本には、雨量が多い割には実際に利用できる水の量は意外と少ないという特徴があるため、安定して農業を行うためには灌漑農業が欠かせないのです。

灌漑農業の仕組みとは

日本の灌漑農業には、水田に水を流すための「水田灌漑」と、畑に水を流すための「畑地灌漑」の2つがあります。このうち、日本で大部分を占めているのは水田灌漑で、長い歴史を経て全国に張り巡らされた日本の農業用の用排水路のネットワークの長さは、地球10周分に相当する延長40万キロにも及んでいます。

灌漑を構築するためには、まず水源の確保が必要で、日本に多い水田灌漑の場合、取水源は主に河川になります。水源が確保できたら、河川の水を農業用水として水路に引き込む取水堰(せき)や取り入れ口などの頭首工(とうしゅこう)、くみ上げた水を耕地まで運ぶための用水路、余分な水を安全に河川等に排出するための排水路、さらに渇水に備えて貯水するためのダムや溜め池を作ることで、ようやく灌漑の仕組みが完成します。

一方、畑地灌漑は水田灌漑の仕組みとは異なり、水源から水をポンプで汲み上げ、パイプラインを通じて高所に設置された吐水槽に貯め、自然の高低差を利用して流下させ、ファームポンド(貯水槽)に農業用水を貯めておきます。そこからそれぞれの耕作地に用水を引き、必要なときにスプリンクラーなどで給水する仕組みとなっています。

灌漑農業が周辺環境にもたらす効果

灌漑の一番の目的は、農作物に安定的に水を供給する点にありますが、実はそれ以外にもいくつかの大切な役割を担っています。少し古いデータになりますが、農林水産省が「農業用水が有する多面的な機能」の中で公表した「灌漑農業が周辺の環境にもたらす経済効果の評価額」は、1994年の試算(※)で実に約4兆6000億円に達するとされています。
灌漑のシステムが農業以外にもたらす効果には、おもに次のようなものがあります。

※ ヘドニック法により試算。ヘドニック法は環境条件の違いが地価や賃金などにどのような影響を与えるかを計測し、環境の価値を評価する方法。

水の循環

農作業で使用した水は、大部分が地下水になり河川へ還元され、下流域で農業用水や都市用水として再度利用されます。

地域用水としての活用

明治以降、日本では法制度上、灌漑用水は農業用水であると解釈されていますが、農業用水としての機能を侵さない範囲で、地域用水として活用することが認められています。地域用水は次のような用途に活用され、地域の生活を支えています。

・生活用水:農機具や野菜類の洗浄のほか、家庭菜園に使ったり、庭に水をまいたりするなどの目的で活用
・防火用水:災害時に消防車に水を供給するといった目的で使われ、豪雪地帯では除雪などに使用する消流雪用水としても活用
・景観保全:遊歩道や公園のじゃぶじゃぶ池など、子供たちの遊び場や大人の安らぎの空間として活用

灌漑農業とオアシス農業の違い

灌漑農業の一種に、「オアシス農業」と呼ばれるものがあります。これは、水の確保が難しい乾燥地帯で、地下水や湧水のほか、多雨地域の水源から流れてくる外来河川の水などで 灌漑を行って、穀物や綿花・果実などを栽培する農業のことを指します。地下水路は、イランでは「カナート」、アフガニスタンでは「カレーズ」、北アフリカでは「フォガラ」と呼ばれ、これらの地域ではオアシス農業が発達しています。
ただし、乾燥が激しい地域でオアシス農業を行うと、蒸発できない塩分が地表近くにたまり、土壌に塩害が発生 するリスクがあり、土壌の塩分濃度が上がると植物が育たなくなってしまいます。また、河川の水を利用している地域では、過剰取水による環境破壊も問題となっています。

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