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果物輸出を後押しできるか?! モモシンクイガの検出システムを開発

斉藤 勝司

ライター:

連載企画:農業テクノロジー最前線

果物輸出を後押しできるか?! モモシンクイガの検出システムを開発

日本の果物は海外でも高く評価されており、重要な輸出産品になりつつありますが、果樹に加害する害虫が輸出先に分布していない場合は厳格な検疫が求められます。それでも被害果実を簡単に見つけられればいいのですが、モモに加害するモモシンクイガの検出は非常に難しく、この害虫がいない台湾向けの輸出に際しては検査員が目視観察で被害果実の発見に努めています。そこで山梨大学教授・小谷信司(こたに・しんじ)さん(上写真中央)、准教授・石田和義(いしだ・かずよし)さん(同右)、助教・渡辺寛望(わたなべ・ひろみ)さん(同左)らは、モモシンクイガによる被害果実を自動で検出するシステムの開発を進めています。

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輸出先で被害果実が見つかると輸出禁止に……

質の高い日本の果物は、海外でも需要が高く、今後、農産物の輸出拡大の目玉になると期待されています。しかし、果樹に加害する害虫が輸出先の国や地域に分布していない場合、厳密な植物検疫が求められます。例えば、モモをはじめ、リンゴ、ナシに加害するモモシンクイガは台湾に分布していないため、これらの果物を輸出するに当たっては、確実に被害果実を排除しなければなりません。
モモシンクイガは、モモの表面に産み付けられた卵からふ化した後、果実に侵入して果肉を食い荒らします。幼虫が侵入した穴(食入孔)を見つけられればいいのですが、その大きさは0.2ミリ程度と非常に小さく、熟練した検査員でも発見することは決して簡単なことではありません(下写真)。見逃して幼虫が潜む果実を輸出してしまい、台湾で被害果実が発見されると、日本と台湾が取り決めたルールに則り、モモだけでなく、モモシンクイガが加害するリンゴ、ナシ、スモモまで輸出が禁じられることから、検査員は常に大きな心理的なストレスがかかる中、1個あたり1分以上の時間をかけてモモの検査に当たっています。

食入孔は非常に小さく、見つけるのは決して簡単ではない(画像提供:小谷信司)

そこで山梨大学教授・小谷信司さんらの研究グループは、モモシンクイガの被害果実を自動で検出するシステムの開発を進めています。開発に取り組むことになった経緯について、小谷さんがこう説明してくれました。
「私たちの大学がある山梨県は日本有数のモモの産地で、台湾への輸出も行っているのですが、2010年に台湾へ輸出したモモからモモシンクイガが発見されてしまいました。そこでモモシンクイガ検出の体制強化が必要だと考えた山梨県から被害果実を見つけ出すシステムの開発を求められました。私たちの専門は画像認識技術やロボット工学なので、本来、農業とは関わりはないのですが、画像認識技術を駆使すればモモシンクイガを見つけられるかもしれないと思い、検出システムの開発に乗り出すことにしました」

X線を照射して食害を見つけ出す

こうしてモモシンクイガの検出システムの開発に取り組むことになった小谷さん達は、被害果実を見つけるためにX線を利用することにしました。X線は観察対象の密度の違いによって透過率が変わるため、モモシンクイガの幼虫が果肉を食い荒らして空洞ができていれば、X線で検出できると考えられたのです。助教の渡辺寛望さんがこう付け加えます。
「モモの中央と端では厚みが異なるため、X線の透過率も異なりますが、モモはほぼ球形ですから、一定のグラデーションで変化していくと考えれば、食害による空洞は異常な変化として検出できるはずです。ただし、ほぼ球形とはいえ枝とつながる果梗(かこう)部はへこんでいるので、このへこみによる透過率の変化を食害による空洞と誤判断しないようにするなど、検出プログラムを工夫する必要がありました」
下に被害果実にX線を照射した画像を示します。X線の透過率が異常に変化することで食害による空洞を描き出せているのが見て取れるでしょう。これなら確実に被害果実を検出できそうですが、モモの内部に大きな種が入っています。X線を一方向から照射しているだけでは、内部が食い荒らされていても、種の影に隠れていると検出は困難です。そこで考えられたのがX線を多方向から当てることでした。

X線で撮影した被害果実(左)の写真を、画像処理することで食害を強調して示すことができる(右)(画像提供:小谷信司)

実証試験で100%の検出率を確認

一方向からの照射では難しくても、モモを回転させて多方向からX線を当てることで種に隠れた食害も見つけられるはずです。准教授の石田和義さんがこう続けます。
「モモの果実は軟らかく、ロボットハンドでつかもうとすると簡単に傷ついてしまいます。そのため不織布でできた緩衝シートで包んで回転させることにしました。より多くのモモを調べられるように、一度に2個のモモを検査できるようにもしました(下写真)」

2個のモモを同時に検査できるようになった(画像提供:株式会社COSMOWAY)

さらに画像認識技術を駆使して小さな食入孔の検出を試みるほか、果実の表面に付着した卵を吹き飛ばすために空気を吹き付ける機能も組み込み、X線照射による検出と併せて3段構えで被害果実の輸出を防げるようにしました(下写真)。

卵を風で吹き飛ばし、小さな食入孔を可視光で検出(画像提供:株式会社COSMOWAY)

2016年からはモモの選別が行われている共選所に検出システムを持ち込んで実証試験を実施。2016年、2017年はわずかに見逃しが発生したのですが、X線の検出感度を高めるなどの改良を施して臨んだ2018年は、1648個のモモを調べて、その中に含まれていた2個の被害果実を見つけ出し、100%の検出率を達成しました。
「技術的には充分に開発できたと自負していますが、今後も実証試験を続けて信頼性を向上させていく予定です。100%の検出率を示すことで、被害果実の検査に導入できると期待しています」(小谷さん)

モモシンクイガの被害果実の検査方法は台湾との間で取り決められているため、検出システムが開発できたからといって、すぐに実用化できるわけではありませんが、実証試験を続けて信頼性が向上すれば、近い将来、台湾の了承を得て実用化できるでしょう。そうなれば検査員を精神的なストレスから解放するとともに、検査時間を短縮することができ、モモの輸出を力強く後押しできるようになると期待されます。

果物輸出の後押しが期待されるモモシンクイガ検出システム(画像提供:株式会社COSMOWAY)

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