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逆境を跳ね返せ! 塩害から生まれた「九十九里海っ子ねぎ」とは

逆境を跳ね返せ! 塩害から生まれた「九十九里海っ子ねぎ」とは

千葉県JA山武郡市(さんぶぐんし)のブランド野菜である「九十九里海っ子ねぎ」。このネギの特徴は2002年に山武郡市を見舞った台風による塩害がきっかけとなり、海水を葉にかけて栽培している点です。植物の大敵である塩分を人為的に与えて栽培した結果、どのような作物ができたのでしょうか。JA山武郡市やさいの里営農センターの中村克己(なかむら・かつみ)さんに話を聞きました。

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「九十九里海っ子ねぎ」開発秘話

──山武郡市ではネギに海水をかけて育てる「九十九里海っ子ねぎ」という野菜があるそうですが、開発のきっかけについて教えてください。

元々のきっかけは、山武郡市のブランド野菜を作ろう!という動きがあった事でした。普通の野菜ではなく、おいしさ重視で他の地域の野菜とどう差別化しようかと考えていたのです。そんな折、2002年10月1日に台風21号が千葉県の西を通過し、海水の塩分を含んだ潮風の影響で、畑の白菜やキャベツといった葉物野菜の葉が千切れたり、枯れたりする被害がありました。

ところがネギだけは被害が少なく、食べてみるといつもより甘みが感じられたのです。そこでJAと山武農業事務所(旧山武農林振興センター)が調査したところ、ネギに海水をかけて栽培すると通常のネギよりも太く育ち、食感は軟らかくなり、そのうえ甘みが増しておいしくなることがわかりました。そして研究の結果、海水に含まれるミネラルにおいしさの秘密があるとわかったのです。また、植物にとって有害な塩分を与える事でネギが防御反応を起こし、栄養を蓄えて甘くなるのではないかとも考えられています。これらの研究を経て、海水をかけて栽培する「九十九里海っ子ねぎ」が2006年に誕生しました。

──九十九里海っ子ねぎはどんな環境下で、どのようにして栽培しているのですか。

九十九里海っ子ねぎを栽培している地域は、九十九里海岸から約4キロ内陸側に位置しています。平地で水はけ、日当たりが良く、雨量もほどほどにあって露地栽培に向く地域です。毎年5月から8月にかけて植え付けをした後、8月後半から9月初旬にかけて、10アールにつき150リットルの海水を10倍に薄めてネギにかけます。その後は約2週間おきに同量の海水を5回以上散布し、11月中旬から翌年の4月中旬にかけて収穫・出荷しています。

──塩害に悩む農家さんが、まねできそうなポイントがあれば教えてください。

これまでに海っ子シリーズを作ろうと、ネギ以外ではトウモロコシ、ブロッコリーにも海水を与えてみたのですが、ネギほど味や食感に変化はありませんでした。とはいえ塩害には比較的耐性がありそうなので、畑が海に近い人はこういった塩害に強い作物を選ぶと良いでしょう。

風評被害もなんのその! 消費者の心をつかんだ、手堅いPR活動

──海っ子ねぎを出荷し始めてからこれまで、生産や販売は順調でしたか?

2006年に出荷を始めた際、開発の経緯が話題となってテレビや新聞から多くの取材を受けました。その事から知名度が上がり、取引してくれる業者が増え、出荷初年度の売り上げは大きく伸びました。さらに2009年には大手コンビニチェーン店とコラボレーションを行った総菜向けの需要もあり、販売は順調に続くかと思われました。

ところが2011年3月11日に発生した東日本大震災により、再び試練に直面しました。原発事故がもたらす海への影響への懸念から、1年間だけ生産を中止する事になったのです。それでも「海っ子ねぎが食べたい!」「海っ子ねぎは出荷されないのか?」という消費者やバイヤーからの声を励みに、翌年には生産を再開できました。

──根強いファンがいるのですね。リピーターを増やす為の施策を、何か取られていたのでしょうか。

毎年2月の初旬に、スーパーに出向いて試食宣伝をしています。なるべく小さなスーパーにも出向き、できるだけ多くの消費者にJA山武郡市で栽培した「九十九里海っ子ねぎ」の良さを認知してもらうようにしています。そうする事で消費者からの生の声を聞けますし、生産者のやる気や活力につながりますから。

──今後の目標や、展望を教えてください。

1年目は8ヘクタールの畑で27人の農家で生産した海っ子ねぎですが、現在は7ヘクタール、14人で生産しています。これから生産者や販売量を増やしていきたいとは思いますが、いったんは現状維持です。

というのも、海っ子ねぎを生産する農家は、ネギに海水をかけて育てるだけではなく、農薬の使用は千葉県が定める標準使用回数の半分以下を守る、指定の有機質肥料を使用するなどのルールに沿って栽培します。さらに、JA山武郡市独自の品質管理チェックをパスし、ネギの品質と販売価格の足並みを揃える必要がある事から、農家をむやみには増やせないのです。厳しい基準ではありますが、そうする事でこれまでに苦労して作ってきたブランドの品質を維持し、その上で継承していきたいですね。

***

「九十九里海っ子ねぎのみの販売量を伸ばすのではなく、国産食品の消費率を上げていきたい」と言う中村さん。その言葉の背景には、価格の安さに目が行きがちな消費者に、「生産者のこだわりを知って国産食品を消費してもらいたい。その延長線上に海っ子ねぎの発展があるから」という思いがあるようです。台風の被害からヒントを得て作られた「九十九里海っ子ねぎ」をスーパーで見かけたら、ぜひともこの誕生秘話を思い出してみてくださいね。

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